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第1部
【12】契約決闘
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遠くで、稲妻が快晴の空に昇った。
それを見て、急いでそちらの方角に足を切り替える。
全く、随分遠くまで行ったものだ。
急いで魔素の森へ戻ると、ユズリアが待ちくたびれたとでも言いたげに、帰りを待ってくれていた。何の問題も無く、予定通りに買い物を済ませて魔素の森へ戻ってきていたらしい。
しかし、そこにコノハの姿は無かった。
ユズリアが止めたのにも関わらず、旅の先を急ぐからとすぐに荷支度を済ませて、つい先ほど聖域を後にしてしまったらしい。きっと、俺と会いたくなかったから。いや、会っては駄目だと思ったのだろう。
だから、逃げるようにまた一人になった。
全員が敵に見える気持ちはよく分かる。しかし、同時に愚かだなとも思う。
そう、過去の俺は愚かだったのだ。
ユズリアに説明する時間も惜しかった。
こうしている今も、コノハはどんどん俺たちから遠ざかっているはずだ。
俺とユズリアはすぐさま手分けして、コノハを探しに出た。
やっぱりと言うべきか、ユズリアの方が早くにコノハを見つけたらしい。稲妻の昇った場所は、思ったよりも聖域から遠ざかっていた。
大方、『異札術』の風札で移動速度を上げていたのだろうが、そんなものじゃユズリアの『雷撃魔法』と『身体強化魔法』からは逃げられない。
「おーい、ロアー! こっちよ!」
声のする方へ行くと、ユズリアとその足元に倒れる大きな猿型魔物。そして、コノハの姿。その足は石化していた。
やっぱり、そういうことか。
「随分、急いでたみたいだな、コノハ」
問いかけにコノハは答えない。ただ、怯えたようにうつむくだけだ。
「結構、危なかったんだからね。また魔法が暴発してたみたいだし、本当におっちょこちょいね」
ユズリアの倒した魔物はB級指定。S級の資格を持つコノハなら、たとえ足が動かなくとも対処は出来るはずの魔物だ。
それなのに、危なかった? そんなわけあるか。
「……コノハ、またわざと自分の足を石化したんだな?」
コノハの肩がびくっと脈を打つ。
「え? どういうこと?」
ユズリアの困惑は当然だ。彼女はコノハの境遇を知らない。でも、俺は全て知っている。だから、この後にコノハが取りそうな行動は読めてしまった。
コノハと俺はほとんど同時に腕を振り下ろした。
ほんの少し、俺の方が早かったようだ。
ゴンッと鈍い音がする。コノハの振り下ろした拳が『固定』のかかった石を撃ち、じんわりと血が滲んだ。
「ど、どうして……」
コノハは混乱しているようだ。いくら彼女が非力だとしても、石化した物体は非常に脆い。簡単に砕けると思ったのだろう。
しかし、今のコノハの足はたとえ龍に踏みつぶされようとも、欠けることすらない。
コノハにはまだ俺の魔法を見せていなかった。だから、この状況も理解できないのだろう。なんせ、俺はただ右手を振り下ろしただけだ。分かるはずもない。
「な、何やってるのよ、コノハ!」
可哀そうなことに今一番何も分からないのはユズリアだろう。
コノハが自分の足を砕こうとした理由も、俺がまるで予知したかのように『固定』を使った理由も。
だから、あえて口に出そうと思う。
「コノハ、死ぬ気だったんだろ?」
以前、見たことがあった。庇って魔物に食い殺された仲間に自責の念を感じ、同じように魔物に食われるまで危険地帯で座り続ける冒険者の姿を。
コノハが顔を上げる。その獣のような深朱色の細い瞳孔が、俺を睨みつけた。
「……して。……どうして、死なせてくれないでありまする!」
小瓶に詰めた泉の水をコノハの足にかける。みるみるうちに石化は浄化され、元通りの血色を取り戻した。
「全部、里で聞いたからだ」
「しからば、分かるでありましょう!? 某が犯した罪が!」
罪というのは、同胞を置き去りに自分だけ逃げたことを指すのだろう。
馬鹿馬鹿しい。逃げる方が正解だというのに。
「自由に生きて何が悪いんだ。借金があるわけでもあるまい」
俺を見ろ。借金が無くなった途端、一目散に逃げてきたんだぞ。
俺は里長の伝言をコノハに伝えた。
横で聞いていたユズリアが「そうよ! 自由こそ、正義よ!」とか言っていたが、多分よく分かっていないんだろうな。言ってることは正しいけれど。
「……某は自分が許せませぬ。どうして仲間を捨て置いて、自分だけのうのうと生きていられまするか!」
「捨てたんじゃない。コノハが最初の一歩を踏み出したんだ。皆、それに気づいている」
里の隅で身を寄せていたコノハの仲間は、楽しそうに踊りこける狐を見て、密かに怒りを纏っていた。きっと、彼らは誰かに助けて貰わずとも自らを変える時が来るはずだ。一足先に勇気を出した仲間を見ているのだから。
「でも……」
コノハは納得できないようで、唇を噛み締める。
気持ちはよく分かる。理不尽に慣れると、罪悪感の境界線が低くなることは、俺も身をもって実感した。
きっと、埒が明かない問題だ。
こうしている間にも、魔物に襲われる危険もある。ユズリアさえ対処の出来ない魔物が出た時、二人を庇いながら戦うのは骨が折れる。こんなこと、ユズリアに言ったら怒られそうだけど、いつでもそういう最悪を意識するのが、S級指定の危険地での常だ。
