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つらい時に傍にいてくれるのが、本当のお友達
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フキノトウが、岩地と草原の境を越えようとしたとき、急にバラがフキノトウから飛び降りました。驚いた姫が地上を見下ろすと、バラはふよふよと浮遊しながら、地表すれすれを逃げていきます。バラは、みんなのところに戻るのが怖かったのです。
姫も岩地に舞い降り、バラに駆け寄ります。バラはうずくまってイバラの結界にくるまってしまいました。バラは幼く弱かったので、イバラはか細くトゲも小さい物でした。神様の姫にしたら、無いにも等しい結界です。
姫は、無理に結界を払って連れ去ることはしませんでした。結界は幼稚で隙間だらけです。隙間から手を入れて、バラの手に優しく添えました。バラは抵抗しません。優しさに飢えていたのです。
兵士達は呆れ顔です。侍女達も早く岩地から帰りたい、と爺やに訴えました。姫が岩地にいる以上、彼女に仕える自分達が草原にいるわけにはいきません。爺やがバラに近づき、イジけていないで早くフキノトウに戻るよう促します。
爺やが結界に触れようとすると、ゆっくりと弛むイバラのトゲが、指を傷つけてしまいました。わざとではありません。しかし、兵士達はどよめきます。バラは怖くなって、顔を伏せました。
自分に笑みを送る姫の様子を見て、大人しくした方がバラの為に良い、と思った爺やは、何も言わずに3歩下がります。バラはとても怯えていたので、近づくものを傷つけてしまうのです。
実際、姫の手の傷もそうでした。本来、力の弱い精が、神様の姫を傷つける力などあるはずがありません。姫は、バラの精の苦痛を理解するために神気を弱めて無防備になり、バラの痛みを分かち合おうとしたのです。
後ろを振り返ればもう草原ですし、いくらでも水の補充はできます。兵士達が堪えられないわけがないので、姫はバラのことに集中できました。宮殿で何不自由なく生活してきた姫にとって、こんなにもつらい出来事があるのかと思うほど、バラは絶望のどん底にいました。
もし、ある程度力がれば、他の里や人間界に行ってしまったり、堕天して魔界の住人になっていてもおかしくありません。堕天とは、天界を裏切って魔界についた者を言います。
それができれば、まだ心は楽だったかもしれません。ですが、バラの力では、耐えられなくてもその場に留まるほかに、しようがありません。
イバラ越しにバラの瞳を見つめていた姫は、あることに気が付きました。触れ合う手を通して感じるバラの苦痛とは別の何かが、彼の瞳の奥に映っていました。
「バラちゃんは、どうしてつらそうな表情をしているの?」
姫は訊きました。
「触れ合う姫の手から流れる血が、僕の中を流れているのが分かるからです。
僕のトゲは、周りを傷つけてしまうのです」
バラは、手を放すように懇願しましたが、姫はにっこり笑って言いました。
「それは違いますよ。あなたは、今までみんなにイジメられて、誰にも愛してもらえなかったから、わたしにどうしたら良いか分からないの。
わたしがあなたのトゲで傷ついているのは、あなたが今まで傷ついてきたことを知ろうとしているから」
姫の言っていることが、バラには分かりません。正面で向かい合った姫は、左手でバラの右手を取り、膝をつきました。顔の位置を合わせて、バラを見つめます。
「お立ちください!!」
バラはびっくりして叫びました。しかし、姫は立ちません。
2人は人の姿をしていましたが、その本性は花です。バラの姿は幼い子供で、モチモチした白くてきれいな手をしていますが、その手はトゲのあるツルであり、葉でもあり根でもありました。
姫の両手は傷つき血が流れて、バラの手に伝わります。根が水を吸い上げるように、バラの手は姫の血を吸い上げます。姫は結界の隙間なんて気にせず、両手でバラの手を握っていました。イバラは姫の手から二の腕までも傷つけてしまいました。
「あなたは、わたしのお友達になるの。姫の言うことは聞きなさい♪」
姫は冗談を込め、優しく楽しげな口調で言いました。バラは答えることができません。
「かわいそうなバラ、生まれてから1000年以上も1人で過ごしてきて、どうすれば良いか分からないのね」
姫の瞳が悲しげに潤みました。
「でも大丈夫、これからはわたしがお友達よ」
そう言葉をかけられたバラがオドオドと顔を上げると、姫は満面の笑みを湛えています。でも、姫は無理やり友達ごっこをしたりしませんでした。うずくまるバラの傍らで一緒にうずくまっていました。
長い長い年月が過ぎました。風が気持ちいい春が終わり、暑い暑い夏が訪れます。色々な野菜や果物が実り、新しい精が沢山生まれてきます。
秋になると、春や夏とも違う木の実が生ります。そして冬になると、花の里に住む神々や精霊、幼い妖精や精達は、お家の中でのんびり過ごします。
ですが、バラはどうしてよいか分からず、雪の中に埋もれて膝を抱えていました。それが何年も何年も続きました。そして、姫も座って、ただ傍らに寄り添っていました。
ある春の日、勇気を出してバラは言いました。
「どうして、ずっとそばにいるのですか?」
姫は、莞爾とした笑みを浮かべます。
「バラちゃんに、勇気がたまるのを待っていたの。
本当のお友達は、楽しい時だけでなく、つらい時も一緒にいて、元気になるまで待ってあげるのよ。
あなたは花の精なのに花が無いとか、トゲがあるとか関係ない。相手の全部を受け入れるものなのよ
わたしが思うお友達の姿を、あなたに押し付けて無理に遊ばなかったのは、お互いを尊重し合うのが、本当のお友達だからよ。
