愛するということ

緒方宗谷

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38.友情

4.づりあげうどん

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「やっぱり、うどんはこうでなくっちゃな」
 玄人ぶって寺西が言った。小栗は「うん」と頷いてうどんをすする。
 手打ちじゃないことを小栗は知っていたけど、言わなかった。地粉を使っているから、薄茶色の粒々が混じっていてとても綺麗だ。ここでしか食べられない特別なうどんの様に感じる。
 ここは、とても歴史を感じさせる古民家。名前を知らない2人はうどんカフェと呼ぶ。先祖代々が住んできた家で、江戸時代から明治、大正、昭和の品々が飾られている。
 寺西はうどんを食うのが上手い、と小栗は思った。
 この地方には“づりあげうどん”といううどんがあって、土鍋に入ったうどんをお椀に移して、薬味のネギとサバの水煮と鰹節をのせて生醤油をかけて食べる。小栗もそうする。
 でも寺西は違う。不思議な甘みのあるもやしと昆布の佃煮(いつもそれとは限らないが)がついてくるのだが、それをうどんに混ぜて食べる。それを見た小栗はマネしてみた。
「うめーじゃん」
「だろ?」
 寺西はうどんだけで食べたり、醤油だけで食べたりもする。2人でよくラーメンを食べに行くが、その時もそうだ。コショウをかけたり酢をかけたり色々試す。混ざらないように、レンゲを使ってやる。本当に麺好きだ。
 少し遅れて、小栗が注文した“しばづと”が運ばれてきた。朴の葉で包んだもち米と小豆を蒸したものだ。お赤飯ほど赤くなく、味も優しい甘みがある程度。
 普段は注文しない。いつもは魚が釣れなくてもバーベキューをすると決めていた時に、しばづどだけを幾つも頼んでテイクアウトする。そばにある精肉店でお肉を買って、キャンプ場で焼いて食べる。その時の主食にするのだ。
 突然、寺西が「うひょうひょうひょ」と笑い出した。笑いを止められないまま続ける。
「栗ちーさー、うどんのおかずにご飯てどうなのよ」
「わはは、俺も思ってた。でもこれうめぇよ、なんか山菜料理をおかずにした定食やんねーかな」
「いいな、そういうの。それやろうかな、調理師免許取って」
 それを聞いた小栗は、(コロコロ夢の変わるやつだなぁ)と思った。それでも田舎で暮らすということは一貫しているから、まあ良いか、とも思う。
 生醤油っていうやつには、しょっぱさに丸みがある。古ぼけた感じがしょっぱさのトゲを覆っているようだ。そして古風な香りが鼻腔をくすぐる。
 レンゲに醤油をたらして舐めた寺西が言う。
「うちの醤油じゃ味わえないな。うちの、なんか尖ってんもん」
「普通そうだろうな、うちのは2Lで189円のだから、塩っ辛い水だぜ、この醤油と比べたら」
 釣りに来ると、2人はいつも思う。造られた偽りの世界に騙されて住まわされている、と。知っているのは、うどんと醤油だけだったが、本物は違う。全然違う。口に出して話し合ったことは無いが、この思いは共通していた。
 食べ物じゃないものを食べ物と言って食べさせられる。必要ない物を必要だと言ってやさられる。大切じゃない物を大切だって言って守らされている。“俺達は大人に騙されて生きている”と思っていた。
 づりあげうどんは、2人に本物の世界を垣間見させてくれる。2人は刹那的に見えたその世界に思いを馳せる。憧れの世界を見せてくれる。

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