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第一章「裏切られたガンプ」

第四話:近衛騎士団の壊滅

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 戦いは情報戦だ。
 そして、必要な情報が集まれば後は何手先まで考えるかで勝負は決まる。

 最悪の形とはなるが、勇者パーティーは魔王討伐を完成させるだろう。
 他ならぬガンプが育てた天才揃いのパーティーだから。

 あいつらは、大きな目標を達成するのだ。
 その瞬間の油断を突く。

 ガンプは、一路王都へと戻った。
 そして隠れ家でアイテムを揃えて、街で必要な買い物を済ますと、そびえ立つ巨大な牙のような建物の中に入る。

 勝手知ったる、魔術師ギルドだ。
 ガンプも魔法剣士なので、一応ここのギルドメンバーではある。

 ギルドの会費は長らく滞納しているが、死んでることになってるからチャラにならないかな。
 そんなことを嘯きながら、ビルディングの中程にある薄汚れた研究室に入る。

「よお、爺さん久しぶりだな」
「おやこれは驚いた。ガンプ、足はちゃんと付いとるか?」

 もし死んで、幽霊になってたら足はない。

「幸いなことに足は無事だ。俺が生きてることは内緒にしてくれよ」
「ワシに話す相手などおらんわい」

 この白髭の爺さんの名前は、マッド・ニード。
 マッド爺さん流の言い方なら、その名を呼ぶ人間はほとんどいないのだろうが。

 マッド爺さんは、こう見えて王宮魔術師なのだ。
 なぜなら、爺さんはこの国に数人しかいない大導師級《グランドマスタークラス》だからだ。

 しかし、残念なことに専門が呪術だった。
 補助魔術師のガンプの評判が悪いことからもわかるが、このハイラント王国は騎士が中心の脳筋国家だ。

 正々堂々と戦う騎士道が尊ばれるし、魔法は閃光や炎などの花形の魔法が好まれる。
 神聖魔法や回復魔法は役に立つし、神殿勢力も強いからこれもまた尊ばれる。

 しかし、この爺さんのように普段の生活に役に立たない呪術師では冷遇されて研究費ももらえない。
 あえて冷遇される呪術を学ぼうなんて見習い魔術師もいない。

 王宮から支払われる捨扶持だけで、常に暇を持て余している。
 おかげで、爺さんはガンプのような変わり者の冒険者の良き相談相手になってくれている。

「呪術方面のことで、頼ってくる冒険者はいるんだろ」

 冒険者は時折ダンジョンで呪いのアイテムを手に入れることがある。
 呪いがかかっているアイテムは強力なアイテムにもなりうるので、その解呪は爺さんの小遣い稼ぎにはちょうどいい。

 呪術が尊ばれた古代の魔法王国に生まれていたら、マッド爺さんは筆頭王宮魔術師として巨大な研究所にいて弟子がいっぱいいたに違いない。
 しかし、このハイラント王国でマッド爺さんの活躍場所はない。

「それも、今は開店休業中じゃな」
「それはよかった。ちょっと爺さんにお願いしたい仕事があってな」

「お前さんのちょっとがちょっとであったためしがないじゃろ。今度はどんな無理難題を持ってきたんじゃ」
「なあに、呪術師の爺さんなら簡単なことさ」

 ガンプは、エッチな下着を四つ、棚の上に置く。
 布面積が少ない、レースで透け透けの卑猥な下着だ。

 青に赤に白に黄色とカラフルである。
 あと、見た目の薄さに反して、かなり丈夫な素材でもある。

 エッチな下着はかなりの高級品で、防御力も高い装備なのだ。
 まあ、守る布面積が少なすぎるけど。

「おいおい、お前さん……下着屋でも始めたのか」

 そう言いながら、エッチな下着を手で弄って鼻を伸ばしているスケベなマッド爺さん。

「これに最高難度の呪いをかけてくれ。一度着たら絶対に取れず、服も着られないやつをな」
「できんことはないが、お前さんの意図が読めない」

「俺のやりたいことは王国への復讐だよ」
「ウハハハハッ! 大きく出たな! 相変わらず面白い男じゃのお!」

 こんな下品な下着でどんな復讐をやるのかと、マッド爺さんは思わず笑いだしてしまう。
 しかし、ガンプがさらに用意したレアアイテムと、これからやろうとする話を聞いて、さすがにマッド爺さんの顔がこわばる。

