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55.最低の泥棒

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「自覚が足りないんだよ」

 ばしっ。
 もう何度目だろう。

 十回を超えたところから、恐ろしくて数えていられなくなった。これは、いつまで続くのだろう。恐ろしい光景が、眼前で繰り広げられている。がたがたと震えがくる。

 一刻も早く終わってほしい、そう思って手を握りしめていた。

「お前は、最低の、泥棒だ」

 黒檀の杖は、シャルルの背に吸い込まれるようにして打ち付けられる。ばしっ、と強い音が響く度に、体が強張った。わたしの身には何も起きてはいないというのに。

「どうしてっ、そんな顔をして、のうのうと生きていられるんだっ。売女ばいたの子の分際でっ」

 打たれているのはシャルルだ。
 彼は悲鳴を上げることもなければ、泣き叫ぶこともしなかった。ただ、時折低く堪えた呻き声を漏らすだけだ。俯いて流れた髪がシャルルの顔を覆って、どんな顔をしているのか見えなくなる。

「お前なんて、生まれてこなければよかったのにな!!」

 一際強い一撃が振り下ろされた。
 それが最後だった。

「……っく」

 さすがにエミリアンの方にも疲れがきたのだろう。美しく整えられていた金髪は乱れ、肩で息をしている。

「これぐらいにしておいてあげようか。お前より先に、あの子が気絶しかねないからね」
 にこりと微笑んで、エミリアンは前髪をかき上げた。

「……ありがとうございました。今、お見送りを」

 一つ息を吐いて、シャルルはよろめきながらも立ち上がる。食らいつくように、紫の目はエミリアンを見つめている。

「お前の見送りはいらないよ。ロイクにでも頼むとするさ」

「はい、それでは」
 丁寧な所作でシャルルは礼をした。それを少しも意に介さず、エミリアンはアネットに顔を向けてきた。絡みつくような視線が、這いつくばるばかりの自分を捉える。

「またね、アネット」

 そう言ってくるりと杖を回したかと思うと、エミリアンは部屋を後にした。その姿が見えなくなるまで、アネットは生きた心地がしなかった。

「おい」

 叱りつけるような、強い声が飛んでくる。無残に引き裂かれたドレスを隠すように、そっと肩から上着が掛けられた。

「あの人に何をされた。怪我は?!」

 シャルルの手がこちらへ伸ばされた時、どうしてだか体が硬直した。

「答えろ、アネット。大丈夫なのかっ」

 同じ色の髪が窓から差し込んだ太陽に照らされて、ひどく恐ろしいもののように見える。怖い、と思った時にはもう、目を閉じていた。

 その手は、結局この身に触れはしなかった。

「……ごめん。大きな声を出した」
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