麗しき女性監督「如月麗奈」

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第一章 監督一年目

第八話 「役に立ってるんだね、私…!」

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 六月二日。土曜日のこの日、麗奈は朝五時に起床し、ジャージに着替え、ジョギングを始めた。

 
 「皆、頑張ってるんだもん…。私も…!指導するにも体力が必要。そのためにも…!」


 麗奈は実際に動きを交えながら指導することを方針としている。実際にベースランニングを見せ、ノックを受けてボールを追う。

 体力がなければ、速いベースランニングを伝授することができない。ボールに追いつくことすらできない。

 それが、麗奈の考えだ。


 しばらく進むと、公園が。麗奈はスピードを抑え、公園内へ入り、ベンチへ腰掛ける。
 
 両肩にかけているタオルで顔の汗を拭うと、空を眺める。

 この日は曇り。午後から小雨が降る予報。


 「練習は正午過ぎまで。それまで降らないでほしいな…」


 天に願いを届けるように言葉を発する麗奈。同時に、散歩中の犬の鳴き声が。麗奈はその方向へ視線を向ける。


 「可愛い…!」

  
 白のチワワが飼い主を引っ張るように道を進む。飼い主は微笑みながら引っ張られるように進む。

 チワワと飼い主の姿が見えなくなると同時に、麗奈は呟く。


 「ペットが進みたいなら飼い主はついていくように歩く。部員が成長を望むなら指導者は自分が持っている知識を惜しみなく伝える」


 しばらくし、公園内のブランコを見つめる。


 「ブランコの勢いがなくなったら後ろから勢いを足せばいい。生徒がブランコに乗っている子だとしたら、私は後ろから背中を押してあげる大人。背中を押すことで、ブランコは勢いを増し、振り幅が大きくなる。でも、いつかは振り幅が小さくなる。そしたら、こちらが…」


 麗奈が目を閉じると、瞼の裏に映像が流れる。それは過去の出来事ではない。

 十数秒後に目を開け、麗奈は立ち上がる。


 「弱点があるなら一緒に改善に取り組む。そして…!」


 そう言葉を発すると、ジョギングを再開した。




 午前十時過ぎ。


 「いくよ!」

 「お願いします!」


 麗奈の声にセンターの位置でノックを受ける鈴木信明すずきのぶあきが応える。

 麗奈は鋭いスイングで白球を外野へ飛ばす。

 センターの深い位置まで信明が下がる。フェンス数十センチ手前。そこで信明の足は止まり、捕球の態勢に入る。

 
 「ナイスキャッチ!」


 麗奈の大きな声に頭を下げ、応える信明。彼が定位置へ戻ると麗奈はボールを左手で掴む。


 「『守備に自信ない』って話してたけど、そんな感じには見えないよ、信明君」


 そう呟くと、信明へ視線を向ける。


 「いくよ!」

 「お願いします!」


 白球を飛ばす麗奈。

 信明は左中間へ走る。そして、深い位置で捕球。

 信明が返球すると同時に、麗奈の耳に主将の永川俊哉ながかわとしやとマネージャーの仁美の会話が。


 「上手くなったな、信明。先月とは別人だよ」

 「本当は上手いんですよ、ノブ。でも、中学時代にエラーしたことがトラウマになって、自信失くしてたんです。その自信を今、取り戻しかけているんです。如月さんの指導で」


 
 二人の会話を聞き、麗奈は。


 「役に立ってるんだね、私…!」


 はにかむような表情でそう呟き、信明へ白球を飛ばした。

 センターの定位置よりも前で捕球の態勢に入る信明。そして、捕球。


 遠くからだが、麗奈の目に映る信明の表情には笑みがあった。

 信明が自信を完全に取り戻す日は近いのかもしれない。
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