愛するということ

緒方宗谷

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41.えっち

2.遺伝子

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 島根が発した優しい声。

「ごめん、近藤さんはとても魅力的で素敵な人だけど……、ごめん。
 僕には――僕にとっては、彩絵ちゃんだけだから。僕にとっての女性は彩絵ちゃんだけだから」
 島根が口づけの後に口にした言葉だ。完膚なきまでにフラれた美由紀は呆然としていた。一途なまでに一人の女性を想う男性に出会うのは初めてであった。力強く水野彩絵を愛している、と宣言する島根は、とても凛々しい。
 上体を起こした島根を追って、美由紀が体を起こした。島根はそばにあった自分の薄手のジャケットを手に取って肩にかけてあげる。はだけた胸の前でそれを握る美由紀は、まじまじと島根の動向を観察した。
 島根は申し訳なさそうな表情を浮かべつつも、粛々と帰る準備をしている。美由紀には、その瞳に映る者が自分ではないということが窺えた。
 生まれて初めてだった。生まれて初めて拒否された美由紀は、とても火照った体を持て余していた。どうしようもないほど熱い。
 この火照りを島根にどうにかしてほしかった。でも何も言わなかった。美由紀はすがるような目で島根を見つめていたが、引き留めても惨めになるだけだと察していた。
 島根は、つま先を立てた正座に近い姿勢で、静かに美由紀へと向き直り、伝えることがつらい、といった神妙な面持ちで、囁くように、それでいて通った声でしっかりと言った。
「近藤さん、僕を選んでくれて本当にありがとう。誰よりもあなたといる時がとても楽しかったし、これからも楽しいと思う。
 近藤さんと話していると、とても触発されるし成長する気がする。だから、近藤さんはとても素晴らしい人なんだと思う。
 でも僕は、近藤さんとは考え方が違うんだと思う。だから、お互いの考える恋愛論でそれぞれ幸せになろうね」
 言い終わって島根は、春のそよ風になびく菜の花畑の黄色い煌めきの様な、とても安堵した表情を見せ、そして微笑んだ。
 島根は恋愛のスイッチが入っていた。女として見られるのは彩絵だけだ。島根には変な線引きがある。一つになったら浮気という線引きだ。
 キスや胸を触る程度は浮気にはならない。そもそも飲み会ではちょっとエッチな遊びはままある。それが楽しくて飲み会に参加している、と言っても過言ではない。もし男だけの飲み会だったら、島根は参加しないだろう。
 だから、美由紀との出来事は浮気にならない。浮気にならないはずだった。なのにどうだ。島根の心には、とてつもなく大きな罪悪感が頭をもたげていた。
 陽が暮れると、まだとても肌寒い春の初め。街灯の明かりしかない道を足早に家路へと急ぐ島根は、頭上にある桜の梢に既につぼみが準備万端控えていることにも気が付けない。
 照明を落としたままの部屋で、1人残された美由紀はしばらく島根の残り香を見つめていた。もちろん目で見えているわけではなかったが、気持ちの中では、少し青みがかった薄い黄色をしている。
 美由紀はベッドの上で、1人島根の事を想っていた。


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