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氷龍の一振りは想像以上に街を破壊していた。
大通りを駆け抜ける五人の視界には、崩れた建物、そこら中に散乱した露店の食物、がれきの側でうずくまる人々。絶望の残骸がそこらかしこに散らばっていた。この状況を一言で表すならば、地獄であろう。
打ちひしがれた人々はたとえ外傷のない者でも、その場から一歩たりとも動こうとしない。いや、正確には動けないのだ。上空からひしひしと浴びせられる殺気のオーラに、体は硬直を余儀なくされている。
そんな中、足を動かせているハルトたちは彼らからすれば、完全に異質であろう。ハルトたちはともかく、シェリーがぎこちなくではあるが、しっかりとした足取りで前にすすめているのは、やはり彼女の決意と過去の経験が大きい。
「……酷いな。前回よりもだいぶ被害が出ているっぽい」
「これでまだ一振りだなんて、考えられない」
「でも、今回は他の魔物がいないだけ、この後の心配はしなくてよさそうだね」
ハルトは横を走るユキオが仕切りに右腕を確認していることに気が付いていた。その右手首には黄色のミサンガが付けられている。ぼんやりと光を放ち、一定の間隔で発光している。
「彼女さん、大丈夫そうか?」
ユキオは少し驚いたようにハルトを見た。
「それ、二つセットの魔道具だろ? リンクしたミサンガの着用者の身に危険が迫ると徐々に赤くなるやつ」
「バレてたか……。うん、大丈夫だよ。それに、今回は本当に真っ赤にならない限り、僕はハルトたちと戦うよ。前回みたいに、後悔はしたくないからさ……」
「ユキオ君……。それは違う。誰だって、大事な人が目の前に居たら、優劣をつけて護る人を選ぶんじゃなくて、絶対に目の前の人を護るはずだから。少なくとも、前回のユキオ君の行動は間違ってないよ」
「そうだぞ。まあ、でも今回に限っては氷龍を俺たちが何とかすれば、彼女さんの身に危険が及ぶ可能性もなくなるわけだしな」
ユキオはミサンガから目を離した。
「うん。そうだね!」
ハルトとユキオは笑みを交わす。
どうしてだろうか。降り注ぐ殺気に一瞬でも気を抜いてしまえば、立ち上がれないほどの絶望を浴びることになるのに、今のハルトの心の内には恐怖という感情は微塵もなかった。
「――見てください!」
シェリーが指を街の上空に掲げた。つられて目を向けると、そこには災厄の正体がちょうどその頭角を現したところであった。
灰鼠色の天から姿を現した氷龍は、ぼんやりと光る群青色の鱗に身を包み、その周りを白い冷気が帯びている。曇りなき水晶玉のような青碧の瞳には、青い炎がゆらりと灯って、街を見下ろす。うどの大木のごとく巨大で強靭な四肢には鋭利な鉤爪が鈍い光を放っている。四肢の側面から生えた氷柱の周りを薄青い光球が廻っていた。
「あれが、龍……」
シェリーが思わず足を止めて呟く。ハルトは見蕩れるシェリーの手を引きながら、上空のそいつを眺めた。
やっぱり、何度見てもかっこいい。男のロマンが詰まったその身体を眺めているだけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。
しかし、奴はハルトたちにとっては災厄の存在であり、紛れもない外敵だ。
ハルトたちが南門を飛び出すのと、氷龍が地に四肢を降ろすのはほぼ同時であった。しかし、どうやら二者よりも早くに到着していた先客がいたようだ。
「……遅いぞ」
「重役出勤は許さねぇぞ! 俺たちの方が先輩だかんな、後輩!」
「そうねえ、あたしのことを姉さんって呼ぶってことで許してあげるさねぇ」
「ちょ、ちょっと! 皆さん、危機感足りてないです。いや、何でもないです。すみません」
掛け合いという言葉が全く見つからない四人の先輩たちは、既に武器を抜き取り、先陣を刈り取っていた。
「ライズさん!」
紺色の髪の先輩は一瞬だけ、視線をハルトに寄せた。まるで、早く準備をしろと言わんばかりの視線だ。
「おいゴラァ! ヤヒロ様のこともしっかり敬え! なぁんでライズだけ呼ぶんだよ!」
赤い髪のつり目の先輩が、肩に背負った大剣をハルトにびしっと向けた。
「あ、いや……ご無沙汰してます。ヤヒロさん、それにコマチさんとイアンさんも」
コマチは視線を氷龍から離さずに笑った。
「ハルト君。このアホのことは真に受けなくて大丈夫さね」
「あぁ、どうしてまたそうやって喧嘩になりそうなことを――。あ、どうもお久しぶりです。すみません」
「おいぃぃ! コマチッ! 何言ってんだ、そのでっけぇ乳ぶった斬んぞ!」
「――来るぞ!」
