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第一部

27.物語の中の魔法使い

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 読みかけの小説を読みながらハーディを待っていた。
 貴公子たちが月の姫に用意した贈り物は全部偽物で、それを見破った姫は誰の求婚も受けない。やがて、国王までもが彼女に求婚するけれど、姫は断る。

 いつの間にか、姫は月を見上げて涙を流すようになっていた。
 聞けば、満月の夜に月に帰らないといけないという。
 満月の夜、彼女が月へ連れ去られないよう、姫が住まう城を軍勢が取り囲む。そして彼女を迎えに来た月の使者と対峙する。
 けれど、月の使者はそれらを全て押しのけ、月の姫に魔法のヴェールをふわりと被せる。すると、月の姫は地上でのことを全て忘れてしまう。

「随分と変わった本読んでるんだな」
 柔らかい声が言うので、わたしはそこで栞の代わりに銀の羽根を挟んだ。ひょいと、大きな手がわたしから本を取り上げる。

「『月の姫』? 面白い?」
 ハーディはパラパラとページを捲る。
 確かにあまり大衆向けに読まれている作品ではないのかもしれない。本を読むぐらいしかすることがないから、ヘルマン兄さまが専門書を取り寄せるのに合わせて探してもらっている。

「よく分からないかも」
 わたしはハーディに小説のあらましを話して、「月の使者は魔法使いだったのかしら」と尋ねた。

「どうだろうな」
 ハーディは何かを考えているようで、魔法のヴェールを被った月の姫が使者とともに月へ帰る挿絵のページが、ずっと開かれたままだった。

「君はどんなお話が好きなの?」
「好きなお話は……」
 沢山あるはずなのに、いざと言われるとすぐ出てこない。

「『灰かぶり』、とか?」
「へえ……」
 青い目がぱちぱちと瞬きをする。

「なによ、なにか文句でもあるの?」
 目を見張るような美しいドレス。ほかに二つとないガラスの靴。真夜中十二時までの舞踏会。
 そしてどこまでも自分を追いかけて探し出してくれる王子様。
 誰だって一度は憧れるはずだ。

「いや、案外王道なのが好きなんだなと思って。ドレス作る魔法はそこまで難しくないし」
「簡単なの?」
「本人の姿形を変えるわけじゃないんだから。服なんて何とでもなるさ」
「ハーディでもできる?」
「当然。お茶をあっためるのと同じぐらい簡単だよ」
 いつも魔法をかける時のように、ハーディは得意げに左手の人差し指を立てて振った。

 そんなに簡単だというのなら、今度一度ドレスでも着せてもらおうかしら。そしたらわたしも少しはハーディと釣り合うかもしれない。

「『白雪姫』も『美女と野獣』もすき」
 これは、王城のヘルマン兄さまの書斎で擦り切れるぐらいに読み返した。

 思えば、「灰かぶり」以外のお話の中の魔法使いはいつも意地悪だ。勝手に人を世にも恐ろしい野獣に変えてしまったり、呪ったりする。

「魔法使いってみんな意地悪なの?」
 ハーディがぱたりと本を閉じる。なんだか不服そうな顔をしている。
 長い腕がすっと伸びて、ふわりと抱き上げられた。膝の上に下ろされて、くるりと向きを変えられる。
 ハーディの腕がわたしの胸の前で交差して、後ろからぎゅっと抱きすくめられた。

「それっておれのこと言ってる? それともお話の中のこと?」
 吐息交じりの声が耳元で囁くから、少しくすぐったい。

「自覚があるなら、少しは反省した方がいいんじゃないかしら」
 顔が見られないから、わたしは少し安心していた。

「まあおれのことはともかく、野獣に変えられたからってその魔法使いを意地悪扱いするのはおかしくないか? 普通呪いを解く方法なんて教えないだろ。少なくとも、おれは呪った対象に教えたことなんかない」

 言われてみればそうだ。
「ねえ、呪いって必ず解くための方法があるの?」
「ある」
 ハーディはすんなりと言い切った。
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