上 下
32 / 59
第1部

【28】すごいんだよ

しおりを挟む
「なるほどなぁ。そんな事情があったのか」

 後日、ユズリアから今までの事を洗いざらい聞いた。

「本当にごめんなさい……」

 目の前でしょんぼりと俯くユズリア。もう何度謝罪の言葉を受けたのか数えるのも億劫なくらいだ。

「だから気にするなって言ってるだろ? 大体、あれは俺が勝手に暴走しただけだから、ユズリアは何も悪くないんだよ」

「……でも、ロア苦しそうだった」

 ため息が漏れる。全く、ユズリアは何も分かっていない。

「俺はユズリアに感謝しているんだ」

「えっ……?」

 ようやく顔を上げたと思ったら、目が合った瞬間そらされてしまう。……嫌われたか。仕方のない話だ。助けたとはいえ、あんな姿を見られたのだから。

「父親のことを知れて良かったよ。ずっと誤解してた。それが間違いだって分かったんだ。だから、俺はユズリアにありがとうって言いたいよ」

 今でも父親のことは整理しきれていない。しかし、少なからず前のような印象ではなくなった。
 今度、墓でもつくるとしよう。せめてそれくらいはしないとな。なんせ、家族なんだから。

 さっきからチラッ、チラッと俺を盗み見るユズリア。目すらそんなに合わせたくないって言うのか……あかん、泣ける。

「と、とにかく、ローリックには逃げられたけど、もう手出しはしてこないだろ。だから、無理して俺のことを伴侶にする必要もなくなったわけだ」

 あの後、俺は彼女に止められ正気を取り戻したのも束の間、すぐに意識を失ってしまった。
 彼女も立っているのがやっとだったらしく、結局ローリックには逃げられてしまった。出来ることなら、罪を認め、償わせたかった。
 正直、悔しい。これじゃあ、誰も報われないじゃないか。

「そ、それは……」

 もごもごと口を動かすユズリア。そんなに言いづらいことなのだろうか。俺を傷つけまいとするその優しさだけで十分だ。もう結構傷だらけだけどね。

「その通り。だから、これからお兄は私と毎日一緒に寝る」

 肩にぽんとサナの手が乗る。

「いつの間に入って来たんだよ……」

「外で全部聞いてた。それよりお兄、アレ使ったの……?」

 べきっと聞こえてはいけない音が肩から鳴った。

「痛てててっ! おい、折れるだろ!」

「折れたら、セイラが治す。それか泉に放り込めば大丈夫。だから、安心して」

「出来るか! 治す前提で話すんじゃねえ! ちょっ、痛ッ! あっ、いや、すいません……二度と使いません……」

 駄目なくらい凹んでるって! これ、治癒魔法で元に戻るのか!?

「そう!」

 急に前のめりで声をあげるユズリアに少々驚いた。

「な、なに……?」

 さっきまでよそよそしかったのに、じっと真剣な眼差しで見つめてくるユズリア。

「あの魔法、もう二度と使わないで」

 悲しそうな、それでいて怒っているような、なんとも読みにくい表情だ。

「……そうだよな。分かった、もう使わないよ。サナも、心配かけたな」

 サナはふんっと鼻を鳴らす。

「心配はしてない。お兄がぶっ壊れたら、誰が私の世話をするの?」

「そう思うなら、もう少し普段から優しくしてくれよ……」

「それは無理。しつけは大事だから」

 そう言い残してサナは部屋を出て行った。
 あいつ、俺のことを犬か何かと勘違いしていないか?

 ユズリアが俺の手を強く握る。少しだけ、震えていた。悲し気な表情の彼女に罪悪感が零れた。

「本当にロアが壊れちゃうかと思ったの……。怖くて、そんなの嫌だって思ったら涙が出てきて……とにかく、あんな魔法は二度と使っちゃ駄目」

 じわっとユズリアの瞳が潤んだ。
 そうだ、泣かせてしまったんだ。また、母親の言いつけを守れなかった。
 あんな魔法に頼るしかない俺はまだまだ弱いんだ。せめて、近くの大切な存在くらい、ちゃんと護れるようにならないと。

