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第3章
03-4 お姉さまに呼び出された
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咲久耶お姉さまに呼び出されたのは、6月中旬の土曜日の午前だった。
「おれですか?」
スマホごしに確認するおれに、
「そう、おまえ」
当たり前のように答えるお姉さま。
なんだろう? ちょっと怖いな。
でも「緋水緑次期当主」からの呼び出しだから、末席とはいえ緋水緑の名をもっているおれが出向かないわけにはいかないだろう。
お義父さんに迷惑がかかったら、とんでもないからな。
待ち合わせの場所は、電車に乗って20分くらいかな? そこまで遠くない。
おれが急いで指定された場所……家の最寄り駅から二駅離れた駅前のビルに到着すると、そこで咲久耶お姉さまが仁王立ちして待ちかまえていた。
久耶お姉さまの足元には、ふたつの紙袋。
駆けよったおれに紙袋を指差したお姉さまが、
「これを運びなさい」
と命令する。
「はい? 荷物運びに呼ばれたんですか、おれ」
「そうですよ?」
それだけ? ちょっと安心した。緋水緑の本家に呼ばれて、ご老人に挨拶しろと言われたらどうしようと思っていたから。
ふたつの紙袋の中には、文庫本より大きなサイズの本が入っている。見た感じ全部同じ本で、50冊はあると思う。
一冊を手にとってみると、
『異世界転生した三十路のオレが騎士団の少年姫士になって濡れ濡れ生活を満喫できるのは、すべて女神さまのおかげです』
よくわからない言葉だらけだけど、気持ち悪いタイトルの本だな。表紙には幼い感じの可愛らしい女の子と、やけにイケメンのマッチョの絵が描かれている。
というか、最初から意味がわからない。異世界転生ってなんだ?
「この本、なんですか?」
「わたくしの著書です」
……はぁ?
「咲久耶お姉さま、小説家なんですか?」
「これが三冊目ですけど」
いや、こんな頭悪そうな本を書いているの? この人。名家のお嬢さまなんだよね? でも小説家なんだから、頭は悪くないのか?
「わたくしはか弱い女子ですから、このような重いをものを運ばせるは法律違反ですよ?」
まぁ……別にいいですよ、荷物運びくらい。むしろ簡単なお仕事で安心しました。
でも、
「家に送ってもらうことはできなかったんですか?」
「このような本を家に送ってもらうと? わたくしの名前を記してですか? はっ! 正気の沙汰じゃありません。家の誰かが見たらどうするんですか、人生詰みますよ」
自分でわかってるのか。むしろタチが悪いな。
「それに持っていくのはわたくしの家ではありません。部長の家です」
「ぶちょう?」
「仲間です。友達といえばいいですか。では出発しますよ」
すたすたと歩き始める咲久耶お姉さま。もちろん荷物はおれ任せで。
ずっしりと重いふたつの紙袋。確かに咲久耶お姉さまに運べるとは思えないけど、おれにも厳しいんだけど。
「これ、どこまで運ぶんですか? 距離的にです」
部長さんの家なのは聞きましたけど、それはどこにあるんですか。
「すぐそこですよ? 徒歩だと1時間くらいの距離です」
いやいや、すぐそこじゃないでしょ? それ。
タクシーは……高いか。歩いて1時間だもんな、歩けない距離じゃないよな。お金は大切に使わないと。
そしておれは、重い荷物を持ったまま1時間ほど歩くことになった。
咲久耶お姉さまは途中でクレープを買い食いして、もう食べられないとかいって半分ほど残った食べかけをおれにくれた。
新しいのを買ってほしかったけど、分けてもらえるだけありがたいので文句はいわなかった。
「ここです」
ついたのは、一人暮らしの人が住んでいるような、ごく普通のアパート。
「三階です」
一人ですたすたと階段を登っていく咲久耶お姉さま。
え? 階段登るの? これ持って? たくさんの本が入った紙袋をげんなりと見下ろすおれ。もちろん咲久耶お姉さまに文句はいえないので、黙って階段を登る。
三階まで上ると、303号室のチャイムを鳴らす咲久耶お姉さまが見えた。
あー、でもやっとついた。
はやく帰りたい。
おれがお姉さまの隣に到着するとほぼ同時にドアが開いて、
「いらっしゃい、せんせ」
そう言って出迎えてくれたのは、20代半ばの女性だった。
大学生には見えないし、社会人だろう。この人が「部長さん」かな。
その人はおれをちらっと見ると、咲久耶お姉さまに、
「彼氏さんですか?」
と尋ねる。おれの立場的なことだろう。
「子分ですわ」
即座に答えるお姉さま。
「違います。従弟です。いつもうちのお姉さまがお世話になっております」
そしておれは彼氏さんでも子分でもないので、即座に否定した。
「どうぞ、入ってください」
おれと咲久耶お姉さまに声をかける女性。親戚のお姉ちゃんが一緒だからって、知らない女性の部屋に入るのは緊張するな。
おれは我がもの顔で部屋に入っていく咲久耶お姉さまを追いかけて、部屋に入らせてもらう。
中は外から見ら感じを裏切らない、普通のワンルームアパートだった。
「初めまして、いとこの子分さん。私のことは部長ってよんでくださいね」
やっぱり、この人が「部長さん」なんだ。
「なんの部長さんですか?」
「サークルのですよー」
ほんわかした感じで答える部長さん。サークルってなんだ? お姉さまがいうように、お友達ってことでいいのか?
ワンルームのアパートなので、部屋は一つしかない。寝室もかねているようで、ベッドもある。女の人のベッドって、なんだか緊張するな。ドキドキはしないけど、触ったら怒られそうで。
おれは空いているスペースに本が入った紙袋を置いて、荷物運びから解放される。
えっと……されたよね?
「で、お姉さま。この本は何なんですか?」
「何とは? わたくしの著書だと教えましたよ」
「それはわかりましたけど、こんなにたくさんどうしたんですか?」
「どうしたとは? 買いましたけど?」
「自分の本を、自分で買ったんですか?」
咲久耶お姉さまはうなずいて、
「お世話になってる人に配るのです。サインを入れて」
と説明してくれた。
そういうものなの? よくわからないけど、興味もないしどうでもいい。
「じゃあお姉さま。おれ、もう帰りたいんですけど」
「ダメです」
即答された。
「なんでですか?」
「お腹すいたから、食べ物を買ってきなさい。もちろん飲み物もです」
お姉さまが万札を手渡してきた。お姉さまさっき、クレープ買い食いしてましたよね? 多いからっておれに半分くれましたよね? お腹空いてないでしょ?
というかお金あるんなら、おれを呼ぶ必要なくタクシー使えたんじゃないですか?
あぁ……でもタクシーよりも食べ物にお金を使いたいよな、普通。だからなのか?
「まだ人がきますから、たくさん買ってきなさい。全部使っていいですから」
万札は多いと思ったら、そういうことですか。
まぁ、しょうがないよな。咲久耶お姉さまって、なんだか逆らいづらい雰囲気なんだよな。姫さまって感じがする。
万札を持って部屋を出て行こうとするおれに、部長さんが、
「アパートを出て右に行けばすぐコンビニですけど、左を道沿いに10分くらい歩いたらスーパーがあります。そのスーパーのほうが安いです。たくさん買えますよ? 女子会なのでお菓子多めでお願いします。あっ、あとお米買ってきてください。5kgでいいです、無洗米でお願いします」
はぁ、そうですか。この人も、おれを使う気満々だな。でも母さんも、こんな感じだよな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
で、おれがスーパーで色々と調達して、もちろんお米も買って部長さんの部屋に戻ってくると、そこにいる女の人が増えてた。
部長さんと咲久耶お姉さまと、あと3人。全部で5人になっている。
増えたのは、部長さんと同じ歳くらいの人がふたりと、クッションで顔を隠している人がひとり。
まぁいい、今度こそ帰ろう。
と思ったのだが、お姉さまに、
「紅優、おまえも食べていくがいい。お姉ちゃんがご馳走してやろう」
そうですか。それはありがたいです。荷物運びと買い出しをさせられて、お腹空いてますので。
お姉さまの隣に座り、さっそくおにぎりを食べ始めるおれ。
ただ、なんと言えばいいのか、クッションで顔を隠している人。顔は隠しているんだけど、見えてるって言っていいのかな?
そしておれには、それが誰かが分かった。
「車坂さん、だよね?」
クッションで顔を隠している人。というか前年度クラスメイトだった車坂真亞丁さんに声をかけると、
「た、田中くん……こんにちは」
彼女はクッションをズラして顔を見せてくれた。
「なにしてるの、車坂さん」
「田中くんこそなんでいるの!?」
田中じゃないけど、まぁいいや。
「おれはこの人の」
隣の咲久耶お姉さまを手で示して、
「荷物運び。従弟だから駆り出された」
「田中くん、ぴょんキチ先生のいとこなんですか!?」
車坂さんの驚きの声に、
「たなかって誰?」
咲久耶お姉さまが反応する、
いや、ぴょんキチ先生って誰?
「おれ、三ヶ月前まで田中だったんですよ」
咲久耶お姉さまはおれの旧姓までは知らなかったみたいだけど、それだけの説明で納得してくれた。
急いでおにぎり3個を食べ終え、
「もう帰りますね」
そうつげたおれにお姉さまは、
「まさかおまえと支部長が顔見知りとは、ではおまえもここにいることを許そう」
いや、だから帰りたいんだって、おれ。それと車坂さん、ここでは支部長って呼ばれてるんだ?
「女の人ばかりのお話でしょ? おれ、ジャマじゃないですか?」
というか帰りたい。
お米を片付けた部長さんがおれに、聞いてもいないに、
「私たち、ボーイズラブ愛好者の乙女な集団なんですよ」
と、わかるようでわからない説明をしてくれた。
「わかります? ボーイズラブ」
「わかりますよ。男性同士のあれやこれやのお話ですよね?」
おれと瑠皆くん、おれと翼咲兄さん、そんな関係な話だ。正直興味はないけど。
だっておれ、実物にしか興味がわかないタイプだから。
「そう、ここはそんなBL愛好者のサークルなの!」
嬉しそうな部長さん。ビーエルってなんだろう? でもサークルというのは、集まりって意味なんだろうな。
「じゃあお姉さまの本って、ボーイズラブなんですか?」
表紙に一番大きく描かれてたの、女の子だったよな? もしかしてあれ、男の娘なの!?
おれの質問に、
「そうです。ぴょんキチ先生は、うちで唯一の作家先生なのですっ!」
答えてくれる部長さん。
でもキモいタイトルのこの本の作者、「保健室の滅殺先生」って書いてあるんだけど? 普通に読めばいいの? 違うよな。読み方すらわからないけど、これがお姉さまのペンネームなんだよね?
「ぴょんキチ先生じゃないですよね? この本書いた人」
「それはですねー。ぴょんキチ先生が本名で、保健室の滅殺先生がペンネームだからです」
部長さん普通に、「ほけんしつのめっさつせんせい」って言ったよ。
あとこの人の本名、緋水緑咲久耶ですよ? ぴょんキチ先生じゃないです。
でもそうすると……おれは車坂さんに視線を向けて、
「この人16歳ですよ。大丈夫なんですか? こういう本は、18歳以上推奨ですよね」
「なんで田中くんが、わたしが16歳だって知ってるの!?」
「この時期の高校二年生はだいたい16歳だよ。おれも16歳だし。それに車坂さんは2月22日生まれだよね? まだ16歳になって四ヶ月くらいでしょ、おれ小学生から今までのクラスメイトだった人の名前も誕生日も、全部言えるよ?」
気持ち悪そうな顔をする女性陣。隣にいた咲久耶お姉さまなんか、おれから距離をとった。
意味がわからない。そんなの普通でしょ?
「小3出席番号16番」
咲久耶お姉さまが指示を出す。言ってみろということだろう。
「乗鞍早雪さん。誕生日は1月17日。野球が好きで、下敷きがどこで売ってるのかわからないけど、外国人の野球選手のものでした。犬を飼っていて名前はシラヌイ」
即答したおれに、
「紅優、おまえキモいわ」
いやいや、おれも「異世界転生した三十路のオレが騎士団の少年姫士になって濡れ濡れ生活を満喫できるのは、すべて女神さまのおかげです」なんて本を書くお姉さまにいわれたくないですよ?
「お姉さまだって、18歳になってるんですか?」
「女性に年齢を聞くとは……わたくしの育て方がいたらなかったばかりに」
「わかりました。まだ17歳なんですね。じゃあ、こんな本書いちゃダメじゃないですか」
「ダメ? なぜ? 法的に問題ないでしょう?」
きょとんとするお姉さま。そ、そうなの?
「書くのは問題ないですよ? 読むのは、まぁ……18歳以上推奨なだけですからねー。小学生が読んでたら将来有望だなと思いますけど、高校生なら普通ですよ」
部長さんが説明してくれて、支部長が頷いている。
どうもここは、おれの常識が通じる場所じゃないらしい。とはいえおれも、兄弟と18歳以上推奨なことしてるしな……。
で、女性陣が、お姉さまの新作について話し始める。
部長さんが、
「筋肉が足りてない」
とダメ出しをして、支部長が、
「前半は微妙でしたけど、後半は良かったです。やっぱり男の娘はイジメられてこそですよね。でもキャラの年齢が高いですよ。次はもっと小さな子を出しましょう。私の理想は8歳ですけど、ダメなら5歳でもいいです」
と、犯罪者みたいなことを言い、あとのふたりは、
「よかったですよ」
「イラストもかわいいですよね」
「うんうん。キモいキャラはちゃんと気持ち悪く描かれてたし、絵もあってました」
「あ、でもわたしは支部長ちゃんと違って、もっと年齢層高くて大丈夫です」
と、概ね好評のようだ。
うん。
おれ、ここは場違いなのがわかった。
早く帰りたいなー。
でもおれは結局、お姉さまの乙女仲間の人たちから2時間以上にわたって「ボーイズラブ講義」を受けさせられた。
そして「保健室の滅殺先生」のサイン入り新刊本を土産に持たされ、帰宅したのは夕方だった。
このサイン本、どうしよう?
読まないとダメなのかな……。
「おれですか?」
スマホごしに確認するおれに、
「そう、おまえ」
当たり前のように答えるお姉さま。
なんだろう? ちょっと怖いな。
でも「緋水緑次期当主」からの呼び出しだから、末席とはいえ緋水緑の名をもっているおれが出向かないわけにはいかないだろう。
お義父さんに迷惑がかかったら、とんでもないからな。
待ち合わせの場所は、電車に乗って20分くらいかな? そこまで遠くない。
おれが急いで指定された場所……家の最寄り駅から二駅離れた駅前のビルに到着すると、そこで咲久耶お姉さまが仁王立ちして待ちかまえていた。
久耶お姉さまの足元には、ふたつの紙袋。
駆けよったおれに紙袋を指差したお姉さまが、
「これを運びなさい」
と命令する。
「はい? 荷物運びに呼ばれたんですか、おれ」
「そうですよ?」
それだけ? ちょっと安心した。緋水緑の本家に呼ばれて、ご老人に挨拶しろと言われたらどうしようと思っていたから。
ふたつの紙袋の中には、文庫本より大きなサイズの本が入っている。見た感じ全部同じ本で、50冊はあると思う。
一冊を手にとってみると、
『異世界転生した三十路のオレが騎士団の少年姫士になって濡れ濡れ生活を満喫できるのは、すべて女神さまのおかげです』
よくわからない言葉だらけだけど、気持ち悪いタイトルの本だな。表紙には幼い感じの可愛らしい女の子と、やけにイケメンのマッチョの絵が描かれている。
というか、最初から意味がわからない。異世界転生ってなんだ?
「この本、なんですか?」
「わたくしの著書です」
……はぁ?
「咲久耶お姉さま、小説家なんですか?」
「これが三冊目ですけど」
いや、こんな頭悪そうな本を書いているの? この人。名家のお嬢さまなんだよね? でも小説家なんだから、頭は悪くないのか?
