愛するということ

緒方宗谷

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9.資料館 

4.尊重しあうこと

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 里美は、ひいちゃんとの最後の旅行を思い返していた。あれから1年以上が経つ。結局福島旅行が最後となって、沖縄には行けずじまいだ。
 当時は、あまりにショッキングな戦争の現実を知って、意識的に思い出さないようにしていた。当然だ。思春期の多感な年ごろに、平然と人が殺される世界を垣間見たのだから。
 子供と大人の狭間で心が不安定だったから、虐殺の被害者に起こった悲劇がまるで自分に降りかかったかのようにも感じられた。夢にまで見るほど怖かった。
 そのせいだろうか、陸に会うまで、あの旅行の記憶は、会津のホテルに行ってからのことしか覚えていなかった。超豪華ホテルで、ひいちゃんと露天風呂に入って、高級懐石料理に舌鼓をうった思い出だ。
 陸と話していると、自分が目指していた社会性(というか対人関係)が少し間違っているように思える。
 里美から見て陸は、他人との差異を気にしている様子は無かった。自分もアメリカで培った多様性を信じているが、独立独歩で自己主張せよ、と言う自己暗示にかかっていたように感じる。結果として、少し排他的になっていたかもしれない。
 陸も、戦争のことはほとんど知らない。漠然と日本が悪かった、と思っている。里美もそうだが、何が悪かったのかは知らない。
「もし、好きな人ができて意見が合わなかったら、やっぱり別れる?」里美は陸に訊いてみた。
「限度はあると思うけど、なんとか2人で何かを考えるかな? でも、こちらの方が折れちゃうかも」
「何かって何?」
「お互いにたくさん意見を出し合って、他の解決方法を考えるとか。
 変な例えだけど、赤いカーテンを買うか青いカーテンを買うか争っていたら、緑を考えてみるとか、リバーシブルにするとか」
 子供みたいな意見だと、里美は思った。
「どうしても赤がいいって言ったら、どうする? 彼女は赤しか認めないの。私だったら譲らないかも、絶対に赤にしたい」
「論理的な理由があるのなら折れるし、家具に合わないと思えば別の赤を提案してみる。そしたら、また楽しいかも」
「どうして?」
「出かける楽しみができるじゃん。カーテン探しの旅に出て、一緒に食事して帰ってくる」
 そういう考えもあるのか。里美は少し感心した。仲を壊しかねない事態も、視点を変えれば楽しいデートの理由になり得る。
 何かに気が付いたように陸が笑う。
「買いもしないのに家具展示場に行ったり、戸建てや分譲の見学デートもいいかも。主目的はご飯だけど」
 戸建てののぼりを見つけて指を指し、そう陸が言う。
 思わず里美は吹き出した。
「冷やかしじゃん」
 2人してゲラゲラ笑った。何でもないことだったけれど妙におかしい。今までにない考えに触れたからだろうか、少しムズかゆい感じがする、と里美は思った。
「じゃあ、オシャレなホテルに泊まる旅行でもいいね」
 里美が見上げると、陸が微笑みを返す。
「ホテルでのんびり過ごすの? 備品体験。優雅だなぁ、観光せずにのんびりするなんて、ヨーロッパのセレブみたいだな」
 陸は、なんの気なしにそう答える。でも里美は、意味を込めていた。陸となら上下関係を作らずに一緒に過ごせる、と思った。

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