「コノハ、俺と〝契約決闘〟をしろ」
それを見て、急いでそちらの方角に足を切り替える。
全く、随分遠くまで行ったものだ。
急いで魔素の森へ戻ると、ユズリアが待ちくたびれたとでも言いたげに、帰りを待ってくれていた。何の問題も無く、予定通りに買い物を済ませて魔素の森へ戻ってきていたらしい。
しかし、そこにコノハの姿は無かった。
ユズリアが止めたのにも関わらず、旅の先を急ぐからとすぐに荷支度を済ませて、つい先ほど聖域を後にしてしまったらしい。きっと、俺と会いたくなかったから。いや、会っては駄目だと思ったのだろう。
だから、逃げるようにまた一人になった。
全員が敵に見える気持ちはよく分かる。しかし、同時に愚かだなとも思う。
そう、過去の俺は愚かだったのだ。
ユズリアに説明する時間も惜しかった。
こうしている今も、コノハはどんどん俺たちから遠ざかっているはずだ。
俺とユズリアはすぐさま手分けして、コノハを探しに出た。
やっぱりと言うべきか、ユズリアの方が早くにコノハを見つけたらしい。稲妻の昇った場所は、思ったよりも聖域から遠ざかっていた。
大方、『異札術』の風札で移動速度を上げていたのだろうが、そんなものじゃユズリアの『雷撃魔法』と『身体強化魔法』からは逃げられない。
「おーい、ロアー! こっちよ!」
声のする方へ行くと、ユズリアとその足元に倒れる大きな猿型魔物。そして、コノハの姿。その足は石化していた。
やっぱり、そういうことか。
「随分、急いでたみたいだな、コノハ」
問いかけにコノハは答えない。ただ、怯えたようにうつむくだけだ。
「結構、危なかったんだからね。また魔法が暴発してたみたいだし、本当におっちょこちょいね」
ユズリアの倒した魔物はB級指定。S級の資格を持つコノハなら、たとえ足が動かなくとも対処は出来るはずの魔物だ。
それなのに、危なかった? そんなわけあるか。
「……コノハ、またわざと自分の足を石化したんだな?」
コノハの肩がびくっと脈を打つ。
「え? どういうこと?」
ユズリアの困惑は当然だ。彼女はコノハの境遇を知らない。でも、俺は全て知っている。だから、この後にコノハが取りそうな行動は読めてしまった。
コノハと俺はほとんど同時に腕を振り下ろした。
ほんの少し、俺の方が早かったようだ。
ゴンッと鈍い音がする。コノハの振り下ろした拳が『固定』のかかった石を撃ち、じんわりと血が滲んだ。
「ど、どうして……」
コノハは混乱しているようだ。いくら彼女が非力だとしても、石化した物体は非常に脆い。簡単に砕けると思ったのだろう。
しかし、今のコノハの足はたとえ龍に踏みつぶされようとも、欠けることすらない。
コノハにはまだ俺の魔法を見せていなかった。だから、この状況も理解できないのだろう。なんせ、俺はただ右手を振り下ろしただけだ。分かるはずもない。
「な、何やってるのよ、コノハ!」
可哀そうなことに今一番何も分からないのはユズリアだろう。
コノハが自分の足を砕こうとした理由も、俺がまるで予知したかのように『固定』を使った理由も。
だから、あえて口に出そうと思う。
「コノハ、死ぬ気だったんだろ?」
以前、見たことがあった。庇って魔物に食い殺された仲間に自責の念を感じ、同じように魔物に食われるまで危険地帯で座り続ける冒険者の姿を。
コノハが顔を上げる。その獣のような深朱色の細い瞳孔が、俺を睨みつけた。
「……して。……どうして、死なせてくれないでありまする!」
小瓶に詰めた泉の水をコノハの足にかける。みるみるうちに石化は浄化され、元通りの血色を取り戻した。
「全部、里で聞いたからだ」
「しからば、分かるでありましょう!? 某が犯した罪が!」
罪というのは、同胞を置き去りに自分だけ逃げたことを指すのだろう。
馬鹿馬鹿しい。逃げる方が正解だというのに。
「自由に生きて何が悪いんだ。借金があるわけでもあるまい」
俺を見ろ。借金が無くなった途端、一目散に逃げてきたんだぞ。
俺は里長の伝言をコノハに伝えた。
横で聞いていたユズリアが「そうよ! 自由こそ、正義よ!」とか言っていたが、多分よく分かっていないんだろうな。言ってることは正しいけれど。
「……某は自分が許せませぬ。どうして仲間を捨て置いて、自分だけのうのうと生きていられまするか!」
「捨てたんじゃない。コノハが最初の一歩を踏み出したんだ。皆、それに気づいている」
里の隅で身を寄せていたコノハの仲間は、楽しそうに踊りこける狐を見て、密かに怒りを纏っていた。きっと、彼らは誰かに助けて貰わずとも自らを変える時が来るはずだ。一足先に勇気を出した仲間を見ているのだから。
「でも……」
コノハは納得できないようで、唇を噛み締める。
気持ちはよく分かる。理不尽に慣れると、罪悪感の境界線が低くなることは、俺も身をもって実感した。
きっと、埒が明かない問題だ。
こうしている間にも、魔物に襲われる危険もある。ユズリアさえ対処の出来ない魔物が出た時、二人を庇いながら戦うのは骨が折れる。こんなこと、ユズリアに言ったら怒られそうだけど、いつでもそういう最悪を意識するのが、S級指定の危険地での常だ。
「コノハ、俺と〝契約決闘〟をしろ」
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