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私は、ちゃんと下着を付けていた。

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 私は、ちゃんと下着を付けていた。
 大きかったお腹は、まるで全てが元通りというようにスリムである。

「よかった、なんともなかったんだ」

 ドッと、安堵感がやってきて、私は便座に座り込んだ。
 念のために身体を確かめてみても、へんなところはひとつもない。

「そうよね、この私が、妊娠とか出産とか……絶対にありえないんだから」

 そう思ったのだけど、私の身体に一つだけ異変があった。
 私は、スーツの上を脱いで、ブラウスとブラジャーを取った。

「胸が、張ってる……」

 洗面台まで行った私は、張った胸を掴んで押してみた。
 乳首から、母乳が噴き出る。

 ビュッ!

「うそ」

 ビュルッ! ビュッ!

 ありえないと思いながらも、張った苦しい胸はどうしようもなくて、私は乳を絞り続けた。
 白い母乳は、後から後から、信じられない量出てくる。

「う、ううう……ああああっ!」

 さっきまで安堵していたのに、私は悲しくて泣き出していた。

「……私の、赤ちゃん!」

 この母乳を飲んでくれる赤ちゃんがいたはずなのだ。
 それなのに、どうしていなくなってしまったのだろう。

「私が、望まなかったから? そんなのダメって思ったから?」

 そりゃ、仕事が忙しいし、ましてや子供を作る将来を約束した彼氏なんていないし……。
 仕事が楽しいから、子供なんて絶対ありえないって思ってたけど。

「なんでこんなに、涙が出るのよ……」

 私は、その場で号泣して……。

「うううっ……。返してよ、私の赤ちゃん、返して!」

 今の会社に入社して以来始めて、私は会社を休んだ。
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