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第二章「ガンプの復讐」

第十一話:解呪の儀式

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 解呪の儀式のために広い場所が必要ということで、マッド爺さんと勇者パーティーの四人は研究室の隣の部屋に移る。

「それにしても、こいつなんとかならないのかよ!」

 女騎士ヴァルキリアは、うっとおしそうにいやらしい魔導球を叩き落とす。
 そうしても、すぐに新しい魔導球がブンブン飛び出てきて撮影を再開するのだ。

「ヴァルキリア殿。そういう真似は、儀式中にはやめていただきたい」

 魔導球を壊すなというマッド爺さん。

「どういうことだ!」と、ヴァルキリアは勢い込んで言う。
「……これを見てください」

 マッド爺さんがヴァルキリアが壊した魔道球を拾い上げる。
 すると、そこからすぐに禍々しい暗黒の瘴気が立ち上った。

 みんなの目の前で、みるみるうちに魔導球が元通りになっていく。

「これは……」
「みてわかりませぬか。この魔導球自体が呪いの一部なのです」

 エリザベート姫が言う。

「そんな! では、いくら破壊しても無駄ということなのですか」
「残念ながらそうです。いくら壊しても無限にわいてきますし、壊せば壊すほど呪いの力が強まってしまうのです」

 真っ赤な大嘘である。
 マッド爺さんの手の上で壊れた魔導球が修復されたのは、隣室からモニタリングしているガンプが修復魔法をかけたにすぎない。

 魔導球自体は呪いでもなんでもなく、そこらの魔術ショップで市販されている魔導球だ。
 それを、マッド爺さんが呪術によってそれっぽい黒い霧の魔法をかけたことで、呪いっぽく見せただけだ。

「それでわかりました。そもそも王宮が管理しているモニターをジャックするなんて、呪いの力でなければできませんよね……」

 マッド爺さんはいかにもとうなずく。
 エリザベート姫が勝手に勘違いしてくれたが、王室の配信システムをジャックして映像を送信するのは難しい魔法ではない。

 個人が勝手に国のモニターで配信をやると、法律で罰せられるのだ。
 魔導球を扱えるレベルの魔術師は限られているので、誰がやったか調べればすぐにバレてしまう。

 だから、ガンプみたいな自暴自棄になった魔法使いじゃないと誰もそんな真似をしないだけだ。
 配信システムの仕組みを知らない姫様は、なにやら凄い魔法システムだと勘違いしているフシがある。

 まあ、おそらく国の配信システムを管理している魔術師が、王族に自分たちの仕事を凄いとアピールしているせいなのだろう。
 マッド爺さんは、物々しい魔法陣を描きながら言う。

「この円の中に入ってくだされ。儀式を途中で止めれば、取り返しがつかないことになります。今が極めて難しい事態だということをおわかりいただきたい」

 マッド爺さんは強烈な呪いの瘴気を受けて、よろめいてみせる演出までやる。

「マッド師!」
「円の中から動くな! ……失礼いたしました。この身に変えても、解呪の儀式は完遂いたします。どうかそれまで、指示にしたがっていただきたい」

 こうして、撮影を容認しなければならない状況がつくられる。
 エリザベート姫が認めているのだから、苛立ちながらもヴァルキリアたちも従うしかない。

 マッド爺さんは、古文書を開いて言う。

「それではまず儀式の初めとして、この古文書通りに、勇者パーティーのみなさまにはハイレグ踊りをしてもらいます」

 古文書には、ガニ股になって小股を手で着るようにハイレグハイレグと叫ぶ女性が描かれている。

「なんだこの変態みたいな踊り! 爺さんいま作っただろ!」

 ヴァルキリアは、また激高する。
 それを聖女プリシラがなだめる。

「ヴァルキリア、呪術について私は詳しくないですが、この古文書の古さは本物です」

 魔術師であるエリザベート姫も言う。

「ヴァルキリア。わたくしも導師級マスタークラスの魔術師。偽物ならばすぐわかります」

 マッド爺さんは、本当はこんな事をやりたくないのにという顔で(内心でめっちゃ楽しみながら)、心苦しそうに黙っているだけだ。
 やけっぱちになったヴァルキリアは、「クソ!」といいながら、ガニ股のポーズを取って叫ぶ。