「わたくしはか弱い女子ですから、このような重いをものを運ばせるは法律違反ですよ?」
まぁ……別にいいですよ、荷物運びくらい。むしろ簡単なお仕事で安心しました。
でも、
「家に送ってもらうことはできなかったんですか?」
「このような本を家に送ってもらうと? わたくしの名前を記してですか? はっ! 正気の沙汰じゃありません。家の誰かが見たらどうするんですか、人生詰みますよ」
自分でわかってるのか。むしろタチが悪いな。
「それに持っていくのはわたくしの家ではありません。部長の家です」
「ぶちょう?」
「仲間です。友達といえばいいですか。では出発しますよ」
すたすたと歩き始める咲久耶お姉さま。もちろん荷物はおれ任せで。
ずっしりと重いふたつの紙袋。確かに咲久耶お姉さまに運べるとは思えないけど、おれにも厳しいんだけど。
「これ、どこまで運ぶんですか? 距離的にです」
部長さんの家なのは聞きましたけど、それはどこにあるんですか。
「すぐそこですよ? 徒歩だと1時間くらいの距離です」
いやいや、すぐそこじゃないでしょ? それ。
タクシーは……高いか。歩いて1時間だもんな、歩けない距離じゃないよな。お金は大切に使わないと。
そしておれは、重い荷物を持ったまま1時間ほど歩くことになった。
咲久耶お姉さまは途中でクレープを買い食いして、もう食べられないとかいって半分ほど残った食べかけをおれにくれた。
新しいのを買ってほしかったけど、分けてもらえるだけありがたいので文句はいわなかった。
「ここです」
ついたのは、一人暮らしの人が住んでいるような、ごく普通のアパート。
「三階です」
一人ですたすたと階段を登っていく咲久耶お姉さま。
え? 階段登るの? これ持って? たくさんの本が入った紙袋をげんなりと見下ろすおれ。もちろん咲久耶お姉さまに文句はいえないので、黙って階段を登る。
三階まで上ると、303号室のチャイムを鳴らす咲久耶お姉さまが見えた。
あー、でもやっとついた。
はやく帰りたい。
おれがお姉さまの隣に到着するとほぼ同時にドアが開いて、
「いらっしゃい、せんせ」
そう言って出迎えてくれたのは、20代半ばの女性だった。
大学生には見えないし、社会人だろう。この人が「部長さん」かな。
その人はおれをちらっと見ると、咲久耶お姉さまに、
「彼氏さんですか?」
と尋ねる。おれの立場的なことだろう。
「子分ですわ」
即座に答えるお姉さま。
「違います。従弟です。いつもうちのお姉さまがお世話になっております」
そしておれは彼氏さんでも子分でもないので、即座に否定した。
「どうぞ、入ってください」
おれと咲久耶お姉さまに声をかける女性。親戚のお姉ちゃんが一緒だからって、知らない女性の部屋に入るのは緊張するな。
おれは我がもの顔で部屋に入っていく咲久耶お姉さまを追いかけて、部屋に入らせてもらう。
中は外から見ら感じを裏切らない、普通のワンルームアパートだった。
「初めまして、いとこの子分さん。私のことは部長ってよんでくださいね」
やっぱり、この人が「部長さん」なんだ。
「なんの部長さんですか?」
「サークルのですよー」
ほんわかした感じで答える部長さん。サークルってなんだ? お姉さまがいうように、お友達ってことでいいのか?
ワンルームのアパートなので、部屋は一つしかない。寝室もかねているようで、ベッドもある。女の人のベッドって、なんだか緊張するな。ドキドキはしないけど、触ったら怒られそうで。
おれは空いているスペースに本が入った紙袋を置いて、荷物運びから解放される。
えっと……されたよね?
「で、お姉さま。この本は何なんですか?」
「何とは? わたくしの著書だと教えましたよ」
「それはわかりましたけど、こんなにたくさんどうしたんですか?」
「どうしたとは? 買いましたけど?」
「自分の本を、自分で買ったんですか?」
咲久耶お姉さまはうなずいて、
「お世話になってる人に配るのです。サインを入れて」
と説明してくれた。
そういうものなの? よくわからないけど、興味もないしどうでもいい。
「じゃあお姉さま。おれ、もう帰りたいんですけど」
「ダメです」
即答された。
「なんでですか?」
「お腹すいたから、食べ物を買ってきなさい。もちろん飲み物もです」
お姉さまが万札を手渡してきた。お姉さまさっき、クレープ買い食いしてましたよね? 多いからっておれに半分くれましたよね? お腹空いてないでしょ?
というかお金あるんなら、おれを呼ぶ必要なくタクシー使えたんじゃないですか?
