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【19】襲来

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「お二方、今頃街に着いたころでありまするかねえ」

 セイラとドドリーが聖域を立って六日。もうそろそろ、冒険者ギルドのある街に着くころ合いだろう。
 ようやく訪れた平穏に身を包んで紅茶を啜る。
 う~ん、何のハーブか分からんが美味い! 味っていうか、雰囲気が美味い!
 目の前でぽふぽふと揺れる尻尾が首筋を撫でてこそばゆい。だが、それがいい!
 膝の間にすっぽりと収まるコノハは念入りに紅茶をふーっ、ふーっと冷ます。狐なのに、猫舌なのか。

「それにしても、のんびりでありまするなあ」

「ああ、至高だ……」

 陽気な天気に桃色の花びらでも飛んできそうだ。全く、ユズリアもゆっくりすればいいのに。
 なぜか分からんが、家事が楽しいらしい。貴族のお嬢様だから、物珍しく感じるのだろうか。
 せっかく久しぶりに料理でもしようと思ったのに、コノハと共に追い出されてしまった。

 まあ、いい。ご飯をつくってくれる可愛い同居人。懐っこく、愛くるしい月狐。実に結構じゃないか。

「でも、また何か起こりそうな気がするでありまするなあ」

「馬鹿言え。こんなS級指定の危険地帯にぽんぽん人が来てたまるか。今までは偶然が重なってただけだ」

 そういえば、セイラとドドリーが旅立ち際、妙なことを言っていたっけ……。

『もしかしたら、またお世話になることがあるかもしれないです』
『うむ、その時はよろしく頼むぞ、兄弟!』

 あの二人、一体何だったんだろうか。
 S級冒険者がパーティーを組んで行動することは少ない。しかし、セイラとドドリーは長年連れ添ってきたような雰囲気があった。
 しかも、おそらくあの二人は夫婦……いや、恋仲のようなものなのだろう。ドドリーからは尻に敷かれる似たオーラを感じた。誠に遺憾である。

「何にせよ、ようやくゆったり出来るんだ。う~む、やっぱりよく分からないけれど美味い!」

「美味い! でありまする」

 さて、この後はどうしようか。ユズリアがつくった昼食を食べた後は昼寝でもして、畑を見に行って、そろそろ、魚が食べたいから近くに川でも無いか探すか。
 やること、やれること、まだまだたくさんある。でも、焦らない。無理に働かない。じゃなきゃ、ただの田舎暮らしになってしまう。
 あくまでも、やりたいと思った時にやりたいことをする。これがスローライフってもんだ。
 今までは降りかかる物事の対処、生活基盤の構築でてんやわんや。だが、それもあのヘンテコな二人が去るまでの出来事。
 もう働かないぞ。今こそ、俺の夢は叶うんだ! カモォンヌッ! マイドリームライフッ!

「むっ、何やら気配が……」

 目の前の狐耳がピンっと立つ。

「だから、言っただろ? そんなに易々と来れていい場所じゃないんだよ」

「いや、しかしすごい殺気でありまするよ」

「き、気のせいだとも。そんな分かりきった面倒事なんて、もうこりご――あっ……」

 なんてこった。
 コノハが正しかった。そりゃ、彼女だってS級冒険者なんだ。気配察知を間違えるはずがない。
 いや、分かっていたけれど! だって、コノハ優秀だもん! 狩猟に料理、魔物討伐から畑の手入れまで、何だってそつなくこなすんだよ、この天才狐! 
 これでまだ十二歳だと!? 俺が十二歳の時は右も左も分からずにスープを頭から被ってたんだぞ!?
 ちきしょう……。今回もばっちり俺より先に察知しやがって……。
 俺は思わず乙女座りで涙を流してしまった。
 だって、アタイ悲しい……!

「な、何なの、この殺気!?」

 ユズリアもエプロン姿で玉杓子片手に飛び出してくる。
 肌が粟立つほどの殺気はもうすぐそこまで来ていた。
 悲しさよりも、徐々に怒りが沸いてきた。
 ティーカップを放り捨て、気配の方向にこちらから向かう。

 一体、誰なんだ! 俺のスローライフを邪魔しやがって! というか、こんなに殺気を振りまいて歩く奴がどこにいるってんだ!
 ちきしょう、そのご尊顔拝んでやろうじゃねえか! ろくでもない奴だったら、漏らすまでその場に『固定』してやるからな!
 今日の俺はいつもの優しい俺だと思うなよ!

