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02 20歳5ヶ月

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 異国暮らしが始まって、1ヶ月が経過しました。

 私が嫁いだレイムラム王国は、大陸の南部にある海に面した国です。国で暮らす人々のほとんどが浅黒い肌で、男女ともに美形が多い印象です。
 その辺りを歩いている庶民の女の子が、明らかに私より美人ですからね。私一応、この国の国王の第七夫人なんですけど、まったく立場がないです。

 私が頂いたというか、陛下から管理を任された東丘離宮は、国の南東にあたるスワリ領の中心街、その外れにあります。
 とはいえ、私がすることはとくにありません。だって、誰も来ませんからね、この離宮。
 スワリ領の領主だってきたことないですよ。国王の第七夫人を領主が訪れることは、多少なりとも問題がありそうだから仕方ないですけど。領主さんには彼の館で歓迎のパーティーをひらいていただきましたが、それだけです。

 離宮で、訪れることはないだろう陛下を待つだけの生活。
 いやー……イベントと言えるイベントは、まったくないです。寝て、食べて、寝る生活だと思ってください。
 常時離宮にいるのは私の他に、住み込みで働いている3人の召使だけです。召使は全員女性……というか女の子ですね。一番年長のトトリが、私と同い年で20歳ですから。
 この召使トトリですが、すごい美人なんです。明らかに私より「女主人」みたいな顔と身体つきをしていて、

「もしかしてこの子、身分を隠したお姫様なんじゃないかしら?」

 と、疑ってしまうくらいです。うやらましい。

 退屈な場所での、女ばかりの4人暮らし。なので離宮に配属された3人の召使とは、もう友達感覚です。

「奥さまー、お昼なに食べたいですかー」

 することもないので自室でボーっとしていると、私と同じようにボーっとしていた召使のサリィがたずねます。
 サリィは料理担当の召使で、年齢は17歳。外見は普通レベルなんですが、料理の腕は上級レベルです。間違いありません。
 彼女は両親が共に料理人で「料理に関してはめっちゃ厳しく躾けられた」らしく、それに彼女自身に料理の才能があるのでしょう。私が一生かかっても作れないと思えるような、美味しい料理を作ってくれます。
 とはいえ、なにが食べたいかと聞かれても、さっき朝食をとったばかりのように思えます。
 朝食以降ボーとしてただけですし、正直お腹は空いていません。

「なんでもいいわ」

「それが一番困るんですよー。辛いの出したら怒るくせに」

「いやいや、辛いのって限度があるでしょ? あなたのいう辛いのは、あれ辛いを通り越して痛いのよ」

 そんな感じで昼食のメニューについてサリィと話していると、

「あの、奥さま。街の兵士さんが、奥さまにお手紙をもってきました」

 3人の召使のうち一番年下の子、メイシアが、手紙を持ってきました。メイシアはまだ12歳で、可愛い妹って感じです。
 ただこの子、暇なときは、4・5歳くらい幼い男の子の裸の絵をニヤニヤしながら描いてるのよね。そこは気になる。
 一応あなたも、国王陛下の第七夫人直属の召使なのよ? 変な犯罪やらかして、兵士に捕まると困っちゃうんだけどな、私。

 で、お手紙ですって? なんでしょう。私にお手紙が来るのは初めてです。
 手紙の封蝋は、確認しましたが王家の紋章ではありません。
 ということは、少なくとも陛下からではないということです。
 落胆しながら封をといて中を確認すると……なになに?

「やっば、お客様が来るらしいよ!?」

 私の言葉に

「お客様? 食材用意しないといけないじゃないですか、何人くるんですか!?」

「いつですか!? なんの準備もしてませんけど」

 慌て始める召使ふたり。

「えっと……ん? 風月の6日って、今日……じゃない?」

 と、その瞬間には、私たちは玄関に人の気配を感じていました。
 というか3人目の召使トトリが、玄関で応対している声が聞こえてきます。
 慌てて、でものんびりという程を装って私が玄関へ速歩きしていくと、

「奥様は準備が整っておりませんので、わたくしがご案内させてただいてもよろしいでしょうか」

 落ち着いたトトリの声が聞こえてきました。私は柱の陰に隠れ、お客さまを確認します。
 小さな男の子が一人と、執事が一人に騎士が二人。
 合計4人。

 この一行の主人が男の子なのは、彼の立派な身なりですぐにわかりました。
 でも、誰でしょう? 
 トトリが客人たちを応接間に案内してくれます。
 私は身を隠しながら急いで自室に戻り、メイシアに手伝ってもらってある程度ちゃんとした服装に着替えます。
 もちろん急いで。

