愛するということ

緒方宗谷

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27.陸の本性

1.キレる

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 人は、笑顔の裏に劣等感や妬みからくる歪んだ感情を隠している。陸は見た目もそこそこ格好良く、長身。どんなスポーツでもそつなくこなす。テストの点も平均点より高い。表には出さないが、スクールカースト上、陸と序列の近い男子の中には、彼に恨みをいだく者もいた。
 転校生のくせに、ほとんどやったことのない野球やサッカーで、部活で何年もつらい思いをして頑張ってきた自分よりも上手いだなんて許せない。しかも女子人気も高いだなんて、なおさらだ。
 体育で見せる陸のパフォーマンスの前に、自分達の努力が水泡に帰すほど霞む。後輩にも示しがつかないし格好悪い。
 序列の上位にいた者達はその地位を脅かされて怯えていたし、陸の足下に追いやられた者達は自らの情けなさを半ば諦めていた。ほとんどの生徒にはタイマンでは陸に勝てる自信が無かったし、人数を集めて体育館の裏に呼び出す勇気もなかった。
 ただ、それでも数人寄れば強気になる者いるようで、バカげたからかいが起こることもある。
 ニタニタしながら陸に近づいた吉野が、これ見よがしに言った。
「お、いいもの発見」
 吉野は不意に陸の机の中に手を突っ込んでペンケース取ってシャーペンを1本抜き、ペンケースを机にとっぷす陸の頭の上に放った。
 上体を起こした陸が、頭から落ちたペンケースを拾って盗られたシャーペンを取り返そうと立ち上がると、吉野はそれを矢野に放る。教室が薄く凍りついた。弧を描くシャーペンを目で追いながら、両手をかざした矢野が頓狂な声をあげる。
「うえーい、上条、こっちだ上条」
 迫ってくる陸を小ばかにした様子でほくそ笑み、今度は倉橋に放り投げて言う。
「へへぇー、むこうだよ、むこう、……て、おい、むこうだって言ってるだろ⁉」
 矢野は叫び続けた。だが、陸は歩みを止めない。そのまま間合いを詰めてチョーパンを喰らわし、間髪入れずに右左の連打。最初のチョーパンで後ろの清掃用ロッカーに跳ね飛ばされた矢野は、真っ黒になった視界の中、全ての感覚がシャットアウトしていた。
 殴られて痛い、という感覚すらない。この時の記憶は断片的にしかないらしい。クラス中に悲鳴が響く。「やめろやめろ」と騒ぐみんなの声で陸はやめた。
 殴ったのは5,6発だけだったが、全てがクリーンヒットだ。力なく崩れ落ちる矢野は、誰も見たことも経験したこともないほど大量の鼻血を流している。口の中も切って、もう血みどろだ。
 矢野自体ケンカが弱いわけではない、と思われていた。なぐり合った経験は無かったから、陸ほどケンカ慣れはしていなかったが、それでもサッカー部で、2年生の中ではNO.3に数えられている。体格も良いから、力関係では陸と同じくらいだ。
 だが、その矢野が瞬殺されてしまった。一緒にからかった吉野と倉橋は驚愕した。急に足が震え出して、許しを請うことしか考えられなくなった。
 2人とも運動部でそれぞれ2年の主力だったが、160㎝前後の身長からも分かる通り、体格は良くない。とてもじゃないが矢野や陸には勝てない。
 すぐに陸は倉橋の方に向き直った。無言のまま少し早い足取りで迫る。びっくりした倉橋は、すぐさまシャーペンを陸に投げ返して言った。
「返しただろ? おい、ふざけんなよ! やめろよな」
 倉橋は必死だ。投げ返されたシャーペンを右手で受け取ると、陸はすぐさま握り折って言い返す。
「折れてんじゃねーか、どうしてくれんだよ‼」
「自分で折ったんじゃんか」
 そう言って後退りする倉橋を、折れたシャーペンを握ったままの拳で殴りつける。倒れて教卓にぶつかった体を追いかけ、みぞおちを一度蹴り上げた陸は、身を翻して、吉野を目指した。
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