だから、バラちゃんがお話ししたい、と思ってくれるまで待っていたの」
バラは嬉しくて、涙が溢れました。自分を受け入れてくれた姫の優しい言葉に、姫とお友達になりたい、と思いました。
姫も岩地に舞い降り、バラに駆け寄ります。バラはうずくまってイバラの結界にくるまってしまいました。バラは幼く弱かったので、イバラはか細くトゲも小さい物でした。神様の姫にしたら、無いにも等しい結界です。
姫は、無理に結界を払って連れ去ることはしませんでした。結界は幼稚で隙間だらけです。隙間から手を入れて、バラの手に優しく添えました。バラは抵抗しません。優しさに飢えていたのです。
兵士達は呆れ顔です。侍女達も早く岩地から帰りたい、と爺やに訴えました。姫が岩地にいる以上、彼女に仕える自分達が草原にいるわけにはいきません。爺やがバラに近づき、イジけていないで早くフキノトウに戻るよう促します。
爺やが結界に触れようとすると、ゆっくりと弛むイバラのトゲが、指を傷つけてしまいました。わざとではありません。しかし、兵士達はどよめきます。バラは怖くなって、顔を伏せました。
自分に笑みを送る姫の様子を見て、大人しくした方がバラの為に良い、と思った爺やは、何も言わずに3歩下がります。バラはとても怯えていたので、近づくものを傷つけてしまうのです。
実際、姫の手の傷もそうでした。本来、力の弱い精が、神様の姫を傷つける力などあるはずがありません。姫は、バラの精の苦痛を理解するために神気を弱めて無防備になり、バラの痛みを分かち合おうとしたのです。
後ろを振り返ればもう草原ですし、いくらでも水の補充はできます。兵士達が堪えられないわけがないので、姫はバラのことに集中できました。宮殿で何不自由なく生活してきた姫にとって、こんなにもつらい出来事があるのかと思うほど、バラは絶望のどん底にいました。
もし、ある程度力がれば、他の里や人間界に行ってしまったり、堕天して魔界の住人になっていてもおかしくありません。堕天とは、天界を裏切って魔界についた者を言います。
それができれば、まだ心は楽だったかもしれません。ですが、バラの力では、耐えられなくてもその場に留まるほかに、しようがありません。
イバラ越しにバラの瞳を見つめていた姫は、あることに気が付きました。触れ合う手を通して感じるバラの苦痛とは別の何かが、彼の瞳の奥に映っていました。
「バラちゃんは、どうしてつらそうな表情をしているの?」
姫は訊きました。
「触れ合う姫の手から流れる血が、僕の中を流れているのが分かるからです。
僕のトゲは、周りを傷つけてしまうのです」
バラは、手を放すように懇願しましたが、姫はにっこり笑って言いました。
「それは違いますよ。あなたは、今までみんなにイジメられて、誰にも愛してもらえなかったから、わたしにどうしたら良いか分からないの。
わたしがあなたのトゲで傷ついているのは、あなたが今まで傷ついてきたことを知ろうとしているから」
姫の言っていることが、バラには分かりません。正面で向かい合った姫は、左手でバラの右手を取り、膝をつきました。顔の位置を合わせて、バラを見つめます。
「お立ちください!!」
バラはびっくりして叫びました。しかし、姫は立ちません。
2人は人の姿をしていましたが、その本性は花です。バラの姿は幼い子供で、モチモチした白くてきれいな手をしていますが、その手はトゲのあるツルであり、葉でもあり根でもありました。
姫の両手は傷つき血が流れて、バラの手に伝わります。根が水を吸い上げるように、バラの手は姫の血を吸い上げます。姫は結界の隙間なんて気にせず、両手でバラの手を握っていました。イバラは姫の手から二の腕までも傷つけてしまいました。
「あなたは、わたしのお友達になるの。姫の言うことは聞きなさい♪」
姫は冗談を込め、優しく楽しげな口調で言いました。バラは答えることができません。
「かわいそうなバラ、生まれてから1000年以上も1人で過ごしてきて、どうすれば良いか分からないのね」
姫の瞳が悲しげに潤みました。
「でも大丈夫、これからはわたしがお友達よ」
そう言葉をかけられたバラがオドオドと顔を上げると、姫は満面の笑みを湛えています。でも、姫は無理やり友達ごっこをしたりしませんでした。うずくまるバラの傍らで一緒にうずくまっていました。
長い長い年月が過ぎました。風が気持ちいい春が終わり、暑い暑い夏が訪れます。色々な野菜や果物が実り、新しい精が沢山生まれてきます。
秋になると、春や夏とも違う木の実が生ります。そして冬になると、花の里に住む神々や精霊、幼い妖精や精達は、お家の中でのんびり過ごします。
ですが、バラはどうしてよいか分からず、雪の中に埋もれて膝を抱えていました。それが何年も何年も続きました。そして、姫も座って、ただ傍らに寄り添っていました。
ある春の日、勇気を出してバラは言いました。
「どうして、ずっとそばにいるのですか?」
姫は、莞爾とした笑みを浮かべます。
「バラちゃんに、勇気がたまるのを待っていたの。
本当のお友達は、楽しい時だけでなく、つらい時も一緒にいて、元気になるまで待ってあげるのよ。
あなたは花の精なのに花が無いとか、トゲがあるとか関係ない。相手の全部を受け入れるものなのよ
わたしが思うお友達の姿を、あなたに押し付けて無理に遊ばなかったのは、お互いを尊重し合うのが、本当のお友達だからよ。
だから、バラちゃんがお話ししたい、と思ってくれるまで待っていたの」
バラは嬉しくて、涙が溢れました。自分を受け入れてくれた姫の優しい言葉に、姫とお友達になりたい、と思いました。
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