129 / 192
41.えっち
2.遺伝子
しおりを挟む
島根が発した優しい声。
「ごめん、近藤さんはとても魅力的で素敵な人だけど……、ごめん。
僕には――僕にとっては、彩絵ちゃんだけだから。僕にとっての女性は彩絵ちゃんだけだから」
島根が口づけの後に口にした言葉だ。完膚なきまでにフラれた美由紀は呆然としていた。一途なまでに一人の女性を想う男性に出会うのは初めてであった。力強く水野彩絵を愛している、と宣言する島根は、とても凛々しい。
上体を起こした島根を追って、美由紀が体を起こした。島根はそばにあった自分の薄手のジャケットを手に取って肩にかけてあげる。はだけた胸の前でそれを握る美由紀は、まじまじと島根の動向を観察した。
島根は申し訳なさそうな表情を浮かべつつも、粛々と帰る準備をしている。美由紀には、その瞳に映る者が自分ではないということが窺えた。
生まれて初めてだった。生まれて初めて拒否された美由紀は、とても火照った体を持て余していた。どうしようもないほど熱い。
この火照りを島根にどうにかしてほしかった。でも何も言わなかった。美由紀はすがるような目で島根を見つめていたが、引き留めても惨めになるだけだと察していた。
島根は、つま先を立てた正座に近い姿勢で、静かに美由紀へと向き直り、伝えることがつらい、といった神妙な面持ちで、囁くように、それでいて通った声でしっかりと言った。
「近藤さん、僕を選んでくれて本当にありがとう。誰よりもあなたといる時がとても楽しかったし、これからも楽しいと思う。
近藤さんと話していると、とても触発されるし成長する気がする。だから、近藤さんはとても素晴らしい人なんだと思う。
でも僕は、近藤さんとは考え方が違うんだと思う。だから、お互いの考える恋愛論でそれぞれ幸せになろうね」
言い終わって島根は、春のそよ風になびく菜の花畑の黄色い煌めきの様な、とても安堵した表情を見せ、そして微笑んだ。
島根は恋愛のスイッチが入っていた。女として見られるのは彩絵だけだ。島根には変な線引きがある。一つになったら浮気という線引きだ。
キスや胸を触る程度は浮気にはならない。そもそも飲み会ではちょっとエッチな遊びはままある。それが楽しくて飲み会に参加している、と言っても過言ではない。もし男だけの飲み会だったら、島根は参加しないだろう。
だから、美由紀との出来事は浮気にならない。浮気にならないはずだった。なのにどうだ。島根の心には、とてつもなく大きな罪悪感が頭をもたげていた。
陽が暮れると、まだとても肌寒い春の初め。街灯の明かりしかない道を足早に家路へと急ぐ島根は、頭上にある桜の梢に既につぼみが準備万端控えていることにも気が付けない。
照明を落としたままの部屋で、1人残された美由紀はしばらく島根の残り香を見つめていた。もちろん目で見えているわけではなかったが、気持ちの中では、少し青みがかった薄い黄色をしている。
美由紀はベッドの上で、1人島根の事を想っていた。
「ごめん、近藤さんはとても魅力的で素敵な人だけど……、ごめん。
僕には――僕にとっては、彩絵ちゃんだけだから。僕にとっての女性は彩絵ちゃんだけだから」
島根が口づけの後に口にした言葉だ。完膚なきまでにフラれた美由紀は呆然としていた。一途なまでに一人の女性を想う男性に出会うのは初めてであった。力強く水野彩絵を愛している、と宣言する島根は、とても凛々しい。
上体を起こした島根を追って、美由紀が体を起こした。島根はそばにあった自分の薄手のジャケットを手に取って肩にかけてあげる。はだけた胸の前でそれを握る美由紀は、まじまじと島根の動向を観察した。
島根は申し訳なさそうな表情を浮かべつつも、粛々と帰る準備をしている。美由紀には、その瞳に映る者が自分ではないということが窺えた。
生まれて初めてだった。生まれて初めて拒否された美由紀は、とても火照った体を持て余していた。どうしようもないほど熱い。
この火照りを島根にどうにかしてほしかった。でも何も言わなかった。美由紀はすがるような目で島根を見つめていたが、引き留めても惨めになるだけだと察していた。
島根は、つま先を立てた正座に近い姿勢で、静かに美由紀へと向き直り、伝えることがつらい、といった神妙な面持ちで、囁くように、それでいて通った声でしっかりと言った。
「近藤さん、僕を選んでくれて本当にありがとう。誰よりもあなたといる時がとても楽しかったし、これからも楽しいと思う。
近藤さんと話していると、とても触発されるし成長する気がする。だから、近藤さんはとても素晴らしい人なんだと思う。
でも僕は、近藤さんとは考え方が違うんだと思う。だから、お互いの考える恋愛論でそれぞれ幸せになろうね」
言い終わって島根は、春のそよ風になびく菜の花畑の黄色い煌めきの様な、とても安堵した表情を見せ、そして微笑んだ。
島根は恋愛のスイッチが入っていた。女として見られるのは彩絵だけだ。島根には変な線引きがある。一つになったら浮気という線引きだ。
キスや胸を触る程度は浮気にはならない。そもそも飲み会ではちょっとエッチな遊びはままある。それが楽しくて飲み会に参加している、と言っても過言ではない。もし男だけの飲み会だったら、島根は参加しないだろう。
だから、美由紀との出来事は浮気にならない。浮気にならないはずだった。なのにどうだ。島根の心には、とてつもなく大きな罪悪感が頭をもたげていた。
陽が暮れると、まだとても肌寒い春の初め。街灯の明かりしかない道を足早に家路へと急ぐ島根は、頭上にある桜の梢に既につぼみが準備万端控えていることにも気が付けない。
照明を落としたままの部屋で、1人残された美由紀はしばらく島根の残り香を見つめていた。もちろん目で見えているわけではなかったが、気持ちの中では、少し青みがかった薄い黄色をしている。
美由紀はベッドの上で、1人島根の事を想っていた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結済】ラーレの初恋
こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた!
死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし!
けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──?
転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。
他サイトにも掲載しております。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる