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0章

00 プロローグ

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 警察官だった父が殉職したのは、おれが小学4年生のときだった。
 どうやら、酔っ払いに絡まれていた女性を助けようとして刺されたらしい。
 詳しいことを子どものおれは教えてもらえなかったけど、中学生になって過去の父の事件を調べて、そういう経緯だとわかった。

「お父さんは立派だった。これからはキミが、お母さんを守ってあげないといけないよ」

 父親を亡くしたばかりの、まだ子どもだったおれに言うセリフじゃなかったかもしれない。でも父の同僚だった警察官の言葉に、おれは「その通りだ」と感じだ。
 おれは子ども心に、

「これからは父さんのかわりに、おれが母さんを守るんだ」

 そう、誓った。
 それからおれは、母さんとふたりで暮らしてきた。
 自分に立てた誓いの通り、母さんを助けられるように生きてきたつもりだ。
 もちろん、おれは子どもで母さんは大人だ。
 おれの力がどれくらい母さんの助けになったかはわからないけど、おれは「いい子」に生きてきたんだ。
 父さんが亡くなってから母さんは、以前やっていた看護師の仕事に戻った。
 時間が不規則な仕事で大変そうだったけど、おれも母さんの助けになれればと料理や掃除といった、家事をこなすようになった。
 勉強もちゃんとやった。母さんに金銭的な負担はかけたくなかったから、頭のいい友人の力も借りて必死で頑張った。
 そのおかげか、偏差値の高い私立の高校に、特待生として入学することができた。
 特待生は授業料の八割が免除されるが、成績は上位20%以内をキープしなくてはならないから、そこそこ大変ではあるけれど。
 そして、高校1年の12月。
 母さんがこう言った。

「母さんが再婚したら、お父さんはどう思うかな」

 再婚? 父さんが亡くなってもう7年ほどだ。おれだって高校生だし、母さんの再婚に反対するほど子どもじゃない。

「お父さん、悲しまないかな……」

 呟くように言う母さん。
 父さんが悲しむ? おれは、それは思わなかった。

「父さんは、母さんが幸せになるのを悲しんだりしないと思う。おれも、そうだし」

 おれの言葉が最後の後押しになって、母さんは再婚を決めたらしい。
 よかったと思う。
 翌年の3月。母さんは再婚した。
 母さんの再婚相手は、母さんが勤める病院のお医者さんだった。
 義父となったその人は、なんというか渋い感じのイケメン(イケオジってやつだ)で、俳優さんみたいな人だった。

「無理におとうさんと呼ばなくていいです。ですが、私があなたの父親だとは理解しておいてください。私はあなたを、息子だと理解します」

 言葉は固くるしかったけど、優しい顔でそう言った人に、

「はい。わかりました、お義父さん」

 おれはそうつげた。
 彼はうなずいただけで、おれへの言葉はなかった。
 でも、嬉しそうな顔をしていた。
 そしておれには、義父とともに、兄と弟ができた。
 兄はおれより3歳上で、弟は1歳下だ。
 ふたりともイケメンの義父と血つながっているだけあって美男子との美少年で、フツメンのおれとはとても兄弟と思えない容姿だった。

 そして現在。
 4月、春。
 おれは義父の家に引っ越して、ふたりの兄弟と一緒に暮らすことになった。
 学校には徒歩圏内に近くなったから、助かるといえばとても助かる。通学時間が減って時間に余裕ができ、その分を勉強時間に使えるから。
 母さんとお義父さんは「新婚だから」という理由で、職場の病院近くに部屋を借りてふたりで住むらしい。
 おれが一緒に暮らすことになった、新しい兄弟たち。
 兄の名前は、翼咲単語つばささん。国立大学の医学部に通う大学二年生。
 弟の名前は、瑠皆単語るみなくん。この春からおれと同じ高校に通っている、高校1年生。
 美男子と美少年との共同生活。
 不安がないわけじゃない。
 だっておれは、隠しているけど、「同性を恋愛対象として意識してしまうタイプ」だったから……。
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