Toward a dream 〜とあるお嬢様の挑戦〜

第二章 勝負の三年間 一年生編

第五話 「本当に『凄い』と思っていただける選手になるためにも…！」

　午後二時過ぎに綾乃は帰宅。玄関のドアを閉めると、浩平が姿を現す。


　「ただ今戻りました」


　浩平は「おう」と応え、腕を組む。


　「楽しいか？」

　「はい。楽しくプレーさせていただいております」


　綾乃は微笑みながら答える。

　浩平は我が子の目を見つめ、小さく頷く。

　
　「それならいい」


　浩平はそう言い残し、階段を上る。

　綾乃は彼が階段を上り切ったことを確認し、靴を脱ぐ。そして、階段を上り、寝室へと歩く。



　「雨の日のプレーって難しいですね…」


　綾乃はふと呟く。目に映るのは窓を泳ぐ雨粒。

　流れゆく雨粒を目で追いながら、口を真一文字に結ぶ。


　凄い選手ばかり…。私なんかまだまだ。改めてそれを思い知らされました。勿論、現在に自分に満足などしていません。もっと上手くならなければ、レギュラーどころか、ベンチにも入れません。


　心が呟くと、綾乃は全身が疼く感覚を覚える。そして、視線は無意識のうちにネットに収められたボールへ。

　しばらくし、視線は再び窓へ。上空には僅かな青空。練習中よりもその範囲は広くなっていた。


　「ちょっとだけ、練習してきましょうかね…」


　ボールが収められたネットを左手に持ち、綾乃は寝室のドアを開けた。



　近所の公園へ到着すると、人の気配はない。ほぼ貸し切り状態。しかし、綾乃は公園の隅の方へ。ネットからボールを取り出すと、右足で転がす。

　ドリブルで進み、公園の柵の手前へ。すると、体の向きを百八十度変え、再びドリブルで進む。

　柵の手前に到着すると、見覚えのある人物の姿が。その瞬間、綾乃は口元を緩める。

　その人物は。


　「綾乃お姉さん！」


　元気な少女の声。


　「こんにちは」


　笑顔で挨拶する綾乃。少女は笑顔で挨拶を返す。

　
　「綾乃お姉さんいるかなと思って来たんだ」


　少女の眩しい笑顔。すると、僅かに日が差す。


　「練習に付き合ってくれる？」


　少女のお願いに綾乃は笑顔で「はい」と応えた。


　
　公園内をボールの転がる音が。そして、少女の楽しそうな声。綾乃はそれらを聞き、微笑む。

　部活動では得られないもの。それが、この場にある。綾乃はそれをしっかり受け取っていた。



　綾乃は上手くボールを奪取。少女は一瞬だけ悔しそうな表情を浮かべると、すぐ笑顔に。


　「やっぱり凄いよ、綾乃お姉さん。もっといろいろ教えて」

　「私なんかでよければ」


　綾乃は少女の自身が持っているものを動きを交えながらレクチャー。少女は目を輝かせ、綾乃を見つめる。


　「ありがとう！」


　笑顔でお礼を伝える少女。


　「とんでもないです。私も学ばせていただいてますから。教える中で」


　それこそが、部活動では得られないものだった。


　練習を続ける二人。同時に、上空は明るさを増す。

　
　「ごめーん！」

　「いきますよー！」



　綾乃が右足でサッカーボールを転がすと同時に、一人の男性の姿が。彼は腕を組みながら威厳のある眼差しで綾乃を見つめる。やがて、優しい眼差しへと変わる。しばらくし、男性は公園の前の歩道を進む。

　綾乃は頼もしさが感じられる彼の背中を見つめながら軽く頭を下げる。


　「もっと頑張らないといけませんね…！」


　公園前の歩道へ向けられた綾乃の視線は少女へ。やさしい眼差しで少女を見つめ、何かを誓うように呟く。


　「本当に『凄い』と思っていただける選手になるためにも…！」