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第一部

1.呪い持ちの王女

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「覗いていたのは君か」

 輝くような銀髪。
 青玉のように煌めく瞳。

 気が付けば、人影がふわりと窓枠に舞い降りていた。闇色のローブがひらりと翻る。
 まるで、お話の月の妖精みたい。

 この人は誰なんだろう。
 大きな声でコルネリアを呼べば来てくれるだろうか。

 呆気にとられて動けないわたしを見つけた彼は、窓枠から飛び降りる。その仕草さえも軽やかで、この世の人には思えなかった。

「おれはハーディ。知ってるかは知らないけど、魔術師だよ」

 そう言って彼は大仰に手を回し、まるで道化師のように優雅に一礼した。


 ***


 わたしの名前はルイーゼ=アーベントロート。このアーベントロート王国の第一王女である。そして、わたしは厄介な呪い持ちである。

 話は三代前、わたしのお祖父さま、ルーカス=アーベントロートの御世に遡る。
 お祖父さまは王位について間もない時、悪魔に呪われた。
 その名も【発情の呪い】。
 女を抱けども抱けども性的衝動が収まらなくなったお祖父さま。その男根は常に高き天を示し、そそり立っていたという。
 もちろん、わたしが生まれる前の話なので見たわけではないけれど。
 その呪いを解くために、男女年齢を問わず多くの魔術師が集められた。
 けれども、高名な魔術師が何人かかってもその呪いを解くことはできなかった。

 お祖父さまに抱かれたことのない女はもう、産声を上げたばかりの赤子と老婆だけになったかと言われるほどになった頃。
 どこからともなく、一人の金髪の魔女が現れた。
「私が必ずや王様の呪いを解いてみせましょう」
 最初は不審に思った側近たちだったけれど、もうお祖父さまに抱かせる女もいない。一晩に何度も相手をしなければいけない女達は疲れ切っていた。
 そして魔女は一夜、おじいさまとともに過ごした。
 すると、お祖父さまの発情はみるみる収まった。そそり立っていた男根もみるみる小さく……ってこれはもういいわ。たった一夜で、その魔女はお祖父さまの呪いを解いてしまったのだ。
 それがわたしのお祖母さま。今の世で聖女と呼ばれるリーゼル=アーベントロートである。

 呪いの解けたお祖父さまは堅実な治世を行い、王妃となったお祖母さまとの間に五人の男児を儲けた。その一人がわたしのお父さま。
 お父さまは王位を継ぎ、然るべき貴族の女性を王妃に迎え、三人の男児が生まれた。
 どうでもいいことだけど、お母さま―――つまり現王妃は娘の贔屓目を抜いても、とても美しい。
 お父さまはどうしても、お母さまに似た娘が欲しかったらしい。だって跡継ぎとしては三人いればもう十分だもの。
 そうして生まれたのがわたし。お父さまの念願虚しく、わたしはあまりお母さまには似ていない。ヨアヒム兄さまの方がよっぽどよく似ている。
真っ黒な髪はルーカスお祖父さま、碧の瞳はリーゼルお祖母さま譲りだと、長く仕える侍女たちは言っていた。

 体の小さなわたしは、初潮が来るのも遅かった。
 背も小さく胸も膨らまず、腰もくびれていない。ずっと子供のようなわたし。
 十五歳でやっと月のものを迎えたその時、“それ”は姿を現した。
 下腹部に浮かんだ“それ”を見た時の恐ろしさを、四年近く経った今でも昨日のことのように覚えている。
 薔薇のような棘のある蔓が三重にハートを描く紋章が、わたしの下腹部、ちょうど子宮の上あたりにあった。
 お祖母さまが生きていれば、もっと詳しいことが分かったのかもしれない。けれどお祖母さまはもう亡くなっている。

 お祖母さまの代わりに呼び寄せられた魔術師はこういった。
「姫様にはとても複雑な呪いがかかっています」
 おそらく悪魔がかけた呪いは二つあった。
 お祖父さまにかかった【発情の呪い】とこのもう一つの呪い。お祖母さまが解いたのは、【発情の呪い】だけ。
 つまり、呪いはまだ完全には解けていなかったのだ。
 その魔術師は呪いの全てを見ることはできなかった。それぐらい複雑な呪いらしい。
「大変申し上げにくいのですが……呪いの一つは、その、性行為に及んだ方の男性器を破壊するものかと思われます」
 魔術師がそう言った瞬間、その場にいた全ての男性が股間を押さえて震えあがったという。別に見ていたわけじゃないけど。

 王女に求められることは、さほど多くはないと思う。例えば王太子のそれと比べたら。
 他国の王に嫁ぎ同盟を深めるとか、国内の有力貴族の妻になりその後ろ盾を得るとか。
 男根を破壊するなどという超弩級の兵器を持った女が国外に嫁いだらどうなるか。
 花嫁との初夜で一物が爆発して死に果てる王。確実に外交問題にしかならないわ。

 わたしの呪いについては箝口令が敷かれた。けれど、国の多くの貴族はわたしの呪いのことを知っている。王族と繋がりができるといっても、跡継ぎを儲けることのできない女に用はない。
 どこにも嫁ぐことの出来ない王女。
 それがわたしだった。
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