上 下
25 / 83
第二章 勝負の三年間 一年生編

第十七話 チャンスはある

しおりを挟む
 五月十七日。


 この日、綾乃達山取東高校女子サッカー部一年生部員は試合会場のスタンドにいた。

 スタンドからピッチで躍動する二、三年生部員を鼓舞する一年生部員。

 得点が決まると、自分のことのように喜び、失点すると自分のように悔しがる綾乃。

 その姿を観た一年生部員も彼女に感化されるように喜び、悔しがる。

 そして。


 ピーッ!


 ホイッスルが鳴り、試合終了。山取東高校は四対一で勝利を収め、県大会出場を決めた。

 
 応援を終え、帰宅の準備を進める一年生部員。綾乃は準備を済ませると、バッグを左手に持つ。すると、美智恵が綾乃にこう話す。


 「出たかった?」


 その問いに、綾乃は少し遅れて「はい」と答える。しかし、声と表情からは悔しさを感じさせなかった。


 「いきなりベンチに入ることができるとは思っていませんから。これが普通だと思っています。練習を積み重ねて新人戦はベンチ入りの座を掴み取りたいです」


 笑顔の綾乃。

 美智恵は綾乃の横顔を見つめ、微笑みながら頷く。

 続々と会場を出る山取東高校一年生部員の背中を見つめ、綾乃と美智恵も会場を出た。



 
 「ただ今戻りました」


 午後二時過ぎに綾乃は帰宅。晴義が綾乃を出迎える。

 
 「お食事は?」

 「いただきます」

 「食堂にご用意してございます」

 「ありがというございます」


 綾乃は一度、バッグを寝室へ置きに二階へ。そして、寝室を出て、食堂へと向かった。


 
 食堂のドアを開けると、すぐ目の前のテーブルに料理が並べられたトレーが。綾乃はその席へと腰掛け、手を合わせた。

 ご飯茶碗を持ち、箸を進める綾乃。すると、由紀子が食堂へ。

 綾乃は彼女の姿が見えると箸を置き、立ち上がる。


 「ただ今戻りました」

 「おかえりなさい。どうだったの?試合」

 「勝ちました。来月、県大会が行なわれます」

 「そう。勝てるようにしっかり応援するのよ」

 「はい」


 由紀子は食堂から出る。ドアが閉まる音を聞き、綾乃は再び席に着き、箸を持った。


 
 食事を済ませた綾乃は寝室へ入り、椅子に腰掛ける。


 「やっぱり、先輩方にはまだまだ及びません。練習あるのみです…」


 そう呟いた綾乃はバッグからスパイクを取り出し、磨き始める。汚れはみるみる消え、まるで新品のように輝く。磨いたスパイクを見つめ、小さく頷く綾乃。
 
 すると。


 「チャンスはある。新人戦の前に選手権予選がある。もしかしたら、そこでベンチに入るかもしれないぞ」


 ドア越しに浩平の声が。綾乃はドアを見つめると、立ち上がる。ドアノブを掴み、廊下へと出る。しかし、既に浩平の姿はなかった。

 
 「選手権…」


 綾乃がそう言葉を発すると同時に、部屋のドアが閉まる音が。その音と同時に、寝室に置かれたバッグへ視線を移す。


 「そういえば、新人戦の前に選手権の予選がありますもんね…」


 綾乃はゆっくりとドアを閉める。そして、視線はネットに入ったサッカーボールへ。


 「少しだけ、練習してきましょうかね…」


 綾乃は口元を緩めると、ネットを右手に持ち、外へ出た。

 厚い雲の向こうには濁った光が。綾乃はその光を見つめ、何かを誓うように目を閉じる。


 「まずは、そこに向かって…」


 小さく頷くと目を開け、軽快な足取りで近所の公園へと歩を進めていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

the She

ハヤミ
青春
思い付きの鋏と女の子たちです。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

坊主女子:友情短編集

S.H.L
青春
短編集です

処理中です...