愛するということ

緒方宗谷

文字の大きさ
上 下
158 / 192
50.病院

2.開戦

しおりを挟む
 里美は教えなかった。(事ここに及んだのなら好都合だ。坂本を排除してしまえ)。里美の心の奥に、そのような思いが頭をもたげる。
(多分、病室に行けなかったんだろうな。家族じゃないから)
 どうやって陸と知恵を別れさせるか途方に暮れていた里美にとって、この状況は渡りに船だ。知恵は相当参っている様子だから、このままもっと弱らせて抵抗できないまま陸と自然消滅に追い込んでしまえる。だがそう思うと同時に、里美は後ろめたい気持ちでいっぱいになった。
 必死で泣きすがる知恵を見ると、病室を教えてしまいそうになる。もし病室を教えようものなら、知恵は陸の病室に入り浸るだろう。そうなってしまえば、有紀子の性格上、陸と知恵の間に割って入ることは出来ない。有紀子のためにも言葉をごくりと飲みこむ。
(自分と村上さんで陸君を囲めば、坂本はもう近づけない。陸君が好きなのは村上さんだから、村上さんと仲直りできるなら坂本との距離が離れても戸惑いを感じないはずだよね)
 とても残酷で心が痛む里美であったが、それを耐えぬいて口を開いた。
「知らないよ、私。そもそも陸君がこの病院に入院してるってことすら知らない。自分の体調が悪くて診察に来たの」
「うそ! 大けがしたのあんたのせいでしょ⁉ 教えて! 教えてください!」
「だから知らないって」
「教えてよ‼」
 怒鳴るようにまくしたてる知恵に、里美は「知らない知らない」の一点張りで突き通す。終いにはキレて、「知らないって言ってるでしょ!」、と知恵を突き放した。
 しりもちをついて一瞬呆けた知恵だったが、キッと里美を睨み上げて立ち上がる。「コノヤロ」と声を絞り出して、里美に掴み掛った。
「何するのよ⁉ ちょっと、やめなさいよ、坂本」虚を突かれた里美が叫ぶ。
「教えてくれないのがいけないのよ‼」
 掴み合いになって、警備員に引きはがされた知恵は、足をばたずかせて大泣きし始めた。
「陸君! 陸君‼ わぁぁ~~ん‼」
 かんしゃくを起こした子供の様に泣きじゃくりながら警備員の手を振り払って、再び里美に襲い掛かる。火事場の馬鹿力とでもいうのだろうか。さっきまで里美の力に敵わなかった知恵が、里美を自動ドアの横の壁まで押しやる。
「苦しい坂本! やめて」
 あまりの力の強さに里美の戦意は凍り、抵抗出来ない。
 ベストを掴んだ知恵の2つのこぶしが、里美の喉元に食い込む。知恵は嗚咽を繰り返すほど咽び泣き、もう手の付けようがない。
「教えてって言ってるでしょ‼ 教えるまで放さないんだから‼」
 もう1人警備員がやって来た。2人の警備員に両腕を掴まれた知恵は、そのまま警備員室に引きずられていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

どうして隣の家で僕の妻が喘いでいるんですか?

ヘロディア
恋愛
壁が薄いマンションに住んでいる主人公と妻。彼らは新婚で、ヤりたいこともできない状態にあった。 しかし、隣の家から喘ぎ声が聞こえてきて、自分たちが我慢せずともよいのではと思い始め、実行に移そうとする。 しかし、何故か隣の家からは妻の喘ぎ声が聞こえてきて…

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...