愛するということ

緒方宗谷

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25.加奈子の告白

3.違う世界

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 加奈子は、あの日以来学校に行かなかった。
 打ち明けたりしない。ずっと胸に秘め続けていよう、と誓ったはずだったのに。有紀子と陸をくっつけると誓ったはずなのに。
 なぜ自分は、あの時言ってしまったのだろうか。加奈子は、自分の部屋で後悔の念に苛まれていた。
 何度も記憶をフィードバックする。あの時の有紀子の目、あれはあからさまな拒絶のように見えた。全く存在を理解してくれないように感じた。嫌われてしまったのだろうか。
 加奈子には元の関係に戻れる自信が無い。怖くて有紀子に会えずにいた。
 最近思い出さなくなっていた小学生の時の思いがこみ上げてくる。何故私には無いのだろう。理解するまでに大分時間がかかった。正確には、無意識的に理解しないようにしていた。
 小学校低学年の時まで、それはそのうち生えてくるものだと加奈子は思っていた。自分は少し遅いだけだと。身長の差があるように、おねしょをしている子としていない子の差があるように、いつか自分も男の子と同じようになるものだと思っていた。
 5年生の時に生理が始まって、加奈子は愕然とした。私は女なのだと。男にはなれないのだと。本来なら命を育むことの出来る女性の特権である初潮。喜ぶべきことであったが、加奈子にとっては絶望の象徴でしかなかった。
 中学生になって、スカートを穿いて学校に行く日々。小学生の時はズボンでよかったが、中学校ではそうもいかない。制服があることによって、否応なしに自分が女子であることを突きつけられる。
 制服が悪いわけではない。私服を容認すると、貧富の差が服装に出てしまう。家庭環境によっては、とてつもない苦痛を感じさせてしまうだろう。制服があることによって、軽減されている苦痛がある。現に小学校の時、給食費を払えない友達が加奈子のクラスにもいた。彼の着る服には古さが染み付いていた。それをからかわれる場面を見たこともある。だから加奈子は、スカートを受け入れることができた。
 そう思わせてくれたのは、親戚の正則くんだ。当時、正則君は、ミッション系の男子中学校に通っていて、通学カバンが自由であった。それに加えて学ランも廃止して私服登校を認めるべきだ、と言う議論が起こっていた。生徒会が生徒の意見をまとめて、議題にしたのだ。
 その話を聞いた加奈子はとても羨ましがったが、正則君は真顔である話を聞かせてくれた。
 学校を運営する母体は教会で、孤児院も運営している。生徒の中には孤児もいたし、寮もある。この学校が無かったら、子供を手放さなければならなかった家庭もある、と正則君は言っていた。
 正則君には孤児すれすれの友達がいたから、加奈子の安易な発言に違和感を覚えたのだ。
 そう言えば、と加奈子は思った。小学校の時に、とても貧しい生活をしているクラスメートがいた。その男子が学校を休んだ時に、家の方角が一緒だという理由で、加奈子がプリントを届けに行ったことがある。加奈子の目に映った木造平屋建ての彼の家は、おんぼろでとてもみすぼらしい。本当に貧しかった。
 バツが悪そうにするその男子を見て、傷つかないようにしよう、と加奈子は思った。だからこそ普通に接したし、一緒に校庭で遊ぶこともあった。だが、貧困はどこか別の世界の出来事のように思えていた。加奈子と彼の間には、見えないボーダーが明らかに引かれていた。
 多分、そうなるのだろう。加奈子は、自分と有紀子の間にも、このような消えないボーダーが引かれてしまうのだろう、と嘆いた。声は出さない。だが、後悔の念を思い出す度、繰り返し顔を歪めて泣いた。

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