「俺、もっと強くなるよ。ユズリアも、もちろんここの皆も全員護れるくらい」

「私もロアが二度とあの魔法を使わなくていいくらい、強くなる。もっと、ロアにすごいって思ってもらえるように頑張る!」

 ユズリアはようやく相好を崩した。
 本当、彼女は何も分かっていない。

「ユズリアはもう十分すごいよ」

「どうして? 私、今回何も出来てないよ?」

 俺は噛み締めるように首を横に振る。

「俺が戻ってこれたのはユズリアのおかげだ。あの声が、温もりが、俺をあの世界から引きずり出してくれたんだ。こんなこと、今まで一度も無かった。だから、ユズリアはすごいんだよ」

 眼前の少女の頬が桜色に染まる。潤んだ瞳が細くなり、ツーっと一筋の涙が零れ落ちた。嫣然とほほ笑むその表情に、思わず胸が強く波打つ。

「ねっ、目閉じてよ」

「どうして?」

「いいから!」

 言われた通りに目を閉じた。視界が黒く染まる。嫌いだった暗闇と沈黙が、少しだけ心地よく感じた。
 不意に頬に柔らかな感触が伝った。すぐそばで聞こえる吐息と体温が混ざり合う。
 目を開けるのと、頬から感覚が離れるのはほぼ同時だった。目の前には真っ赤になったユズリアが、照れたようにえへへっと笑う。

「私、これからは本気で落としに行くから。覚悟しといてよね!」

 そんな堂々たる宣言を受けてしまった。

「そこにいるサナちゃんも、覚悟しといてね! あなたのお兄さん、私がもらうから!」

 ドアが開き、サナがその前に立っていた。
 まだ聞き耳立ててたのかよ……。

「残念ながら、ユズリアは敵じゃない」

「そう言ってられるのも今のうちよ!」

「一番の敵はドドリー。あれは危険」

「おい、待て! どうしてドドリーの名前が出てくるんだ!?」

 ユズリアも「確かに……強敵ね」なんて言いながら頷いている。
 共通認識になっているのおかしいだろ。

 何にせよ、再びやかましい日常が戻って来た。

 大きく伸びをして、深呼吸をした。
 頭の中を漂う感情に、もう『固定』は必要なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

奪い取るより奪った後のほうが大変だけど、大丈夫なのかしら

キョウキョウ
恋愛
公爵子息のアルフレッドは、侯爵令嬢である私(エヴリーヌ)を呼び出して婚約破棄を言い渡した。 しかも、すぐに私の妹であるドゥニーズを新たな婚約者として迎え入れる。 妹は、私から婚約相手を奪い取った。 いつものように、妹のドゥニーズは姉である私の持っているものを欲しがってのことだろう。 流石に、婚約者まで奪い取ってくるとは予想外たったけれど。 そういう事情があることを、アルフレッドにちゃんと説明したい。 それなのに私の忠告を疑って、聞き流した。 彼は、後悔することになるだろう。 そして妹も、私から婚約者を奪い取った後始末に追われることになる。 2人は、大丈夫なのかしら。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない

春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。 願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。 そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。 ※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)

音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。 魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。 だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。 見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。 「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。

せっかく転生したのに得たスキルは「料理」と「空間厨房」。どちらも外れだそうですが、私は今も生きています。

リーゼロッタ
ファンタジー
享年、30歳。どこにでもいるしがないOLのミライは、学校の成績も平凡、社内成績も平凡。 そんな彼女は、予告なしに突っ込んできた車によって死亡。 そして予告なしに転生。 ついた先は、料理レベルが低すぎるルネイモンド大陸にある「光の森」。 そしてやって来た謎の獣人によってわけの分からん事を言われ、、、 赤い鳥を仲間にし、、、 冒険系ゲームの世界につきもののスキルは外れだった!? スキルが何でも料理に没頭します! 超・謎の世界観とイタリア語由来の名前・品名が特徴です。 合成語多いかも 話の単位は「食」 3月18日 投稿(一食目、二食目) 3月19日 え?なんかこっちのほうが24h.ポイントが多い、、、まあ嬉しいです!

異世界で家族と新たな生活?!〜ドラゴンの無敵執事も加わり、ニューライフを楽しみます〜

藤*鳳
ファンタジー
 楽しく親子4人で生活していたある日、交通事故にあい命を落とした...はずなんだけど...?? 神様の御好意により新たな世界で新たな人生を歩むことに!!! 冒険あり、魔法あり、魔物や獣人、エルフ、ドワーフなどの多種多様な人達がいる世界で親子4人とその親子を護り生活する世界最強のドラゴン達とのお話です。

処理中です...