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第一章 中学校時代

第四話 「まずはそこから…!」

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 十二月の第二金曜日。


 「綾乃は山東か」

 「はい。勿論、サッカーだけというわけではありません」


 担任の西村淳二にしむらじゅんじと面談をする綾乃。彼女の学力だけでなく、女子サッカー部監督として、彼女のサッカーの実力を知る彼にとっては納得の志望校だった。

 西村は時折、一枚の用紙に文字を記していく。


 「山東の体育科サッカーコース。筆記試験と実技試験がある。勉強できてもサッカーの基礎ができていなければ意味がない。だが、綾乃なら大丈夫だ。俺が言うんだ。嘘じゃないぞ」


 笑顔で綾乃に言葉をかけた西村。

 綾乃は「ありがとうございます」と嬉しそうに小さく頷く。


 「お家柄、いつまでプレーを続けることができるか分からない。入学することが叶ったら、プレーできることに感謝するんだぞ?勿論、学べることにも」

 「はい」


 その後、二人はサッカーの話題に花を咲かせた。



 
 「ただいま」


 四時過ぎに帰宅した綾乃は寝室へ歩を進める。ドアを開け、自身の机へと向かう。
 

 「今日は…」


 綾乃は問題集を開き、シャープペンシルを右手に持つ。そして、問題を解き始めた。


 時計の秒針はBGMのように綾乃の筆を進めるスピードをより速める。綾乃にとっては秒針の音が解答のヒントになっていたのかもしれない。

 気付くと、三十分の間に十頁以上解き進めていた。

 解答は全て正解。


 「実際はどんな問題が出題されるんでしょうかね…」


 問題集を両手で持ち、呟いた綾乃。

 問題集で全問正解でも本番ではどうなるか分からない。その気持ちが彼女の気を更に引き締める。


 「さあ、次の問題集を…」


 綾乃は両手で持った問題集の頁を閉じ、机へと置く。そして、机の棚から新しい問題集を引き抜き、頁を開いた。


 
 翌日。


 綾乃はお屋敷を出て、あてもなく歩く。ツンと肌を突き刺すような冷気が綾乃を襲う。時折、肌を擦りながら道を進んでいく。

 しばらく進むと、公園内に一人の少女の姿が。隣にはサッカーボールを右足で収める父親と思われる男性。


 「お兄ちゃん、こうやってボールを奪ってたっけ?」

 「お兄ちゃんはな、こう…」


 男性は動きで少女に奪い方を見せる。少女は驚いた表情で男性を見る。


 「やっぱり、お兄ちゃんは凄いね」


 綾乃は少女の言葉を聞き、微笑む。

 
 「お兄さんも選手としてプレーしているんですね。どのような選手なんでしょう」


 やさしい声で尋ねるように呟く綾乃。それからすぐに、少女がボールを蹴る音が綾乃の耳に届いた。



 公園を過ぎ、今度は二人の男子高校生の姿が。綾乃が歩を進めるにつれ、二人の会話がはっきりと綾乃の耳に届く。


 「やっぱ凄いな。あいつ」

 「ああ。あれで中学まで出場機会に恵まれなかったってのが信じられないよ」


  その会話を耳にしながら彼らの横を通り過ぎる綾乃。


 「一番の難敵は山東だな」


 一人の男子高校生の言葉で綾乃は振り向く。彼らはジャージを着用していた。背中部分には「台府中央蹴球部だいふちゅうおうしゅうきゅうぶ」の文字。

 県内の公立高校、台府中央高校の男子サッカー部員だった。
 
 綾乃は学校名が記されたジャージを見つめる。

 それからすぐに、男子高校生は十字路を左へと曲がった。

 綾乃は二人の姿が見えなくなると、近くのコンビニエンスストアの入口に設置された看板を見つめる。

 すると、その看板の奥から一人の少年と少女の姿が。恋人というような関係ではないことが綾乃には分かった。どちらかといえば。


 「きょうだいみたい…」


 綾乃が呟くと、二人が彼女の横を通り過ぎる。そして、少年が着用していたジャージの背中の文字が綾乃の目に映る。

 そこには。


 「山取東高校…」


 山取東高校男子サッカー部員だった。

 二人は楽しげに言葉を交わしながら道を進む。そして、少年の声が。


 「俺はまだまだだから」


 その言葉に綾乃は自身の立ち位置を振り返る。この時、立っている位置のことではない。


 「私は今、どの位置にいるのでしょう、お父様…」


 綾乃の言葉からすぐに、再び少年の声が。


 「まだまだ皆を追いかけてる立場だから」


 二人は道を進む。

 綾乃は空を眺める。


 「私も…」


 そう言葉を吐き出すと同時に、ある試合を思い出す。時は小学校時代にさかのぼる。

 
 ボールを受けた綾乃はドリブルで進む。そして、長いパスを出そうとした。

 しかし。

 そのパスを阻み、更にはボールを奪い、攻撃を仕掛けられた。その攻撃は得点に繋がることはなかったが、綾乃の心には悔しさが広がった。


 「私はまだまだ…。まずは、あの人を超えないといけませんよね…」


 浩平に語りかけるように呟く綾乃。


 寒空の上空で輝く太陽はアスファルトに綾乃の影をより濃く映す。綾乃は自身の影へと視線を移す。


 「まずはそこから…!」


 小さく握り拳を作った綾乃は小さく頷き、冷たい風に吹かれながら道を進んでいった。
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