蜜吸のスズと白蛇のハル

緒方宗谷

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自分よがりな愛情を乗り越えて

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 空が白み始めると、イバラの入り組み具合が緩い場所に、光が差し込み始めます。初めは闇が薄らぐ程度ですが、段々と空間そのものが光を発するかのようになって、暖かい空気をため始めます。
 差し込む光が暖かさを伴って静かに広がって行き、ピンク色の花びらのベッドで寝ているハルのもとに届きました。まぶたを開けて大きな背伸びをしたハルは、ニョロニョロと木漏れ日が差し込むところまで移動して、2度寝を始めます。
 蛇は全般的に大変寝起きが悪い生き物なので、ハルも例外なく3度寝4度寝するのが普通でした。
 それに対してスズはとても早起きで、太陽の神々しい光が花の里に到達すると同時に目を覚まし、ピヨピヨと鳴いています。ハルが2度寝の日向ぼっこを始める頃には、朝ご飯を食べ始めていました。
 そんなハルを見やりながら、いつもスズは呟きます。
 「毎日毎日よく寝る蛇ね。
  早朝の今この瞬間が、1日で1番空気が澄んでいて、肌にあたる冷たい空気が気持ち良いし、目を覚ますのに適しているわ。
  暗い夜が終わって、ゆっくりと明るくなっていく様子が、命の息吹を感じるにもっともいい時間なのやよ」
 ダラ~、と一文字で寝そべるハルをしり目に、朝露を飲みながらくつろいでいたスズは、それを飲み終えると羽を広げて背伸びをし、身づくろいを始めます。まだ赤ちゃんでしたが、おしゃれが大好きなスズは、毎日長い時間をかけてふんわりとした羽毛を整えるのでした。
 そんなスズを見上げて、ハルはいつも呟きます。
 「まだやってるの? 鳥は羽があって大変ね。
  わたしには羽も毛もないから関係なくて良かったわ。
  だって早起きしなくて済むんだもの」
 たまに目を覚ますハルがスズを見上げると、大抵スズはオシャレを楽しんでいましたから、長い間くちばしで全身をつついている彼女を見て、とても不思議に思いました。
 でも、スズの行動パターンはとても都合が良い、とハルは思っています。3度寝か4度寝を終えて、ようやく起きる気になった自分が朝ご飯を食べ終わった頃にスズのおめかしが終わるので、2人は一緒にお出かけすることが出来ました。
 ハルは蜜も実も食べません。ですから、花の里には彼女の食べられるものは無いのですが、ごくまれに、本当にごくまれに、虫のような光の粒が飛んでいることがあって、それを食べていました。1日に何度かそれを見つけては、パクッとしていたのです。
 今日は、その光の粒を見つけられませんでしたが、生命力の強い蛇は、1日に食べる量が少なくても、スズのようにお腹が空いて耐えられなくなることはありません。虫には色々な栄養が詰まっていますから、量に頼らなくても十分満足できました。
 実際のところは、蜜にも沢山の栄養が詰まっていましたから、スズも沢山食べなくても成長するには十分でしたが、ツルの上をピョンピョン飛び跳ねながら移動していたので、とても体力を使います。バラの精が作る蜜は量も少なかったので、蜜をたくさん食べなければ、力が持ちません。
 ハルがふと気づくと、スズがお出かけしようとしています。
 「あっ、スズちゃん待って! 一緒に遊びに行きましょうよ」
 「やーよぅ、わたしは1人で遊ぶのよ。
  あなたも1人で遊べば良いやよ」
 ハルはスズのことをお友達だと思っていましたが、スズはハルを友達だとは全く思っていませんでした。それでもハルは満足でした。だって、いつもスズは自分から遠くに行ってしまわないので、一緒にお散歩できたからです。
 本当は、スズはもっと遠くに行きたい、と思っていました。ハルの声の届かない所へです。ですがまだ羽毛なので空を飛ぶことが出来ません。弱々しい神気を使ってぴょんと飛び跳ねるのが精いっぱいでした。
 1日で一番明るくて暖かい気持ちの良い時間がやってきました。いつもより遠くに来たスズは、裏庭を見渡せるテラス席でランチを食べることにしました。
