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24.鏡越しの
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彼の前に立った時、その美しい顔にどんな色が浮かんでいるのかを見るのが怖かった。だから、ぎゅっと目を瞑って俯いた。
『やっと見られた様になったな』
『お前のような小娘でも、着るべきものを着ればそれなりには見える』
アネットが想像したありがたい悪魔のご講評は、こんな感じである。
しかしながら、何も返って来ない。言葉にできないほどひどい姿だということだろうか。
恐る恐る、目を開けた。
そこに、ただ立ち尽くしているだけの男がいた。
まるで息をするのも忘れたかのように、呆然と。見開かれた紫の目だけが万華鏡のように揺らめいて、とてもきれいだった。
「いかがです? シャルル様」
マダムの言葉に、彫像のようになった彼が呟くように返す。
「……ああ、悪くない」
「ええ、これほど赤を着こなせる方も珍しいです」
「では私は他のドレスを探して参りますね」とマダムはまた引っ込んでしまう。意図的に二人きりにされたのだと、さすがのアネットにも分かった。
「なんて顔をしているんだ」
「元々、こんな顔です」
自分の顔が整っているからといってその言い草はないだろう。ぷいっと顔を背けたら鋭い声が飛んできた。どうやら悪魔は無事魂を取り戻したらしい。
「立ち方は習っただろう。もっと背筋を伸ばせ」
こちらの部屋にも鏡はある。彼は顎をしゃくってその前に立つように示した。
「どうせ、『野良猫にも衣装だ』とか思っているんでしょう?」
「はあ?」
シャルルの眉間にぐっと皺が寄った。「僕がいつそんなことを言った」
「僕……?」
なんだか途端に少年のような物言いである。この傲岸不遜を絵に描いたような男が口にするとは思えないけれど。目が合うと、シャルルは一瞬だけ気まずそうな顔をしたがそれもきっとアネットの見間違いだろう。
仕方がないので、鏡の前に立つ。
「顔を上げろ」
いつの間にか、すぐ後ろに彼がいた。
「人の思っていることを勝手に決めつけるな。不愉快だ」
むき出しの肩に男の手が触れる。吐息が項に落ちて、真摯な声が囁いた。
「お前は、きれいだよ」
弾かれたように顔を上げたら、鏡の中のシャルルがこちらを見ていた。
「ほんとう、ですか?」
紫の瞳は焦がれるように赤みを帯びて、真っ直ぐにこの胸を貫く。その色から、目を逸らせない。
「ああ。だから堂々としていろ」
手の位置を直される。そうだ、鳩尾の少し下ぐらいで組むように、マナー講師に言われた。
すうっと息を吸う。
踵を付けて爪先を少し開く。具体的には四十五度だと教わった。そのまま、左足を少し後ろに下げる。
顎を引いて肩を下ろす。言われたように胸を張って、背筋を伸ばした。
「そうだ、それでいい」
シャルルが珍しく満足気だ。そんなふうに言われると、不思議と自分がちゃんとしたご令嬢のように見えてくる。
これが、鏡越しでよかった。本当に見つめ合っていたら、もうどうしていいか分からなかったから。
『やっと見られた様になったな』
『お前のような小娘でも、着るべきものを着ればそれなりには見える』
アネットが想像したありがたい悪魔のご講評は、こんな感じである。
しかしながら、何も返って来ない。言葉にできないほどひどい姿だということだろうか。
恐る恐る、目を開けた。
そこに、ただ立ち尽くしているだけの男がいた。
まるで息をするのも忘れたかのように、呆然と。見開かれた紫の目だけが万華鏡のように揺らめいて、とてもきれいだった。
「いかがです? シャルル様」
マダムの言葉に、彫像のようになった彼が呟くように返す。
「……ああ、悪くない」
「ええ、これほど赤を着こなせる方も珍しいです」
「では私は他のドレスを探して参りますね」とマダムはまた引っ込んでしまう。意図的に二人きりにされたのだと、さすがのアネットにも分かった。
「なんて顔をしているんだ」
「元々、こんな顔です」
自分の顔が整っているからといってその言い草はないだろう。ぷいっと顔を背けたら鋭い声が飛んできた。どうやら悪魔は無事魂を取り戻したらしい。
「立ち方は習っただろう。もっと背筋を伸ばせ」
こちらの部屋にも鏡はある。彼は顎をしゃくってその前に立つように示した。
「どうせ、『野良猫にも衣装だ』とか思っているんでしょう?」
「はあ?」
シャルルの眉間にぐっと皺が寄った。「僕がいつそんなことを言った」
「僕……?」
なんだか途端に少年のような物言いである。この傲岸不遜を絵に描いたような男が口にするとは思えないけれど。目が合うと、シャルルは一瞬だけ気まずそうな顔をしたがそれもきっとアネットの見間違いだろう。
仕方がないので、鏡の前に立つ。
「顔を上げろ」
いつの間にか、すぐ後ろに彼がいた。
「人の思っていることを勝手に決めつけるな。不愉快だ」
むき出しの肩に男の手が触れる。吐息が項に落ちて、真摯な声が囁いた。
「お前は、きれいだよ」
弾かれたように顔を上げたら、鏡の中のシャルルがこちらを見ていた。
「ほんとう、ですか?」
紫の瞳は焦がれるように赤みを帯びて、真っ直ぐにこの胸を貫く。その色から、目を逸らせない。
「ああ。だから堂々としていろ」
手の位置を直される。そうだ、鳩尾の少し下ぐらいで組むように、マナー講師に言われた。
すうっと息を吸う。
踵を付けて爪先を少し開く。具体的には四十五度だと教わった。そのまま、左足を少し後ろに下げる。
顎を引いて肩を下ろす。言われたように胸を張って、背筋を伸ばした。
「そうだ、それでいい」
シャルルが珍しく満足気だ。そんなふうに言われると、不思議と自分がちゃんとしたご令嬢のように見えてくる。
これが、鏡越しでよかった。本当に見つめ合っていたら、もうどうしていいか分からなかったから。
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