バラの神と魔界の皇子

緒方宗谷

文字の大きさ
上 下
30 / 33

29 どんな犠牲を払おうとも、守り抜かねばならない者と共にいると誓うのならば

しおりを挟む
 灰色の雲の切れ間から、恐ろしげな金色の目玉が覗いています。膨張する雲がバラに襲い掛かります。それは雲ではありませんでした。汚染された瘴気です。人間なら、肌に触れただけで即死してしまうほどの毒気を帯びていました。回転しながら飛翔するバラは、神気で瘴気を吹き飛ばします。
 その中から現れたのは、どす黒い鱗に覆われた黒竜でした。人間界では伝説の生き物です。力が強すぎて、長期間人間界に存在することが出来ないので、幻として語りがれてきた存在でした。
 竜の他にも、一角獣やセイレーンなど、人間界にやってきた精霊や悪魔を通して聞いた話や、霊気の強い人間によって目撃された話が伝えられています。
花の主神もそうです。人間界には存在しない花でした。
 黒竜は、おこぼれに与ろうとついてくる無数のメガトロンを従えています。ときおり開く口からは、色のついたバラの香りが尾を引いていました。バラはすぐさま察しました。あの悪魔達が、消えた騎士達の仇だと。
 巨体であるにもかかわらず、恐ろしく速く泳ぐあの悪魔は、騎士達を色香で唆した踊り子の女の子の本性でした。
 吼え叫ぶ様な断末魔をあげるバラは、より一層猛々しく炎を燃やしました。灼熱の火炎のほうき星と化したバラに、悪魔どもはねちっこくまとわりついていることが出来ず、焼かれて炭となって砕け、落ちていきます。
 甦ったばかりのバラには、満足な神気はありません。太く長い大量のイバラを幾百本も生やし振るい巻いてうねらせ、結界を後から後から形成させていきますが、隙間が多すぎて、結界内には暴風が吹き荒れています。
 何十年も戦い続けるバラの懐の中で、スズとハルは吹き飛ばされまいと、次々と生まれては枯れ朽ちるイバラの上を舞い飛びまわってしがみ付き、枯れる前に走っては飛び移り、何とか振り落とされないよう必死です。
 鳥のスズはまだいいのですが、白ヘビのハルは、トゲのあるイバラの上を舞い飛び走り回るのは、一苦労です。息も絶え絶えで、もう死んでしまいそうでした。
 「スズちゃーん! 待って、待って! 待ってぇ!!」
 「ハルちゃん、急いで! 早くこっちに来ないと、地獄に落ちちゃうわ!」
 「ふぎゃ!」
 うまくトゲを踏み分けられないハルの足に、鋭いトゲが突き刺さります。もはや仲間か否かを選り分けられる力が無いのか、邪悪神と化して、全てを滅ぼさん、と荒れ狂っているのかは分かりません。どちらにせよ、本来ならあり得ない事でした。
 イバラの上で転んだハルを救おうと、スズが舞い飛んで行って背中を抱えます。急速に離れていくバラに助けを乞おうと見やりますが、2人の存在にも気が付いていない様子でした。その尋常ならざる形相に、声をかける事すらなりません。
 2人は懸命に飛んでは走り、避けては掴まり、バラのそばへと向かいます。後ろを見ると、足を離したそばからイバラは枯れ朽ちて、砂の様に砕けていきます。
 辿る先には2人の守護神であるバラの神がいるはずですが、もはや目視できる距離ではありません。次々と繰り出されるイバラが壁のようになっていましたし、どれだけ離れてしまったのかも分かりませんでした。
 一歩でも足を踏み外せば、崩れ去るイバラの粉塵と共に、巨悪の咽喉へと真っ逆さまです。
 2人にとって、バラは襲いくる悪魔達よりも恐ろしく感じられました。狂気の沙汰としか思えませんが、それでも信じてバラに追いすがります。
 「きゃっ!!」スズが叫びます。
 「スズちゃん!!」
 両手を翼に変えて、崩れるイバラから飛び上がったスズが、ムチのように撓るイバラに叩き落とされてしまいました。
 伸ばしたハルの手に指を引っ掛けて、寸でのところで落伍を免れたスズは、片羽を羽ばたかせて、ハルと共にまだ朽ちないイバラへと飛び移ります。
 生きたまま喰い千切られつつあるバラに、2人に目を配る余裕はありません。周りは魔王や王子に取り囲まれていましたから、一瞬でも気を抜こうものなら、無残に滅び去ってしまうでしょう。
 雷鳴轟く黒雲の中に突っ込んでいったバラは暴風雨にさらされ、真っ逆さまに落ちていきます。並の悪魔では憑いていくことが出来ず、雷光に目を潰され、雷鳴に耳を劈かれ、雷に打ち砕かれ、雨に貫かれて死んでいきました。
 スズとハルの周りには、もう生きたイバラは見当たりません。足を踏み込むたびに、イバラの道は砕け、割れて落ちていきます。
 息も絶え絶えのハルが、大粒の涙を溢しながら叫びました。
 「もう、わたしダメぇ!」
 「ハルちゃん!!」
 砂と化したイバラに足を取られて転んだハルが、砂嵐の中に飲みこまれていきました。目を開けていることすらままならない視界の中で、飛んでくるイバラの破片を避けながら飛んでいたスズも、トゲによって羽はズタズタです。
 ハル1人に寂しい思いをさせまいと、スズは急後退をして砂嵐の中に消えていきました。
 「何で来たの? スズちゃーん」ハルは驚きます。
 「わたし達、お友達! 1人なら無理でも、2人なら出来るもん!」
 バラの粒が嵐の中でぶつかりあって発火し、お香となってマダスク・モダンの香りを噴霧しています。
 火炎渦巻く中で、2人を見つけたメガトロンが襲い掛かりましたが、バラの花弁の様な火の粉に巻かれて、一瞬の内に焼かれ、次々に落ちていきました。
 2人は手をギュッと繋いで必死に飛び続けましたが、砂嵐の中で進めなくなって、真っ赤な炎の花吹雪の中を転がり飛ばされてしまいました。
 そして、ついには、2人の視界からバラの結界は消え、砂嵐の向こうに見えていた真っ赤な光も見えなくなってしまったのです。2人は、荒れ狂う黒い雷雲の中に落ちていきました。
 天上の最高神も魔界の悪魔王も、お会いしたことが無い雷神風神の御業の前では、バラの結界も薄いせんべいの様に砕けて穴だらけです。
 宇宙が無限小であり無限大でしかなかった遠い昔から存在した神々です。有限の世界が生まれた時に、その事象が自然現象として具現化しているのでした。誰も見たことのない高次元の神は、森羅万象の神と恐れられていました。
 他にも光の神や闇の神、熱の神や冷気の神、音の神、火の神、朝の神、夜の神、生の神や死の神、刻の神など様々います。意思があるのかも分かりませんが、少なくとも神魔を殺せるほどの偉大な力がありました。その強大さは、100万の神軍や魔軍に勝るのです。
 ですが、地獄に仏とはこの事です。愚鈍ではない魔王達は、積乱雲の中にまで追っては来ませんでした。
 追って来たのは、黒竜とメガトロン達だけです。雷に打たれながらも襲いくる黒竜は、雷撃に身を悶えさせながらも、大きな口を開けてバラを飲みこもうと、何度も頭をもたげて、執拗に迫ってきました。
 凄まじい稲妻を幾度となく受けて、肉は焼けて深い穴が開き、もはや積乱雲から生きて出ることは叶わないでしょう。
 雷光をよけて迫りくるメガトロン達は、バラを半殺しのまま飲みこめば、残った茨の結界の中で身が守れると考え、助かるのは自分だと、我先にバラに牙を向きます。
 悪魔とはいえ、本来兵士ではない踊り子達です。暴力以外には整然とした秩序のない皇子の軍隊について来るほどの悪逆非道の美魔達ですから、自らの命可愛さに仲間割れを起こして殺し合いながら、同時にバラを仕留めよう、と躍起でした。
 筋を引くバラの血が持つ香気に興奮して群がる様は、死肉に群がり貪るピラニアの如くです。悪魔達も、自分が生き延びるだけで必死の様相でした。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