「ハイレグ! ハイレグ! これでいいんだろ!」

 マッド爺さんは言う。

「真剣にやってくだされ! 力の限り続けるのです! もっと腰を落として! 魂をこめて!」

 全員は、声を合わせて「ハイレグ! ハイレグ!」と鋭く手刀で切るようなポーズで、ガニ股踊りを続けた。
 下品だし踊りのたびにおっぱいは揺れるしで、物凄く無様なことになっている。

 ガンプも隣室で、手を叩きながら大爆笑している。
 この映像が、モニターによって全国民にばらまかれているのだから、勇者パーティーの威厳はもう終わったといっていい。

「ハァハァ……」

 エリザベート姫の体力が最初につきて、がくんと腰を落とした。
 頬は真っ赤に赤らみ、蒼い瞳からは涙がこぼれていた。

 このような恥辱を味わったのは、生まれて初めてなのだろう。
 勇者パーティーの三人も酷い顔をしている。

 天賦の才能を持ち、地獄のような戦場を生き抜いた英雄とは言え、まだ小娘にすぎない三人だ。
 精神攻撃には意外な脆さを見せた。

「もういいでしょう」

 凄まじい脱力感がある。
 勇者パーティーの三人ですら、心が折れて崩れ落ちたくらいに。

 ちなみに、マッド爺さんがものものしく読んでいる古文書。
 外側だけは本物だった。

 ダンジョンで見つけたほとんど何も書いてない古い本を、ガンプがそれらしく記述しているだけだ。
 四人とも、まんまとガンプの詐術に引っかかってしまっているわけだ。

 ここで、マッド爺さんは助け舟をだす。

「先程、かつて仲間だったガンプ殿の呪いといいましたな」

 みんなは一様に、ハイとうなずく。
 このような卑劣な呪いをかけるとしたら、ガンプしか思いつかない。

「もはや、恥ずかしがっている時ではありません。なにか姫様たちに落ち度があったのなら、ここで正直に全てを述べてガンプ殿に謝ろうではありませんか」

 もしここで、全国民の見ている前で真実を話して謝罪してくれたのなら。
 ガンプは許そうと思っていた。

 凄まじい努力の積み上げと、卑怯な詐術と、補助魔法によって、一時的に優位に立てたとしても所詮ガンプは卑怯者なのだ。
 自分を殺そうとしてきた相手だとわかっていても、自分が手塩にかけて育ててきた作品であるセイラたちや。

 憧れてきたエリザベート姫を殺すことはできなかった。
 それをやって、このうさが晴れると思わなかった。

 だから、ここで本当に反省して手を付いて謝ってくれたら……。
 ガンプの名誉を回復してくれたなら、許してもいい。

 本気でそう思っていた。
 しかし……。

「ガンプに謝ることなど、ありません」

 この状況でも、プライドの高いエリザベート姫は、なお立ち上がってそう言った。
 息を整えて、まだ戦う姿勢を見せている。

「私たちもない。ガンプは、自分のミスで死んだだけだ。なあみんな?」

 ガンプが大嫌いなヴァルキリアもそう言う。
 プリシラも立ち上がって、「まったくの逆恨みです」と言った。

 最後に、セイラが立ってみんなを見回していった。

「しょうがないよね」と……。

 隣室でモニタリングしているガンプもそれにうなずく。
 セイラの言う通り。無理もないか。

 すでに失点を重ねている姫様だ。
 全国民が見ている前で、ガンプを謀殺しようとしたことを認めてしまえば、その政治生命は終わりだ。

 だからこそ、その謝罪に意味があった。
 そして、最後の交渉は打ち切られたのだ。

「じゃあ、俺だって復讐でお前たちを潰してもしょうがないよなあ」

 謝罪の機会は与えた。
 それなのに、エリザベート姫が言ったのだ。

 ガンプは、死して凶悪な呪いを放つアンデッドになったのだと。
 いいぜ、だったらそうなってやるよ!

 俺に復讐の道を選ばせたのはお前らだとよく覚えておけ!
 怒りに燃えたガンプは、マッド爺さんに復讐続行の合図を送るのだった。
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