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03 23歳7ヶ月

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 23歳も半ばを過ぎた私は、相も変わらず離宮に閉じ込められています。

 そうそう。3ヶ月ほど前、3人の召使のうち料理担当のサリィが、離宮の近くの村に住んでいる幼馴染と結婚して、人妻になりました。
 彼女はまだ雇っていますけど、住み込みではなく村からの通いになり、

「もうすぐ赤ちゃんができる予定なのでぇー、そうなったらおひまをいただきま~す。ダーリンとぉ、赤ちゃんができることをしていますのでっ! きゃは♡」

 いや、うるさいよ。すぐクビにしてあげましょうか?
 で、そのもうすぐおひまになる召使とは別の、外見はおしとやかな美人ですけどお酒が大好きな召使トトリが来客をつげたのは、私がいつものようにいつものごとく暇を持て余して、ベッドに転がっていた午後のことでした。

「え? 来てるの?」

 前触れもなく?

「はい、いらっしゃってます」

「だれ?」

「奥様を驚かせたいから、内緒にして欲しいそうです」

 なにそれ、面倒くさいな。
 うーん、でも……。

「陛下!?」

「違います」

 即答された。違うらしい。
 じゃあ、誰でもいいです。
 とはいえ誰かもわからない来客です。私は恐るおそる、応接間に向かいました。
 で、そこにいたのは、

「ごぶさたしております、義姉上あねうえ

 だ、誰……?
 少年、青年? いえ、少年でしょうか?
 この国の人に多い浅黒い肌で、金髪の美少年です。身なりは明らかな上流階級ですね、トータルコーディネートに一体いくらかかってるんでしょうか。
 私が気づかないのを察したのか、少年が名乗りをあげます。

「クシャル・シグルドです。3年ほど前、ここで義姉上にお世話になりました」

 クシャル・シグルド?
 あー……憶えてるよ。
 それは憶えてるけど、

「まぁ、大きくなられましたね。見違えました」

 とはいったものの、本当にクシャル王子なのかしら?
 3年でここまで様変わりするもの?
 身長なんか、私より高いじゃない。むしろ私、見下ろされてる感じなのですが?

「立派になられましたね」

 としか、いいようがないです。身長が伸びて体格も良くなり、お顔も貴公子という雰囲気で、かわいらしい男の子ではなくなってしまいました。
 テーブルを挟んで私の対面で座り、クシャル王子が話し始めます。

「私はこのたび、この東丘離宮を領地に含むスワリ領の領主となり、赴任いたしました」

 このあたりの領主さまに?
 まぁ、王子ですものね。領地の管理を任されることもあるでしょう。

「ご挨拶にくわえ、義姉上あねうえになにかご不便があるといけないと思い、おうかがいに参りました」

 そうなの? ありがとうねー。いい義弟を持てて、お姉ちゃん嬉しいよ。
 ですけど、

「いえ、なにも不便はございませんわ。陛下のご慈愛をたまわり、平穏に暮らせております」

 なにもないけど、不便もありません。
 ずっと、ずうーっと、退屈な毎日です。

「そうね。ここはお客様が来てくださることが少なくて、時間を持て余します。ときどきでいいから、あなたが遊びに来てくださると嬉しいわ。昔みたいに、一緒に遊びましょう?」

 社交辞令といえばそうですけど、半分以上は本心でした。
 だって本当に退屈ですもの。
 クシャル王子が住むはずの領主の館は、この離宮からは馬だと一時間もかからない距離です。
(頻繁にとはいかないまでも、ときどきなら遊びに来てもらえるかな?)
 そう思ってのお願いでしたけれど、

「義姉上、今日はチョコレートをお持ちしました」

 結構、頻繁に来るよ? 義弟。
 3日に一度くらいかも。
 でもせっかく遊びに来てくれるのですから、そのたびに私たちはお話して、お食事して、散歩して、そんな普通の姉弟のような時間を過ごしました。
 楽しいな。
 誰かと会話して、笑いあって……私、こういう生活がしたかったんです。
 身分的には望み得る最高級なのはわかっています。
 伯爵家の四女が、大国といえないまでも周辺国ではそれなりの地位ある国の、国王の第七夫人になったのですから。
 
 でも、なんででしょう?
 今の暮らしは、かつて想像していた「結婚生活」とは程遠いです。
 結婚生活がこんなに寂しいものになるとは、まったく考えもしませんでした。
 旦那さまにつくし、子どもを産んで育てる。
 そういう、普通の結婚生活を想像していましたから。
 今の私は、義弟が遊びに来てくれるのを心待ちにしているような、寂しい女です。
 だからクシャル王子が領主になってこの地に赴任してきて、2ヶ月ほどが経過した頃。

義姉上あねうえ。ここは街に出るにも不便ですし、寂しくありませんか? 領主の館で、私と一緒に暮らしませんか」

 そんな彼の提案に、私の胸は高鳴りました。
 ですがこの離宮は陛下から私に与えられたもので、私はこの館の女主人としての役目があります。
 それが、それだけが私が「国王の妻」である証だから、捨てることはできません。

「それは、陛下のお許しがないと……」

 どうやって断ろう。そもそもこの子、なぜこんなことを言い出したのかしら?
 そう考える私に、

「大丈夫です。兄上の許可ならえてます」

 はい?

「陛下が、ここを閉めてもよいと……?」

「はい。兄上も街中のほうが、義姉上に不便が少ないだろうとおっしゃっていました」

 はぁあ~? なんですかそれ。
 なんで私、3年間もここで退屈生活してましたの?
 じゃあ、いいです。
 この離宮は常備雇っている召使が3人しかいないし、このくらいなら義弟の館へ連れていっても問題はないでしょう。

「では、そうさせていただこうかしら」

 本当はすごく嬉しかったのですが、冷静を装って「あなたがそこまでいうならね」という雰囲気を出した私の言葉に、クシャル王子の顔がパアァっと輝きました。
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