ライズが言い切るよりも早く、その場の全員がそれぞれ左右に飛びのいた。それまで冗談をかましていたヤヒロたちも、一瞬で別人のように豹変し、前方からすさまじい勢いで迫りくる氷柱を避ける。
街に降り注いだ氷柱の数倍もある大きさの氷柱は、地面を深くえぐりながら勢いを殺すことなく、外壁に衝突し、岩壁を一メートルほど凍り付かせた。
「うひゃー。これで前足を振っただけとか、ちびりそうだぜ」
「無駄口叩く時間は終わりだ。急いで陣形を整えろ。ハルトたちは右横に陣取れ。俺たちは左横だ」
ライズがガンガンと盾を剣で殴り、氷龍を挑発する。そのまま、重量ある甲冑を着ているとは思えないほど素早く、軽やかに左側へと展開していく。その横をヤヒロが大剣をぐるんぐるん振り回してついていく。後方にはイアンが杖を両手で抱えて走り、さらにその後ろをコマチが銀弓を射ながら付く。
一拍遅れて、ハルトも四人に声をかける。
「陣形はいつも通りだ。シェリーは中衛で臨機応変に動いて!」
「「「「了解!」」」」
ハルトとユキオが斜め右前方に走り出し、その後ろをシェリーがつけた。後方にはモミジとマナツが控える。
左右を取り囲むように二組が動き、氷龍は街から視線をそらす。その標的は盾をガンガンと打ち鳴らしていたライズとヤヒロだ。しかし、何を思ったのか、氷龍はすぐさま顔を街の方へと戻し、右足を勢いよく地面に叩きつけた。
その瞬間、地面は広範囲に亀裂が走り、巨大な氷柱の衝撃波が街へと一直線に向かった。あくまでも、狙いは街ということだろうか。
地面を滑って突き進む衝撃波が、先ほど氷柱が凍り付かせた外壁に衝突しかけた瞬間、紫色の半透明な壁に阻まれ、激しい衝突音を響かせながら消滅した。
「それでは、ワシら二人は正面を担当しよう」
ハルトが目を向けると、衝撃波によってまき散らされた白い煙の中から二人の人物が現れた。
黒紫のローブと大きな魔女帽子を身に着け、手に安っぽい樫の杖を持った老人と、その傍らを歩く女性の騎士の姿だ。
「ギルドマスターに、ゼシュさん!?」
シェリーは驚きの声を漏らした。
しかし、ハルトは早かれ遅かれ、この二人が姿を現すことは十分に予想していた。そのため、特に驚きはしないものの、なんだかめちゃくちゃカッコいい登場の仕方だ。
この場にイルコスタの誇る最高戦力が揃った。いや、もしかすると人間界の中でもトップクラスの冒険者たちが列を並べた。
氷龍はようやく目の前の小さな戦士たちを敵だと認識したようだ。じろりとその燃える瞳で取り囲む冒険者たちを睨みつける。
そして、軽く下げた首を天高く伸ばして、口を大きく開いた。
「ゴォォォォォォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッッッッ!」
大気を震わせる咆哮が、死地の始まりをもたらした。
大通りを駆け抜ける五人の視界には、崩れた建物、そこら中に散乱した露店の食物、がれきの側でうずくまる人々。絶望の残骸がそこらかしこに散らばっていた。この状況を一言で表すならば、地獄であろう。
打ちひしがれた人々はたとえ外傷のない者でも、その場から一歩たりとも動こうとしない。いや、正確には動けないのだ。上空からひしひしと浴びせられる殺気のオーラに、体は硬直を余儀なくされている。
そんな中、足を動かせているハルトたちは彼らからすれば、完全に異質であろう。ハルトたちはともかく、シェリーがぎこちなくではあるが、しっかりとした足取りで前にすすめているのは、やはり彼女の決意と過去の経験が大きい。
「……酷いな。前回よりもだいぶ被害が出ているっぽい」
「これでまだ一振りだなんて、考えられない」
「でも、今回は他の魔物がいないだけ、この後の心配はしなくてよさそうだね」
ハルトは横を走るユキオが仕切りに右腕を確認していることに気が付いていた。その右手首には黄色のミサンガが付けられている。ぼんやりと光を放ち、一定の間隔で発光している。
「彼女さん、大丈夫そうか?」
ユキオは少し驚いたようにハルトを見た。
「それ、二つセットの魔道具だろ? リンクしたミサンガの着用者の身に危険が迫ると徐々に赤くなるやつ」
「バレてたか……。うん、大丈夫だよ。それに、今回は本当に真っ赤にならない限り、僕はハルトたちと戦うよ。前回みたいに、後悔はしたくないからさ……」
「ユキオ君……。それは違う。誰だって、大事な人が目の前に居たら、優劣をつけて護る人を選ぶんじゃなくて、絶対に目の前の人を護るはずだから。少なくとも、前回のユキオ君の行動は間違ってないよ」
「そうだぞ。まあ、でも今回に限っては氷龍を俺たちが何とかすれば、彼女さんの身に危険が及ぶ可能性もなくなるわけだしな」
