Toward a dream 〜とあるお嬢様の挑戦〜

第一章 中学校時代

第五話 絶対あの人を超える…！

　自宅へ戻り、寝室の椅子へ腰掛ける綾乃。天井を見つめていると、外で思い出していた試合の続きの映像が流れる。


　
　ボールを奪おうと、プレッシャーをかける綾乃。しかし、ボールを持った選手は一切動じることなく、綾乃を一瞬で抜き去った。前線へのパスは繋がり、パスを受けた選手はドリブルでゴールに迫る。

　そして、右足を振り抜き、ゴールネットを揺らした。

　綾乃はゴールネットを叩くようにバウンドするボールを見つめた後、視線をある選手へ。

　その選手はチームメイトと笑顔でハイタッチをかわしていた。

　しばらくし、綾乃はその選手と目が合う。同時に、その選手は口元を緩める。


　
　「『余裕』そう言っているみたいですね…」



　綾乃はそう言葉を漏らすと同時に、目を閉じる。瞼の裏は僅かに潤んでいた。

　
　
　「こういった選手を超えないといけないんですね…」


　綾乃の声が震える。

　それからすぐ、綾乃が所属するクラブの監督が彼女に言葉を掛ける。綾乃は声を聞き、目を開ける。

　そして、目元を手の甲で拭い、走り出した。



　
　この試合、綾乃が所属するクラブは五対一と大敗を喫した。挨拶を終え、ベンチへと戻った綾乃の表情には大粒の涙が。

　数名のチームメイトが綾乃の肩に手を置き、言葉を掛ける。しかし、大きな声で悔しさをあらわにする綾乃には彼女達の声が届いていなかった。
　

　数十分後、綾乃の気持ちが落ち着き始める。その姿を見て、監督の男性はこう言葉を掛ける。


　「綾乃ちゃん。その悔しさを忘れちゃいけないよ。その悔しさは絶対、綾乃ちゃんの成長に役立つ。一人の人間として、一人の選手として。きっと、綾乃ちゃんは凄い選手になる。嘘じゃないぞ？」


　綾乃は目元を人差し指で拭う。


　「本当ですか？」


　綾乃が尋ねると、男性は。


　「本当だ！色んな選手を観てきた俺が言うんだ。間違いなく凄い選手になるぞ！」


　彼の言葉が綾乃が流しかけた涙を止める。

　それからすぐ、もう一人の男性が綾乃に声を掛ける。

　その人物は。


　「あの子を超える選手になれるように」


　力強い言葉が綾乃耳に届く。綾乃は声がする方向へ視線を向ける。

　そこに立っていたのは浩平だった。


　この試合をサッカー場を囲むネット越しに観戦していた浩平。彼の目から見ても相手チームの選手の上手さが伝わってきた。

　
　「困難に打ち勝て！」


　浩平が続けると、綾乃は力強く「はい！」と応えた。




　
　映像が終了し、綾乃は視線を正面へ。すると、机の本棚に並ぶ参考書の背表紙が目に映る。


　「絶対あの人を超える…！そのためには技術だけじゃない。知識も必要になってくる。その知識は授業の中に隠れているかもしれませんよね…」


　そう呟いた綾乃の右手は無意識に問題集へ伸びる。そして、頁を捲った。

　授業で習うことは社会に出た時に役に立つ。「こんなものどこで使うんだ？」と思ってしまう内容も。

　
　綾乃は開いた頁をしばらく眺めると、シャープペンシルを右手に持った。そして、無意識に呟く。


　「頑張りますよ…！」


　
　自身の将来のため、あの選手に勝つため。

　
　口元を緩め、小さく頷いた綾乃は問題集と睨めっこしながら、解答を記していった。