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29.悪魔の取引
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目が開くと天蓋付の寝台の上だった。
さて、ここはどこだろう。アネットの部屋の寝台も上等だが、天蓋までは付いていない。
顔を横に向けたところで、
「へっ」
視界に金色の光が見えた。
「起きたのか」
シャルルが寝台のすぐそばの椅子に座っていた。アネットと、指を絡めて手を繋ぐようにして。
「なんで……?」
なぜ彼がここに居るのだろう。
起き上がろうとしたら、視界が回った。まただ。ダンスのレッスンの時に具合が悪くなったところまでは、覚えているけれど。
頬にシャルルの手の甲が当てられる。整ったその顔が険しくなる。
節くれだったその手は、いつもは熱く感じるほどなのに。今は幾分かひんやりとして気持ちいいほどだった。
「どうして、もっと早く言わなかった」
紫の目が糾弾するようにアネットを射抜く。どうしてと言われても。
「だって、また仮病って言われたら、やだったから」
ああ、そうだ。ここはシャルルの部屋だ。自分がここで寝ていたら、シャルルは一体どこで眠るのだろう。こんなところで寝ていたら、また何を言われるかたまったものではない。
「自分の部屋に、戻ります」
立ち上がるだけで眩暈がする。おぼつかない足取りで歩き出してふらついたところを、後ろから支えられた。
「おい、まだ寝ていろ」
「いやです」
「お前は私の奴隷だろう。言うことを聞け」
「悪魔の言うことなんて、信用ならないわ。放してっ」
その手を振り切って向き直る。
いつも鋭い光を湛えているその紫の瞳が、ひどく傷ついたような、悲痛な色で揺れる。どうして、そんな目をするのだろう。
一度俯いて振り切るように金髪を掻き上げたかと思うと、シャルルは言った。
「そうだな。信用とは積み重ねるものだ。私にもお前にも、今はそれはない」
そう言って、ひょいと抱き上げられた。抵抗する間もなく寝台の上に戻されたかと思うと、彼は引き出しから一つの巾着を取り出した。
「だから、悪魔は悪魔らしく、取引をしよう」
その中から現れたのは、この目の前にある髪と同じ、眩しいぐらいに輝く金貨。それを一枚、サイドボードの上に置いた。
「大人しくここで寝ていれば、お前にこの金貨をやる。それでどうだ」
本物なんてほとんど見たことがない。庶民が触れるのはせいぜい銀貨止まりだ。
「どうして、こんなこと、するんですか」
それほどの価値が自分にあるのだろうか。一体何のために。奴隷なのだからその辺に転がしておけばいいのに。
「要らないというなら、それだけのことだが」
訊ねると、シャルルはにたりと笑う。
ぶんぶんと首を横に振る。喉から手が出るほど、アネットはお金が欲しい。そして、これほどの金額を稼ぐ方法を今の自分は他に知らない。
「わかりました」
頷いて、言われるがままに横になる。肩まできっちりと毛布を掛けられた。
汗で張り付いた前髪を、そっと大きな手が払う。労わるように、頭を撫でられる。夢と現の間で、頭を撫でてくれたのが彼の手だったのだと分かった。
「食事を持って来させる。いいか、寝ていろよ」
釘を刺すように強い口調でシャルルは言う。何も口にできる気がしなかったけれど、もう返事をするのも億劫だった。
「仮病と言ったことは……悪かった」
扉に向けて歩き出した背中が、淡々と謝罪をする。彼が謝る必要なんてなかった。だって、あれは本当に仮病だったのだから。
「これからはそれを疑うことはしない。だから、具合が悪い時は早めに言ってくれ」
そう言い捨てたかと思うと、シャルルは部屋を後にした。こんな時でも彼は作法通り、とても静かに扉を閉めた。
さて、ここはどこだろう。アネットの部屋の寝台も上等だが、天蓋までは付いていない。
顔を横に向けたところで、
「へっ」
視界に金色の光が見えた。
「起きたのか」
シャルルが寝台のすぐそばの椅子に座っていた。アネットと、指を絡めて手を繋ぐようにして。
「なんで……?」
なぜ彼がここに居るのだろう。
起き上がろうとしたら、視界が回った。まただ。ダンスのレッスンの時に具合が悪くなったところまでは、覚えているけれど。
頬にシャルルの手の甲が当てられる。整ったその顔が険しくなる。
節くれだったその手は、いつもは熱く感じるほどなのに。今は幾分かひんやりとして気持ちいいほどだった。
「どうして、もっと早く言わなかった」
紫の目が糾弾するようにアネットを射抜く。どうしてと言われても。
「だって、また仮病って言われたら、やだったから」
ああ、そうだ。ここはシャルルの部屋だ。自分がここで寝ていたら、シャルルは一体どこで眠るのだろう。こんなところで寝ていたら、また何を言われるかたまったものではない。
「自分の部屋に、戻ります」
立ち上がるだけで眩暈がする。おぼつかない足取りで歩き出してふらついたところを、後ろから支えられた。
「おい、まだ寝ていろ」
「いやです」
「お前は私の奴隷だろう。言うことを聞け」
「悪魔の言うことなんて、信用ならないわ。放してっ」
その手を振り切って向き直る。
いつも鋭い光を湛えているその紫の瞳が、ひどく傷ついたような、悲痛な色で揺れる。どうして、そんな目をするのだろう。
一度俯いて振り切るように金髪を掻き上げたかと思うと、シャルルは言った。
「そうだな。信用とは積み重ねるものだ。私にもお前にも、今はそれはない」
そう言って、ひょいと抱き上げられた。抵抗する間もなく寝台の上に戻されたかと思うと、彼は引き出しから一つの巾着を取り出した。
「だから、悪魔は悪魔らしく、取引をしよう」
その中から現れたのは、この目の前にある髪と同じ、眩しいぐらいに輝く金貨。それを一枚、サイドボードの上に置いた。
「大人しくここで寝ていれば、お前にこの金貨をやる。それでどうだ」
本物なんてほとんど見たことがない。庶民が触れるのはせいぜい銀貨止まりだ。
「どうして、こんなこと、するんですか」
それほどの価値が自分にあるのだろうか。一体何のために。奴隷なのだからその辺に転がしておけばいいのに。
「要らないというなら、それだけのことだが」
訊ねると、シャルルはにたりと笑う。
ぶんぶんと首を横に振る。喉から手が出るほど、アネットはお金が欲しい。そして、これほどの金額を稼ぐ方法を今の自分は他に知らない。
「わかりました」
頷いて、言われるがままに横になる。肩まできっちりと毛布を掛けられた。
汗で張り付いた前髪を、そっと大きな手が払う。労わるように、頭を撫でられる。夢と現の間で、頭を撫でてくれたのが彼の手だったのだと分かった。
「食事を持って来させる。いいか、寝ていろよ」
釘を刺すように強い口調でシャルルは言う。何も口にできる気がしなかったけれど、もう返事をするのも億劫だった。
「仮病と言ったことは……悪かった」
扉に向けて歩き出した背中が、淡々と謝罪をする。彼が謝る必要なんてなかった。だって、あれは本当に仮病だったのだから。
「これからはそれを疑うことはしない。だから、具合が悪い時は早めに言ってくれ」
そう言い捨てたかと思うと、シャルルは部屋を後にした。こんな時でも彼は作法通り、とても静かに扉を閉めた。
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