 朝に集めておいた朝露を包んだ花弁をポーチから取出し、広げた花弁の上に、周りの花から集めた取れたての蜜をのせます。ちょうど赤く実ったローズピップが1つなっていたので、デザートつきです。
 1枚の花弁をお皿にして、のっているのは2滴の朝露と、一口の蜜、小さな赤い実が1つだけ。ハルにはとてもひもじいお昼ご飯に見えました。水ばっかり飲んでいないで、美味しい虫のような光を食べれば、わたしをもっと好きになってくれると、この時ハルは思いました。
 今度、美味しそうな虫のような光を捕まえたら、スズにプレゼントしようと思ったハルは、2、3日に1回光を捕まえては、スズのところに持っていきました。
 「ねえ、スズちゃん、美味しい光を捕まえたのよ、一緒に食べましょうよ」
 「やーよ、何で虫なんか。
  わたしは黄金ミツスイの赤ちゃんなのやよ、ミツスイって言うくらいだから、蜜を吸って生きているのよ。
  それにわたしは金色が好きなのやよ、黄金って名前についているんだから」
 何度虫のような光を持ってこられても、スズは知らんぷりでした。バラの実のジュースを実から直接飲んでいた蜜食のスズは、飲み終わるとどこかに行ってしまいます。ハルは慌てて光をポッケに入れて、後を追いました。
 スズは、振り返って言いました。
 「どうして、毎日毎日ついてくるの? わたしは1人でお散歩したいのやよ。
  わたしは大空を飛ぶ鳥で、あなたは地を這う蛇でしょ。
  わたし達は住む世界が違うのやよ。
  どこかに行ってしまいなさいよ」
 スズは、つっけんどんな態度をとりました。
 「どうして、そんなこと言うの? わたし達お友達でしょう? わたしはあなたと楽しくお散歩したいのよ」
 ハルの言葉に悪い気はしません。ですがスズは知らんぷり。庭を見学しにくる精霊達のオシャレウォッチを楽しんでいます。ハルはオシャレに興味がありませんでしたが、スズと一緒にウォッチングを楽しみます。
 ウォッチングを堪能した2人は、日が暮れる前にいつもお家に戻っていきます。スズは鳥目でしたから、日が暮れると周りが全く見えなくなってしまうのです。ハルは温度で周りを見ることが出来ますので、真っ暗闇でも大丈夫でしたが、スズと帰りたかったので、いつも早めに遊びを切り上げて、帰路についていました。
 ハルが虫のような光を持ってくる頻度はだんだんと増えていき、遂には毎日、そして1日2回にまでなりました。ここは花の姫の住むお城です。警備は厳しくて簡単に入ることはできませんし、見学者に開放している時間もそんなに長くありません。13時から16時の間だけです。
 虫の精霊が裏庭にいることなどほとんど無いのですから、頻繁に虫のような光が発生するわけではありません。それなのに、何故そんなにプレゼントを用意できたのでしょうか。
 実はハルは、自分のご飯を我慢して、スズにプレゼントをしていたのでした。スズに好かれたい一心でしたが、全く届きません。遂には力尽きて、1日中グッタリです。逆にスズは、付きまとってくるハルが付いてこなくなって清々していました。
 何年かしてハルの存在を忘れたスズは、何故わたしはいつもツルの上にいるのだろう、と思いました。眼下には、暖かくて柔らかい芝生が広がっています。振り返れば、イバラの下の土はひんやりとして気持ちがよさそうです。
 スズは思い切って地上に飛び降りました。羽毛の羽をパタパタさせながらゆっくりと降りた地上はとても広くて、何もかもがとても大きく見えました。
 大人から見れば低い位置で過ごしていたスズですが、ひよこの彼女から見れば、十分高くて、世界を見遅していると思っていました。ですが、それは間違いでした。1人暮らしを始めて大人になった気でいましたが、まだまだ小さな赤ちゃんです。
 ぽよぽよと歩き始めたスズでしたが、だんだんとまぶたが重くなっていきました。
 「地を這うってこういう事なのね。
  あの子は、毎日こんなに気持ちの良い事をしていたのね」
 ピョンピョン飛んでいたスズは、着地した場所場所の間や、今まで歩いてこなかった地面のいたるところに、喜びが敷いてあることを知りました。