あぁ……でもタクシーよりも食べ物にお金を使いたいよな、普通。だからなのか?
「まだ人がきますから、たくさん買ってきなさい。全部使っていいですから」
万札は多いと思ったら、そういうことですか。
まぁ、しょうがないよな。咲久耶お姉さまって、なんだか逆らいづらい雰囲気なんだよな。姫さまって感じがする。
万札を持って部屋を出て行こうとするおれに、部長さんが、
「アパートを出て右に行けばすぐコンビニですけど、左を道沿いに10分くらい歩いたらスーパーがあります。そのスーパーのほうが安いです。たくさん買えますよ? 女子会なのでお菓子多めでお願いします。あっ、あとお米買ってきてください。5kgでいいです、無洗米でお願いします」
はぁ、そうですか。この人も、おれを使う気満々だな。でも母さんも、こんな感じだよな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
で、おれがスーパーで色々と調達して、もちろんお米も買って部長さんの部屋に戻ってくると、そこにいる女の人が増えてた。
部長さんと咲久耶お姉さまと、あと3人。全部で5人になっている。
増えたのは、部長さんと同じ歳くらいの人がふたりと、クッションで顔を隠している人がひとり。
まぁいい、今度こそ帰ろう。
と思ったのだが、お姉さまに、
「紅優、おまえも食べていくがいい。お姉ちゃんがご馳走してやろう」
そうですか。それはありがたいです。荷物運びと買い出しをさせられて、お腹空いてますので。
お姉さまの隣に座り、さっそくおにぎりを食べ始めるおれ。
ただ、なんと言えばいいのか、クッションで顔を隠している人。顔は隠しているんだけど、見えてるって言っていいのかな?
そしておれには、それが誰かが分かった。
「車坂さん、だよね?」
クッションで顔を隠している人。というか前年度クラスメイトだった車坂真亞丁さんに声をかけると、
「た、田中くん……こんにちは」
彼女はクッションをズラして顔を見せてくれた。
「なにしてるの、車坂さん」
「田中くんこそなんでいるの!?」
田中じゃないけど、まぁいいや。
「おれはこの人の」
隣の咲久耶お姉さまを手で示して、
「荷物運び。従弟だから駆り出された」
「田中くん、ぴょんキチ先生のいとこなんですか!?」
車坂さんの驚きの声に、
「たなかって誰?」
咲久耶お姉さまが反応する、
いや、ぴょんキチ先生って誰?
「おれ、三ヶ月前まで田中だったんですよ」
咲久耶お姉さまはおれの旧姓までは知らなかったみたいだけど、それだけの説明で納得してくれた。
急いでおにぎり3個を食べ終え、
「もう帰りますね」
そうつげたおれにお姉さまは、
「まさかおまえと支部長が顔見知りとは、ではおまえもここにいることを許そう」
いや、だから帰りたいんだって、おれ。それと車坂さん、ここでは支部長って呼ばれてるんだ?
「女の人ばかりのお話でしょ? おれ、ジャマじゃないですか?」
というか帰りたい。
お米を片付けた部長さんがおれに、聞いてもいないに、
「私たち、ボーイズラブ愛好者の乙女な集団なんですよ」
と、わかるようでわからない説明をしてくれた。
「わかります? ボーイズラブ」
「わかりますよ。男性同士のあれやこれやのお話ですよね?」
おれと瑠皆くん、おれと翼咲兄さん、そんな関係な話だ。正直興味はないけど。
だっておれ、実物にしか興味がわかないタイプだから。
「そう、ここはそんなBL愛好者のサークルなの!」
嬉しそうな部長さん。ビーエルってなんだろう? でもサークルというのは、集まりって意味なんだろうな。
「じゃあお姉さまの本って、ボーイズラブなんですか?」
表紙に一番大きく描かれてたの、女の子だったよな? もしかしてあれ、男の娘なの!?
おれの質問に、
「そうです。ぴょんキチ先生は、うちで唯一の作家先生なのですっ!」
答えてくれる部長さん。
でもキモいタイトルのこの本の作者、「保健室の滅殺先生」って書いてあるんだけど? 普通に読めばいいの? 違うよな。読み方すらわからないけど、これがお姉さまのペンネームなんだよね?
