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第二部
10.あなたは わたし
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《さみしいんでしょう?》
黒い手が、わたしの影の中からにょきっと生えてくる。
《ひとりぼっちは さみしい》
おいでおいでと手招きするように、手を振っている。
《ひとりぼっちは、こわい》
蠢くように影は集まってきて、塊になる。ただ、上手く形を保つことができないようで、裾の方からずるずると、崩れていく。かろうじて小さな丘のように盛り上がった黒い影が、わたしに向かって這ってきた。
《ひとつになればこわくないよ ずっといっしょだよ》
伸ばされた黒い手とわたしの手のひらが触れる。ぴちゃりとした、不思議な感触がした。
《さあ あなたはだあれ? わたしはだあれ?》
この問いに応えてはいけない。本能的に頭ではわかっているのに、口から言葉が出てくるのを止められなかった。
「わたしは、ルイーゼ」
影が大きく口を開けて、わたしを飲み込んだ。頭の上からブランケットを被って、その中にいるような。外の気配が、遠くなる。一枚幕を隔てた先の出来事。
《わたしは、るイーぜ》
水に揺蕩っている気分だった。熱さも冷たさもない、体温に似たぬるま湯。ぷかぷかと漂っている。
《なまえ をもらった》
このまま、この水に溶けていけるような気がする。目を閉じたら、何も見えなくなったけれど、少しも怖くはなかった。そのままゆっくりと体が沈んでいく。自分と世界の境目が、紅茶に入れた砂糖のように溶けていった。手が、腕が、足が、まあるい泡になって、浮かんでいく。
《あなたは わたし》
やさしい夢が見られる気がした。痛みも涙も淫乱さの欠片もない、やさしい夢。ずっとその夢の中にいたい。夢の中なら幸せになれる。
―――おい、王女様。目を覚ませ!
ブランケットの向こう側、遠くから誰かの声がした。王女様って誰だろう。どこの国にも王女様はいるものだわ。
―――目を開けるんだ! 取り込まれたらもう戻れなくなる!!
遠くの声は大きくなる。必死で誰かを呼んでいるようだった。戻れなくてもいい。これからはもう一人じゃない。一緒にいられる。
ただ、こんな悲痛な声で誰かに呼んでもらえる人は幸せだろうと思った。
―――ああ、もう。くそっ。
何も見えないのに、この声の主が前髪を掻き上げたのだろうなとわかった。どうしてかはわからないけど。
そんな風にしたら、せっかくのきれいな髪がまたぼさぼさになってしまう。何度も、そうするのを目にしていた気がする。
青い目が、こっちを、見た。
―――ルイーゼ。
もう二度と呼ばれないかと思っていたのに。
―――迎えに来たよ、ルイーゼ。
その凛とした声は、まるで壮大な詩の一篇でも読み上げるように、わたしの名を呼んだ。
黒い手が、わたしの影の中からにょきっと生えてくる。
《ひとりぼっちは さみしい》
おいでおいでと手招きするように、手を振っている。
《ひとりぼっちは、こわい》
蠢くように影は集まってきて、塊になる。ただ、上手く形を保つことができないようで、裾の方からずるずると、崩れていく。かろうじて小さな丘のように盛り上がった黒い影が、わたしに向かって這ってきた。
《ひとつになればこわくないよ ずっといっしょだよ》
伸ばされた黒い手とわたしの手のひらが触れる。ぴちゃりとした、不思議な感触がした。
《さあ あなたはだあれ? わたしはだあれ?》
この問いに応えてはいけない。本能的に頭ではわかっているのに、口から言葉が出てくるのを止められなかった。
「わたしは、ルイーゼ」
影が大きく口を開けて、わたしを飲み込んだ。頭の上からブランケットを被って、その中にいるような。外の気配が、遠くなる。一枚幕を隔てた先の出来事。
《わたしは、るイーぜ》
水に揺蕩っている気分だった。熱さも冷たさもない、体温に似たぬるま湯。ぷかぷかと漂っている。
《なまえ をもらった》
このまま、この水に溶けていけるような気がする。目を閉じたら、何も見えなくなったけれど、少しも怖くはなかった。そのままゆっくりと体が沈んでいく。自分と世界の境目が、紅茶に入れた砂糖のように溶けていった。手が、腕が、足が、まあるい泡になって、浮かんでいく。
《あなたは わたし》
やさしい夢が見られる気がした。痛みも涙も淫乱さの欠片もない、やさしい夢。ずっとその夢の中にいたい。夢の中なら幸せになれる。
―――おい、王女様。目を覚ませ!
ブランケットの向こう側、遠くから誰かの声がした。王女様って誰だろう。どこの国にも王女様はいるものだわ。
―――目を開けるんだ! 取り込まれたらもう戻れなくなる!!
遠くの声は大きくなる。必死で誰かを呼んでいるようだった。戻れなくてもいい。これからはもう一人じゃない。一緒にいられる。
ただ、こんな悲痛な声で誰かに呼んでもらえる人は幸せだろうと思った。
―――ああ、もう。くそっ。
何も見えないのに、この声の主が前髪を掻き上げたのだろうなとわかった。どうしてかはわからないけど。
そんな風にしたら、せっかくのきれいな髪がまたぼさぼさになってしまう。何度も、そうするのを目にしていた気がする。
青い目が、こっちを、見た。
―――ルイーゼ。
もう二度と呼ばれないかと思っていたのに。
―――迎えに来たよ、ルイーゼ。
その凛とした声は、まるで壮大な詩の一篇でも読み上げるように、わたしの名を呼んだ。
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