コボンとニャンコ

魔界の風リーテ
児童書・童話
吸血コウモリのコボンは、リンゴの森で暮らしていた。 その日常は、木枯らしの秋に倒壊し、冬が厳粛に咲き誇る。 放浪の最中、箱入りニャンコと出会ったのだ。 「お前は、バン。オレが…気まぐれに決めた」 三日月の霞が晴れるとき、黒き羽衣に火が灯る。 そばにはいつも、夜空と暦十二神。 『コボンの愛称以外のなにかを探して……』 眠りの先には、イルカのエクアルが待っていた。 残酷で美しい自然を描いた、物悲しくも心温まる物語。 ※縦書き推奨  アルファポリス、ノベルデイズにて掲載 【文章が長く、読みにくいので、修正します】(2/23) 【話を分割。文字数、表現などを整えました】(2/24) 【規定数を超えたので、長編に変更。20話前後で完結予定】(2/25) 【描写を追加、変更。整えました】(2/26) 筆者の体調を破壊()3/

児童絵本館のオオカミ

火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。

悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~

橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち! 友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。 第2回きずな児童書大賞参加作です。

荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 今より少し前の時代には、子供らが荒川土手に集まって遊ぶのは当たり前だったらしい。野球をしたり凧揚げをしたり釣りをしたり、時には決闘したり下級生の自転車練習に付き合ったりと様々だ。  そんな話を親から聞かされながら育ったせいなのか、僕らの遊び場はもっぱら荒川土手だった。もちろん小学生最後となる六年生の夏休みもいつもと変わらず、いつものように幼馴染で集まってありきたりの遊びに精を出す毎日である。  そして今日は鯉釣りの予定だ。今まで一度も釣り上げたことのない鯉を小学生のうちに釣り上げるのが僕、田口暦(たぐち こよみ)の目標だった。  今日こそはと強い意気込みで釣りを始めた僕だったが、初めての鯉と出会う前に自分を宇宙人だと言う女子、ミクに出会い一目で恋に落ちてしまった。だが夏休みが終わるころには自分の星へ帰ってしまうと言う。  かくして小学生最後の夏休みは、彼女が帰る前に何でもいいから忘れられないくらいの思い出を作り、特別なものにするという目的が最優先となったのだった。  はたして初めての鯉と初めての恋の両方を成就させることができるのだろうか。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜

うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】 「……襲われてる! 助けなきゃ!」  錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。  人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。 「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」  少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。 「……この手紙、私宛てなの?」  少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。  ――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。  新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。 「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」  見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。 《この小説の見どころ》 ①可愛いらしい登場人物 見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎ ②ほのぼのほんわか世界観 可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。 ③時々スパイスきいてます! ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。 ④魅力ある錬成アイテム 錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。 ◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。 ◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。 ◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。 ◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

鎌倉西小学校ミステリー倶楽部

澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】 https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230 【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】 市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。 学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。 案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。 ……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。 ※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。 ※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。 ※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)

処理中です...