「――ッ!?」

 気配の正体が姿を現した瞬間、俺は動きを止めた。

「なっ……!?」

 見覚えのある魔法ローブに身を包み、肩まで伸ばした黒髪。全体的に丸みを帯びたたぬき顔。俺のことをゴミでも見るかのような目つき。

「見つけた……お兄」

「ななっ、なんでここに……っ!?」

 わざわざ殺気をばら撒いて来た襲撃者は、正真正銘、俺の妹だった。

「お兄が悪い女にたぶらかされているって聞いた……」

「落ち着け、サナ。一体、何を言ってるんだ!?」

 サナはじっと俺の後ろを睨むように見ている。左右に視線が揺れ、そして、コノハに焦点を絞った。

「お兄……悪い女は一人じゃなかったの? もう一人、増えてる……」

 そこでようやく、サナの言っていることが理解できた。
 確かにユズリアが強引に住み着いた的なことを手紙の返事で書いた。しかし、なぜこんなに前代未聞レベルでぶち切れているんだ!?
 表情一つ変えずに冷たく言葉を発するサナだが、兄には分かる。駄々洩れの殺気はもちろんだが、嵌めた指輪を掻く仕草はサナの沸点がとっくに臨界点を超えている証だ。

「ち、違うぞ、サナ。コノハはそういうのじゃない。いや、ユズリアもそうじゃないんだ!」

「言い訳、しない……」

 じりじりとサナが詰め寄る。

「よく分かりませぬが、某は月狐族のコノハでする。ロア殿の所有物ということになっているでありまする」

 ちょぉおおいッ! なんで、今それを言った!? ねえ、どうして!?

「あなたがロアの妹さんなのね!? 初めまして、ユズリア・フォーストンよ。ロアの妹ってことは、もう私の妹よね!?」

 ユズリアさんまで何言ってくれてるんですか!? あなたたちにも分かりますよね、この殺気。あかんて……。ほんまにえぐいって……。

「所有物……? 私の妹……?」

 表情がぴくりとも動かないのに、どうしてだろうか。サナの背後に鬼神が見える。
 駄目だ、今日が俺の命日だ……。

「お兄……?」

「ひゃ、ひゃい!?」

 氷のようなサナの声につま先から頭まで身の気立つ。足がガクガクと笑い、冷や汗がドバドバ溢れ出た。

「手、出したの……?」

「だ、出してない! 陽光神様に誓って、手は出していない!」

「――えっ?」

 口を衝いたユズリアが照れたように頬を赤らめる。
 おい、待て待て待て! 何口走ろうとしているんだ!? 俺はまだ悲しき童貞だぞ!?

「(頭撫でて)優しくしてくれたじゃない」

「お兄……?」

「はっはっは……変な言い方するなあ!? 違う、誤解だぞ? いいか、お兄ちゃんを信じるんだ!」

「某、昨夜は(尻尾を)許可なしに弄ばれたでありまするよ」

「お、に、い……?」

 サナの指輪に嵌め込まれた宝石が輝きを放つ。同時に辺りの空気が震え出した。

「サナ、待て! 待ってくれ! 本当に違うんだ!」

 息苦しささえ覚える魔力の密に思わず二本指を立てる。
 今まで無表情を貫いていたサナが、にっこりとそれはもうとびきり可愛く微笑んだ。
 ――あっ、死んだわ……。

「問答、無用!」

 サナの姿が煌めく軌跡を残して、一瞬で眼前に迫る。

「速い!? 私と同じ魔法!?」

「いえ、あれは『天体魔法』でありまする!」

 背後から聞こえる解説に頷く暇すらなく、光球を纏った拳が光の速さで飛んでくる。

「ひぃぃいいっ……! 『固定』!」

 分かっている。無駄だということは。でも、咄嗟に出すしかないじゃん?
 俺の頬とサナの拳がぴたっとくっ付いた瞬間、サナは二本指を立てて横に切る。そして、微笑んだまま呟いた。

「――『解除』」

 うん、知って――

「たぶっれぶぁああっ!?」

 渾身の右ストレートに、口から変な呻き声を漏き散らして俺は吹き飛んだ。
 宙を滑って揺れる視界が星の軌跡を捉える。そして、背が地面に着く前にサナが真上に現れた。既に腹の先に迫る煌めく足。

「こ、こていぃぃいいっ!」

「……『解除』」

 サナが二本指を横に流す。
 ペキッという、おおよそ人体から聞こえてはいけない音と共に、泉へと蹴り落された。
 最後に覚えている感覚は泉の底に勢いよく叩きつけられる衝撃。
 混濁する意識の中で思った。
 なんか、最近こんなんばっかりだな……。
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