 急にハルの事を思い出したスズでしたが、無防備にもその場でお昼寝を始めてしまいました。まだ庭の開放まで大分時間がありましたから、静かで居心地が良かったのです。
 「そういえば、あの子はどうしているかしら、なんて言ったっけ、・・・そう、ハル、ハルって言ったよね」
 そう思った瞬間、もう何年もあの子に会っていないことを思い出して、ビックリしました。あんなに毎日付きまとってきたハルが、今日まで1度も顔を見せていないのです。
 ちょうどその頃、ハルは自分のベッドの上で悲しんでいました。どうして、わたしは独りぼっちなのだろう、と考えていたのです。スズと過ごした日々はとても楽しい時間でした。それが、どこをどう間違って独りぼっちになってしまったのか。どうしてこんなことになってしまったのでしょう、と。
 スズに会いたいと願いましたが、もう動く気力も体力もありません。少し離れたところに、虫のような光が飛んでいましたが、捕まえに行くことすらできませんでした。もう何年も飲まず食わずですから、空腹すら感じません。ハルは静かに目を閉じました。
 「ああどうか、最後にもう1度スズちゃんに会いたい。
  もし会えるのなら、もう死んでも構わないわ」
 2人はまだ200歳程度、人間でいえば1歳にも達していません。ハルには親以外に知っている者はいないので、当然お友達はスズだけです。それに、親よりももう長い時間スズと過ごしていましたから、死ぬ間際にスズを思っていても不思議ではありません。
 (短い人生だったけれど、スズちゃんに出会えて楽しかったなぁ)
 そう思った瞬間でした。ツンツンと唇を突かれる感じがしました。うっすらと目を開けると、ぼやけていましたが、ふわふわの羽毛に包まれた鳥の足が見えます。
 (夢ね、夢を見ているのね。
  夢の神様が最後に夢を見せてくれているのね)
 ハルはそう思って目を閉じましたが、唇を突く硬いものは強引に上下の唇をこじ開け、口の中に入ってきました。可笑しな夢だと思いましたが、ハルは抵抗せずされるがままになりました。すぐに入ってき何かは外に出ていきましたが、口の中には何かが残っていました。
 モゴモゴモゴモゴ、ゴックン。それは、虫のような光でした。口の中に入ってきたのは、スズのくちばしでした。なんと、スズが光を捕まえて持ってきてくれたのです。
 実は1年ほど前に、弱って動けなくなっているハルを発見したスズは、大慌てで虫のような光を捕まえようと悪戦苦闘してくれたのです。
 ひよこのスズは、すぐに光を捕まえることはできませんでした。ちょっとした空気の流れで、その光は飛んで行ってしまうので、近づけば遠のき、遠のけば近づいてくるのです。オシャレの時間もそっちのけで、一生懸命追いかけまわして、ようやく捕まえた1匹です。
 スズは、数か月に1匹捕まえるのがやっとでしたが、それでもハルの体力は段々と回復していきました。
 ある朝目を覚ましたハルは、スズのお家のそばにある日向に行けるまでになっていました。上を見上げると、スズはまだおねむの様です。それもそのはず、毎日日が沈むギリギリまで虫のような光を追いかけまわしているので、いつもお寝坊さんでした。身づくろいもしていないので、羽毛はあっちを向いたりこっちを向いたり、もうぼさぼさです。
 ハルは感動しました。
 (夢ではなかったんだわ。
  スズちゃんがわたしの為に光を集めて、あーんしてくれてたんだわ。
  いつもわたしに『やー』って言うけど、やっぱりわたしのことが大好きなんだわ)
 目を覚ましたスズは、やっぱりハルを知らんぷりです。でもハルは、そっぽを見たスズに「ありがとう」とお礼を言いました。
 回復したハルは、もう虫のような光をスズにプレゼントすることはありません。ハルはスズから虫のような光をプレゼントされてとても嬉しく思いましたが、スズは少しもうれしく思っていませんでした。それに気が付いたハルは、自分が好きなものだからといって、相手が好きとは限らないのだと察することが出来たのです。
 相手がほしいと思う事をしてあげなきゃと思うハルでした。


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