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二十一

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「……おまえが病気になれば良かったんだ」
 
 消え入りそうな声で、龍平が言った。
 
「え?」
 
「だから! おまえみてぇな何の役にも立たねぇ女、自分に保険金かけてとっとと死ぬべきなんだよ!」
 
「……っ」
 
 言葉が鋭く胸を刺す。
 私がいなくたって大和は元気に育つし、頼くんは不自由なく育てることができる。
 私が二人に何か特別なことをしてあげられるような素晴らしい人間でないことは、私自身がよく知っているから。
 
「知ってる……し……」
 
 涙を堪えながら言い返そうとした。
 けれど頼くんが後ろから耳を塞いだ。大きな手に覆われてぴったり押さえつけられたあと、ゆっくりとそれを外しながら言った。
 
「聞くな。自分に都合のいいことしか聞かなくていいんだ」
 
 彼の顔を見上げると、その手で私の髪をそっと撫でた。
 
「優月が好きなんだ」
 
「……っ!」
  
 急な告白に息を飲んだ。
 嬉しさと戸惑いで胸がいっぱいになる。
 
「……でも」
 
 彼にたくさんの愛情を注いでもらってきたことは分かっていた。
 学生のときも再会してからも、幾度となく私のことを想い気遣ってくれた。彼から私へと向けられる感情が、自分の子どもを産んでくれたことに対する単なる同情だけじゃないことも、ひしひしと伝わってきた。
 けれども、私は仕事もできないし料理や掃除も熟練者とは言えない。本当に彼の隣に立っていていいのだろうか。彼は後悔しないのだろうか。 
 
「使えなくても?」
 
「使えない人間なんていない。生まれてきた以上、必ず存在意義はある。例え龍平さんにとってそうであっても、俺にとってはなくてはならない人だ」
 
「……そうなのかな」
  
 不安が拭えない私を見て、頼くんは少しかがんで私の頬に触れる。骨ばった長い指で、幾度もさすった。
 
「大和も待っている。君を必要としている人ならちゃんといる。いなくなれなんて言葉に惑わされるんじゃない」
 
 頼くんははっきりと言い放った。
 
「俺と大和を幸せにできるのは優月しかいないんだ」 
 
 薬品ケースをベッドテーブルに置き、スーツの懐から何かのケースを取り出した。
 しなやかなベロア素材の箱から出てきたのは、葉っぱや木の実のデザインをあしらったネックレスだった。
 ちょうど真ん中にあたる部分には何らかの石がはめ込んであり、淡い赤から橙、橙から黄色、黄色から青へと滑らかに変化し、美しい朝焼けを連想させた。既製品のようだが、どこか温もりを感じられる。
 
「これは……」
  
 ペンダントトップをそっと手に取ると、頼くんははにかみながら説明してくれた。
  
「俺が依頼して作って貰ったんだ。離れ離れになって、しかも君は記憶も失ってしまって、俺もどうしていいか分からなくなった時期があったんだ。大和を通して君を見ているような気持ちにさせて欲しかったのに、俺にしか似てないし。想定外」
  
「……」
 
「だから記憶を視認化しようと、思い出を詰め込んだアクセサリーを作ったんだ。時が経ってもこの記憶が夢じゃないって分かるように。思い出せるようにって」
  
 細いシルバーのチェーンのフックを外し、彼は私の首に回した。
 私と連絡が取れないときも、私の記憶がないときも、こんなにも想ってくれていたなんて知らなかった。
 
 思っているより何倍も、私は彼に愛されているのかも。
 
 カチッと音がして再び留め具が合わさる。 
 
「ねぇ、優月。二人の物語の続きをしよう?」
 
 彼は額に軽く口付けた。
 
「……うん」
 
 私は目を細めて頷いた。
 唇に、柔らかくて温かいものが触れた。
 
 センスがなくても、器用じゃなくても、要領が悪くても、彼のそばでは許される。
 心の広い頼くんには羨望の眼差しを向けてしまう。
 彼のようになりたいと、切に思う。
 
 しかし彼にはもっと可愛い私を見てもらいたいとも思う。
 お洒落して、お菓子も焼けるようになって、喜ぶ顔がもっと見たい。思わず撫でたくなるような愛くるしい女性になって、いつまでも抱きしめてもらいたい。
 
 
 少女のように夢が膨らんで、自分で自分が恥ずかしくなった。
 どうやら私は何年経っても、貴方しか見えないみたいだ。
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