愛するということ

緒方宗谷

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41.えっち

4.運命の人 

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 彩絵は、島根に初めてを捧げてから運命を感じるまでを振り返って、自分の変化に心底驚いていた。夏に汗をかいたり、大学で体を動かした後の島根のにおい、脱ぎ散らかした服に残る男性のにおいが好きではなかった。
 島根のだから嫌いというわけではないが、すぐに洗濯をしたり、部屋に消臭剤を置いて誤魔化したりしていた。
 ところがどうだ。急に島根の匂いが愛おしくてたまらない。昨日脱いだ服に顔を埋めて、服に移った体臭を胸いっぱいに吸い込んでいる。人に見られたらド変態と言われかねないので、誰にも内緒だ。
 やめてほしいと思っていた癖。鼻をほじったりするのも嫌ではなくなった。そればかりか、マジマジと鼻をほじる姿を見て幸せになる。
 島根の鼻ほじりは、他の人の前では絶対にしない。彩絵は、自分にしか見せないこの行動を見る度に、“たっちゃんにとって私は特別なんだ”と思えた。本当に人を好きになると、全ての動作や発言が気にならなくなる。
 そうなる前と比べると不思議な感じだ。だが、彩絵は比べることすら出来なかった。そんな過去があるなんてことは、記憶の彼方で抹消済み。すぐに消えてなくなった。ずっと私はこうだったのだと思うようになって、初めの驚きも忘れた。
 彩絵にとって、島根は人生の全てであり自分自身である。何かをしてあげたい。何かせずにはいられない。以前は、島根が彩絵にしていたことを、逆に自分がするようになった。
 近藤美由紀に勝った。女として勝つのは人生で初めて。
(どうして今まで自分の体をコンプレックスに感じていたのだろう?)
 今は全くコンプレックスではない。彩絵の価値基準は全て島根に集約されていた。
 以前は漠然とした世間一般、若しくは友達たちが価値基準だ。普通は胸があってくびれがあってお尻がある。身長も155とか160cmくらいが普通だ。今となっては、“でも普通って何? みんなって誰?”と思うようになった。
 彩絵は、自分自身で設定すべき価値基準を無関係な他人に委ねていたのだ。
(そうか、私は私、他人がどう思うかなんて私には関係ないもんね)
 そう思うと、美由紀の恋愛進化論が少し有り難く思えた。
(有紀ちゃんにしてあげた話、実は私にしてあげたかったんだね)
 島根がそうしたかったかは、もちろん分からない。少なくとも話を引き継いだ彩絵は、自分に言いたかったことだと思った。
 体温を重ねる度に、吐息が交わる度に、島根の愛を再確認する。
(私の価値基準はたっちゃんだ‼ 何の疑いもなく信じられる。たっちゃんのお嫁さんになるって。
 いまどき可愛いお嫁さんになりたいなんて言ったら古いって言われるかもしれないけれど、それでも私は可愛いお嫁さんになりたい。
 共働きでもどちらが主婦(夫)でも構わないけど、私がたっちゃんと結婚したら専業主婦になるの。愛する旦那様と子供に、美味しいご飯を作ってあげて、仕事や勉強を労ってあげるの。
 ああ、愛情を注ぐことが出来るって、こんなにも幸せな気分なんだ。たっちゃんから父性(笑)を注がれてた時よりもっと幸せ。
 想像の中の家族は、私の作るご飯で健康に育つ。注いだ愛情がリアルタイムで分かるって、なんか幸せ。
 私がそう言ったら、『僕にも、愛を注ぐ幸せをください』ってたっちゃんに言われた。そうか、一方的に注ぐのよりも、一方的に注がれるよりも、注ぎ合うから幸せなのか。
 私は、もう永遠にたっちゃんと一緒にいる気でいる。一緒のお墓に入るまでの道のりを俯瞰してみると、どんな困難も楽しそうなアトラクションに見える。
 実際は楽しくないこともいっぱいあるんだろうけど、私たちは全て乗り越えていける気がする)
 彩絵は、島根と結ばれてから幸せだった。だけれども、運命を感じてから振り返ってみると、更に幸せになれた。
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