バラの精と花の姫

緒方宗谷

文字の大きさ
上 下
11 / 24

つらい時に傍にいてくれるのが、本当のお友達

しおりを挟む
 フキノトウが、岩地と草原の境を越えようとしたとき、急にバラがフキノトウから飛び降りました。驚いた姫が地上を見下ろすと、バラはふよふよと浮遊しながら、地表すれすれを逃げていきます。バラは、みんなのところに戻るのが怖かったのです。
 姫も岩地に舞い降り、バラに駆け寄ります。バラはうずくまってイバラの結界にくるまってしまいました。バラは幼く弱かったので、イバラはか細くトゲも小さい物でした。神様の姫にしたら、無いにも等しい結界です。
 姫は、無理に結界を払って連れ去ることはしませんでした。結界は幼稚で隙間だらけです。隙間から手を入れて、バラの手に優しく添えました。バラは抵抗しません。優しさに飢えていたのです。
 兵士達は呆れ顔です。侍女達も早く岩地から帰りたい、と爺やに訴えました。姫が岩地にいる以上、彼女に仕える自分達が草原にいるわけにはいきません。爺やがバラに近づき、イジけていないで早くフキノトウに戻るよう促します。
 爺やが結界に触れようとすると、ゆっくりと弛むイバラのトゲが、指を傷つけてしまいました。わざとではありません。しかし、兵士達はどよめきます。バラは怖くなって、顔を伏せました。
 自分に笑みを送る姫の様子を見て、大人しくした方がバラの為に良い、と思った爺やは、何も言わずに3歩下がります。バラはとても怯えていたので、近づくものを傷つけてしまうのです。
 実際、姫の手の傷もそうでした。本来、力の弱い精が、神様の姫を傷つける力などあるはずがありません。姫は、バラの精の苦痛を理解するために神気を弱めて無防備になり、バラの痛みを分かち合おうとしたのです。
 後ろを振り返ればもう草原ですし、いくらでも水の補充はできます。兵士達が堪えられないわけがないので、姫はバラのことに集中できました。宮殿で何不自由なく生活してきた姫にとって、こんなにもつらい出来事があるのかと思うほど、バラは絶望のどん底にいました。
 もし、ある程度力がれば、他の里や人間界に行ってしまったり、堕天して魔界の住人になっていてもおかしくありません。堕天とは、天界を裏切って魔界についた者を言います。
 それができれば、まだ心は楽だったかもしれません。ですが、バラの力では、耐えられなくてもその場に留まるほかに、しようがありません。
 イバラ越しにバラの瞳を見つめていた姫は、あることに気が付きました。触れ合う手を通して感じるバラの苦痛とは別の何かが、彼の瞳の奥に映っていました。
 「バラちゃんは、どうしてつらそうな表情をしているの?」
 姫は訊きました。
 「触れ合う姫の手から流れる血が、僕の中を流れているのが分かるからです。
  僕のトゲは、周りを傷つけてしまうのです」
 バラは、手を放すように懇願しましたが、姫はにっこり笑って言いました。
 「それは違いますよ。あなたは、今までみんなにイジメられて、誰にも愛してもらえなかったから、わたしにどうしたら良いか分からないの。
  わたしがあなたのトゲで傷ついているのは、あなたが今まで傷ついてきたことを知ろうとしているから」
 姫の言っていることが、バラには分かりません。正面で向かい合った姫は、左手でバラの右手を取り、膝をつきました。顔の位置を合わせて、バラを見つめます。
 「お立ちください!!」
 バラはびっくりして叫びました。しかし、姫は立ちません。
 2人は人の姿をしていましたが、その本性は花です。バラの姿は幼い子供で、モチモチした白くてきれいな手をしていますが、その手はトゲのあるツルであり、葉でもあり根でもありました。
 姫の両手は傷つき血が流れて、バラの手に伝わります。根が水を吸い上げるように、バラの手は姫の血を吸い上げます。姫は結界の隙間なんて気にせず、両手でバラの手を握っていました。イバラは姫の手から二の腕までも傷つけてしまいました。
 「あなたは、わたしのお友達になるの。姫の言うことは聞きなさい♪」
 姫は冗談を込め、優しく楽しげな口調で言いました。バラは答えることができません。
 「かわいそうなバラ、生まれてから1000年以上も1人で過ごしてきて、どうすれば良いか分からないのね」
 姫の瞳が悲しげに潤みました。
 「でも大丈夫、これからはわたしがお友達よ」
 そう言葉をかけられたバラがオドオドと顔を上げると、姫は満面の笑みを湛えています。でも、姫は無理やり友達ごっこをしたりしませんでした。うずくまるバラの傍らで一緒にうずくまっていました。
 長い長い年月が過ぎました。風が気持ちいい春が終わり、暑い暑い夏が訪れます。色々な野菜や果物が実り、新しい精が沢山生まれてきます。
 秋になると、春や夏とも違う木の実が生ります。そして冬になると、花の里に住む神々や精霊、幼い妖精や精達は、お家の中でのんびり過ごします。
 ですが、バラはどうしてよいか分からず、雪の中に埋もれて膝を抱えていました。それが何年も何年も続きました。そして、姫も座って、ただ傍らに寄り添っていました。
 ある春の日、勇気を出してバラは言いました。
 「どうして、ずっとそばにいるのですか?」
 姫は、莞爾とした笑みを浮かべます。
 「バラちゃんに、勇気がたまるのを待っていたの。
  本当のお友達は、楽しい時だけでなく、つらい時も一緒にいて、元気になるまで待ってあげるのよ。
  あなたは花の精なのに花が無いとか、トゲがあるとか関係ない。相手の全部を受け入れるものなのよ
  わたしが思うお友達の姿を、あなたに押し付けて無理に遊ばなかったのは、お互いを尊重し合うのが、本当のお友達だからよ。 
  だから、バラちゃんがお話ししたい、と思ってくれるまで待っていたの」
 バラは嬉しくて、涙が溢れました。自分を受け入れてくれた姫の優しい言葉に、姫とお友達になりたい、と思いました。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

理想の王妃様

青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。 王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。 王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題! で、そんな二人がどーなったか? ざまぁ?ありです。 お気楽にお読みください。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした

仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」  夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。  結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。  それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。  結婚式は、お互いの親戚のみ。  なぜならお互い再婚だから。  そして、結婚式が終わり、新居へ……?  一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

処理中です...