「ぴょんキチ先生じゃないですよね? この本書いた人」
「それはですねー。ぴょんキチ先生が本名で、保健室の滅殺先生がペンネームだからです」
部長さん普通に、「ほけんしつのめっさつせんせい」って言ったよ。
あとこの人の本名、緋水緑咲久耶ですよ? ぴょんキチ先生じゃないです。
でもそうすると……おれは車坂さんに視線を向けて、
「この人16歳ですよ。大丈夫なんですか? こういう本は、18歳以上推奨ですよね」
「なんで田中くんが、わたしが16歳だって知ってるの!?」
「この時期の高校二年生はだいたい16歳だよ。おれも16歳だし。それに車坂さんは2月22日生まれだよね? まだ16歳になって四ヶ月くらいでしょ、おれ小学生から今までのクラスメイトだった人の名前も誕生日も、全部言えるよ?」
気持ち悪そうな顔をする女性陣。隣にいた咲久耶お姉さまなんか、おれから距離をとった。
意味がわからない。そんなの普通でしょ?
「小3出席番号16番」
咲久耶お姉さまが指示を出す。言ってみろということだろう。
「乗鞍早雪さん。誕生日は1月17日。野球が好きで、下敷きがどこで売ってるのかわからないけど、外国人の野球選手のものでした。犬を飼っていて名前はシラヌイ」
即答したおれに、
「紅優、おまえキモいわ」
いやいや、おれも「異世界転生した三十路のオレが騎士団の少年姫士になって濡れ濡れ生活を満喫できるのは、すべて女神さまのおかげです」なんて本を書くお姉さまにいわれたくないですよ?
「お姉さまだって、18歳になってるんですか?」
「女性に年齢を聞くとは……わたくしの育て方がいたらなかったばかりに」
「わかりました。まだ17歳なんですね。じゃあ、こんな本書いちゃダメじゃないですか」
「ダメ? なぜ? 法的に問題ないでしょう?」
きょとんとするお姉さま。そ、そうなの?
「書くのは問題ないですよ? 読むのは、まぁ……18歳以上推奨なだけですからねー。小学生が読んでたら将来有望だなと思いますけど、高校生なら普通ですよ」
部長さんが説明してくれて、支部長が頷いている。
どうもここは、おれの常識が通じる場所じゃないらしい。とはいえおれも、兄弟と18歳以上推奨なことしてるしな……。
で、女性陣が、お姉さまの新作について話し始める。
部長さんが、
「筋肉が足りてない」
とダメ出しをして、支部長が、
「前半は微妙でしたけど、後半は良かったです。やっぱり男の娘はイジメられてこそですよね。でもキャラの年齢が高いですよ。次はもっと小さな子を出しましょう。私の理想は8歳ですけど、ダメなら5歳でもいいです」
と、犯罪者みたいなことを言い、あとのふたりは、
「よかったですよ」
「イラストもかわいいですよね」
「うんうん。キモいキャラはちゃんと気持ち悪く描かれてたし、絵もあってました」
「あ、でもわたしは支部長ちゃんと違って、もっと年齢層高くて大丈夫です」
と、概ね好評のようだ。
うん。
おれ、ここは場違いなのがわかった。
早く帰りたいなー。
でもおれは結局、お姉さまの乙女仲間の人たちから2時間以上にわたって「ボーイズラブ講義」を受けさせられた。
そして「保健室の滅殺先生」のサイン入り新刊本を土産に持たされ、帰宅したのは夕方だった。
このサイン本、どうしよう?
読まないとダメなのかな……。
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成熟→調教プレイ。乳首責めや射精我慢、オナホ腰振り、オナホに入れながらセックスなど。攻めが受けの前で自慰、飲精、攻めフェラもあります。
完熟(前編)→3年後と10年後の話。乳首責め、甘イキ、攻めが受けの中で潮吹き、攻めに手コキ、飲精など。
完熟(後編)→ほぼエロのみ。15年後の話。調教プレイ。乳首責め、射精我慢、甘イキ、脳イキ、キスイキ、亀頭責め、ローションガーゼ、オナホ、オナホコキ、潮吹き、睡姦、連続絶頂、メスイキなど。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
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