ユキオはミサンガから目を離した。
「うん。そうだね!」
ハルトとユキオは笑みを交わす。
どうしてだろうか。降り注ぐ殺気に一瞬でも気を抜いてしまえば、立ち上がれないほどの絶望を浴びることになるのに、今のハルトの心の内には恐怖という感情は微塵もなかった。
「――見てください!」
シェリーが指を街の上空に掲げた。つられて目を向けると、そこには災厄の正体がちょうどその頭角を現したところであった。
灰鼠色の天から姿を現した氷龍は、ぼんやりと光る群青色の鱗に身を包み、その周りを白い冷気が帯びている。曇りなき水晶玉のような青碧の瞳には、青い炎がゆらりと灯って、街を見下ろす。うどの大木のごとく巨大で強靭な四肢には鋭利な鉤爪が鈍い光を放っている。四肢の側面から生えた氷柱の周りを薄青い光球が廻っていた。
「あれが、龍……」
シェリーが思わず足を止めて呟く。ハルトは見蕩れるシェリーの手を引きながら、上空のそいつを眺めた。
やっぱり、何度見てもかっこいい。男のロマンが詰まったその身体を眺めているだけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。
しかし、奴はハルトたちにとっては災厄の存在であり、紛れもない外敵だ。
ハルトたちが南門を飛び出すのと、氷龍が地に四肢を降ろすのはほぼ同時であった。しかし、どうやら二者よりも早くに到着していた先客がいたようだ。
「……遅いぞ」
「重役出勤は許さねぇぞ! 俺たちの方が先輩だかんな、後輩!」
「そうねえ、あたしのことを姉さんって呼ぶってことで許してあげるさねぇ」
「ちょ、ちょっと! 皆さん、危機感足りてないです。いや、何でもないです。すみません」
掛け合いという言葉が全く見つからない四人の先輩たちは、既に武器を抜き取り、先陣を刈り取っていた。
「ライズさん!」
紺色の髪の先輩は一瞬だけ、視線をハルトに寄せた。まるで、早く準備をしろと言わんばかりの視線だ。
「おいゴラァ! ヤヒロ様のこともしっかり敬え! なぁんでライズだけ呼ぶんだよ!」
赤い髪のつり目の先輩が、肩に背負った大剣をハルトにびしっと向けた。
「あ、いや……ご無沙汰してます。ヤヒロさん、それにコマチさんとイアンさんも」
コマチは視線を氷龍から離さずに笑った。
「ハルト君。このアホのことは真に受けなくて大丈夫さね」
「あぁ、どうしてまたそうやって喧嘩になりそうなことを――。あ、どうもお久しぶりです。すみません」
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街に降り注いだ氷柱の数倍もある大きさの氷柱は、地面を深くえぐりながら勢いを殺すことなく、外壁に衝突し、岩壁を一メートルほど凍り付かせた。
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ライズがガンガンと盾を剣で殴り、氷龍を挑発する。そのまま、重量ある甲冑を着ているとは思えないほど素早く、軽やかに左側へと展開していく。その横をヤヒロが大剣をぐるんぐるん振り回してついていく。後方にはイアンが杖を両手で抱えて走り、さらにその後ろをコマチが銀弓を射ながら付く。
一拍遅れて、ハルトも四人に声をかける。
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「「「「了解!」」」」
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その瞬間、地面は広範囲に亀裂が走り、巨大な氷柱の衝撃波が街へと一直線に向かった。あくまでも、狙いは街ということだろうか。
地面を滑って突き進む衝撃波が、先ほど氷柱が凍り付かせた外壁に衝突しかけた瞬間、紫色の半透明な壁に阻まれ、激しい衝突音を響かせながら消滅した。
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シェリーは驚きの声を漏らした。
しかし、ハルトは早かれ遅かれ、この二人が姿を現すことは十分に予想していた。そのため、特に驚きはしないものの、なんだかめちゃくちゃカッコいい登場の仕方だ。
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氷龍はようやく目の前の小さな戦士たちを敵だと認識したようだ。じろりとその燃える瞳で取り囲む冒険者たちを睨みつける。
そして、軽く下げた首を天高く伸ばして、口を大きく開いた。
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