愛するということ

緒方宗谷

文字の大きさ
上 下
32 / 192
9.資料館 

3.当時の日本

しおりを挟む
「日本もおんなじようなものだったよ」
 ひいちゃんが静かにゆっくりと、言葉を噛みしめるように語り始めた。
「鬼畜英米って言ってね。イギリス人やアメリカ人を、誰も人間だなんて思っちゃいなかった、鬼や悪魔だと思っていてね。米兵に生きて捕まろうものなら、犯されて食べられてしまう、と本気で思っていたよ。
 現にそれを恐れて投降を拒否して崖から飛び降りたり、手りゅう弾の周り集まって自爆したりしたんだから」
 里美には信じられない話だ。東京が爆撃されたことは知っているし、広島長崎の原爆も知っている。無差別爆撃を受けたという一点においては、被害者である、と思っていた。人種差別の被害者だと。
 ひいちゃんの話を聞く限りは、戦中の日本人もそこそこの差別意識を有していたようだ。
 当時、祖国独立や革命のために、大陸から多くの留学生が日本にやって来ていた。多くの日本人が心血を注いで支援したが、それとは別の多くの日本人は、それほど関心を示していない。中には、中国も東南アジアもゆくゆくは日本領になる、と言っていた者もいた、とひいちゃんは言う。
「関東大震災の時は、日本に住む外国人が井戸に毒を入れたってデマも飛び交って、外国人が襲われる事件もあったよ。
 幸い、善良なお巡りさんが、一升瓶だか桶いっぱいだかの井戸水を飲んで、外国人の無実を晴らしたけれどね」
「日本はナチスみたいなことしたの?」
 恐る恐る訊く里美に、ひいちゃんは笑って言った。
「そんなひどいことはしていないよ、私達を信じておくれ」
「じゃあ、アメリカで言われたことは嘘なのよね?」
「そうだね、さっちゃんから聞く限りでは、とても誇張されているように聞こえるし、中には悪意のある嘘もあるだろうね。
 でも、全く何もなかったわけではないよ、そういう人達の言葉の大もとには、何か種になった真実があるもんさ。事実、日本が植民地を持ったのは間違いないからね」
「うん」
「だから、確かに不愉快かもしれないけれど、売り言葉に買い言葉では何も解決しない。
 そのまま受け入れるわけにはいかないし、何も言わないのもいけないけれど、ケンカ腰の相手に合わせていたら悪口の言い合いになるだけ。それじゃあ、結局戦争の種になるだけだよ」
 里美は、将来英語が活かせる仕事につきたい、と思っていた。外国に行くのは嫌なので、日本で、と思っている。海外赴任となれば、またヘイトの対象になる、と思ったからだ。日本国内にいれば、自分はヘイトの対象にならない。
 だけれども、全くの無知ではいけない、と里美は思った。悪いところは悪いと認めるべきだけれども、間違っているところは間違っている、と言わなければならない。ひいちゃんの為にも。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

【完結済】ラーレの初恋

こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた! 死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし! けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──? 転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。 他サイトにも掲載しております。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

処理中です...