「お前さん、そりゃ反逆罪になりかねんぞ」
「だから、王国への復讐って言っただろ。爺さんはどうする、嫌なら降りてもいいぜ」

 白髭をしごいて少し考えると、マッド爺さんはところどころ抜けた歯でニカッと笑って言った。

「最高にスカッとする面白い話じゃ。この老いぼれの命を賭ける甲斐はある。お前さんの復讐に乗ってやるわい」
「さすが、見上げたスケベ爺だ。やってくれると思ってたぜ」

 ずっと冷遇されてきた呪術師。
 王国に恨みを持つ者は、ガンプ一人ではなかったのだ。

     ※※※

 魔王城を攻略している勇者パーティーでは、大変な犠牲が出ていた。

「姫様、本当に大丈夫なんですか」
「まさか、魔王軍の側が反撃してくるなんて思わなかったんですよ!」

 魔王城に籠もる魔王軍の抵抗が弱まり、三階まで突破できた。
 もうすぐ魔王の玉座に到達できると報告があって女勇者セイラたちが城の中に入った瞬間に事件が起こった。

 城の外にこっそりと出て隙をうかがっていたのだろう。
 魔王軍のドラゴンライダー部隊が、後方の野外病院を襲ったのだ。

 慌てて勇者パーティーが戻ってきた時は遅かった。
 治療にあたっていた回復術師や、怪我の治療をしていた騎士たちが惨殺されていた。

 慌てて女勇者セイラや、女騎士ヴァルキリアがドラゴンライダーを倒しても後の祭りだ。

「どうしましょう。蘇生魔法も使えますけど、この数は……」

 殺された回復術師を抱き起こして、聖女プリシラは泣きそうな声で言う。
 女勇者セイラは言う。

「ごめん。非道なようだけど、今はプリシラの魔法力を蘇生に使わせるわけにはいかない」

 蘇生魔法は凄まじくマナを使うのだ。
 この場で一人、二人蘇らせて魔王を倒せなくなったら本末転倒というものだろう。

「でも、セイラ。それは……」
「私だってわかってるよ!」

 この場で、味方の死体を腐るままに放置しろってことだ。
 いや、埋葬くらいできる時間はあるかもしれないけど、どちらにしろ死者はもう王都には戻れない。

 騎士や回復術師にだって、故郷に家族もいただろう。
 一人ひとりの人生があったのだ。

 それを見捨てろと指示する汚れ役。
 師匠のガンプがいたらやってくれてたのかなと。女勇者セイラはため息をつく。

 本来ならば、現場指揮は最高権力者であるエリザベート姫がするべきなのだろうけど。
 姫様が収めたという帝王学は、こんな時に役に立たないらしい。

 あともう一つ大きな問題がある。
 野戦病院と一緒に、食糧や日用品を運んできた馬車まで燃やされていた。

「もうティーパーティーはできなさそうですね」

 女勇者セイラは、冷めた声で言う。

「今対応を考えてるから、待って……」

 血の気が引いて真っ青になった額に手を当てて、エリザベート姫は悲痛の面持ちで考え込む。

「一度戻りますか」

 後方の回復や補給ができる基地が破壊されたのだ。
 これが軍隊なら、絶対に撤退するところ。

 しかし、エリザベート姫は叫ぶ。

「ダメよ! 撤退なんて絶対にダメ!」

 これほどの被害を出して、おめおめと撤退しようものなら国民は失望する。
 もしかすると、エリザベート姫の王位継承権も剥奪されてしまうかもしれない。

 そう思ったら、絶対に引けるものではない。
 そこに、女騎士ヴァルキリアが助け舟を出した。

「姫様! 魔王城攻略はあと少しです。根性で一気に攻略してしまえばいい!」

 論理もへったくれもない根性論。
 しかし、エリザベート姫がすがるのは、もうそれしかない。

「そうね。さすがは『紅炎の槍聖』ですね。よくぞ言いました!」
「姫様こそ、さすが『閃光のエリザ』です。犠牲を出したからこそ、その犠牲を無駄にしてはいけません!」

 何のことはない、ヴァルキリアは騎士らしく正々堂々と敵に突撃したいだけなのだ。
 ヴァルキリアは最初からそれしか考えてない。

「わかりました。魔王の玉座はもう目の前です。近衛騎士団の残存勢力を結集して、一気に押し通します!」

 結局、補給だの戦術だのを語っていたエリザベート姫も、最後は力押しになってしまったのだった。
 これは、単純にエリザベートの知能が低かったからなんて理由ではない。

 エリート揃いの近衛騎士団も、誰も姫を諌めていなかったのだから。
 この失敗の原因を上げるとすれば、経験が不足していたということになる。

 用心深く後方を守る部隊を残しておけば、避けられた被害。
 しかし、全軍に指揮権を持つエリザベート姫はまだ幼いと言ってもいいくらいの十六歳だ。

 頭を机上の戦術論でいっぱいにしていても、魔王軍を甘く見て兵站破壊を仕掛けてくるなどと考えてもいなかった。
 エリート揃いのはずの近衛騎士団だって、環境の厳しい魔界での戦いに慣れてなかった。

 城攻めとは、かくも難しいのだ。
 そして、得てしてこういう空気の時に人々を動かしてしまうのは、ただただ声がでかいやつである。

 女勇者セイラは、「突撃だ! 突撃だ!」と、疲弊している近衛騎士団に向かって掛け声をかけているヴァルキリアを見て、深くため息をつく。

「ま、しかたないか」

 ここまでくれば、どっちにしろやることは変わらない。
 魔王を倒すことができると伝えられる封魔の剣ブルートハルトの柄をつかんで、女勇者セイラは覚悟を決めた。
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