「はい、大丈夫ですよ奥さま。普段から身なりをきちんとしておいてくだされば、こんなことにはならないんですけどねー」

「お小言はいいわ。わたくし、どうせ聞いておりませんわよ?」

「お小言言われてると自覚してくだされば、それでいいです」

 メイシアの言葉はムシして、私は急いで応接間へと移動すると、

「申し訳ございません。準備に手間取ってしまいまして」

 にっこり微笑みながら、しずしずと入室しました。

「ようこそいらっしゃいました、お客さま」

 そう言う私の前に、お客さまご一行の主人と思われる少年が歩いてきます。

「お、おねえさま……なのですか?」

 私を見上げる幼い少年……いえ、身長は小さいですけど、そこまで幼くないかもしれません。
 10歳か11歳。そのくらいの年頃だと思います。
 私の登場に騎士ふたりが片膝を折ってかしこまり、頭を下げてから、元の体勢へと戻ります。
 そして執事さんが、

「第七夫人様。このおかたは、第七王子クシャル殿下であられます」

 彼を紹介してくれました。

 って、第七王子!?

 私の旦那さまである陛下にはお子がいらっしゃいませんから、陛下の弟君というわけですけど……。

 えっと、クシャル王子……でしたっけ?
 すみません、私、存在すら把握してませんでしたっ!
 あと義弟が来るのなら、前もって知らせておいてほしかったんですけど。手紙には義弟の王子が来るとは書いてありませんでしたけど!?

 クシャル王子は浅黒の肌に金髪のかわいらしい美少年で、背は少し低いですね……身長150cmそこそこの私が、見下ろすようにしてるくらいですから。

「まぁ、あなたがクシャル王子なのですね。お会いしたかったです」

 ごめんなさいね? あなたのこと知りませんでしたけど、私の立場的にこう言うしかないのです。
 ホントごめんなさい。
 私の言葉にクシャル王子は膝を折ってかしこまり、

「クシャル・シグルドともうします。おねえさまにお会いできて、たいへんうれしく思います」

 私の手をとって手袋の上に唇を落とした。
 私の国では王弟が、王妃ではない国王の妻のひとりにこれほどの礼をつくすことはありません。
 でもここは外国だから、このようなやりかたなのでしょうか。執事さんが怖い顔してるけど、気にしないでおこう。
 こうして私は、離宮に旦那さまを迎える前に、義弟を迎えることになりました。


 昨日は急な来訪で、ろくに義弟一行をもてなすことができませんでしたが、今日は大丈夫です。
 ちゃんと召使たちに指示してあります。トトリ、サリィ、メイシア。あの3人、意外と優秀なんですよ。

 昨夜は、

「姉弟とはいえ、さほど親しくない間がらの男女が夕食を同席することはない」

 という、この国の風習が私を助けてくれました。
 それなりに使える食材はすべて、お客さまの料理に使えましたから。
 その分私の夕食は、モソモソするなにかと水だけでしたけど。

「このモソモソするやつ、なに?」

 私の問いにサリィが、

「芋ですよ、芋。芋をつぶして色々やったあと、ちょちょっと香辛料と塩をくわえて乾燥させた保存食ですねー。意外といけるでしょ?」

 まぁ……ね。ちょっと美味しいかも。でも口の水分が、すごい勢いで奪われるんですけど?

「ちゃんと水も飲んでくださいね。喉に詰まりすよ?」

 これを義弟一行に食べさせるわけにもいかないし、しょうがない。
 そう思って食べましたけどね。
 で、翌朝。身支度を整え部屋を出た私を、

「おはようございます。おねえさま」

 廊下でクシャル王子が待っていました。

「おはようございます、クシャル王子。わたくしを、待っていてくださったのですか?」

「いえ、あの……はい」

 恥ずかしそうに答えるクシャル王子ですが、朝一番で女性の部屋の前で待ち構えるのはどうかと思いますよ?
 後方で控えている騎士さん二人が、なんだか眠そうな顔をしています。疲れてるのでしょうか? それともこの子、ずいぶん前から私を出待ちしていたのかしら?
 いや、さすがにそれはないと思います。今来たところでしょう。そう思うことにしました。

「クシャル王子、あとでお庭を散歩いたしましょうか」

 私の提案に、嬉しそうな顔をするクシャル王子。愛らしいお顔つきですが、彼は20日ほど前に11歳になられたそうです。
 ただ身長が低いからでしょうか、その年齢にしては幼く見えます。お顔も女の子みたいでかわいらしいですし。
 ただ、すごい美形なのは間違いないので、大きくなったら貴公子におなりでしょうけど。

 執事さんの話によると、クシャル王子がこの離宮を訪れたのは秘密裏に行われたことで、口外はしないでほしいようです。
 なにかの事情があって、王子を宮殿から離しておきたい。王都から数日の場所に第七夫人に与えた離宮がある。そこに匿ってもらおう。
 という感じなのでしょうか?
 それに現在この離宮は、領主の兵士さんたちが警護にあたっている状態なんですって。
 ですがそれは「もしも」を警戒したもので、王子に危険はないだろうともいっていましたけれど。

 私はクシャル王子と軽い朝食をとり(親しくない男女でも一緒に軽い朝食はOK)、離宮のお庭に散歩に出ました。
 この離宮は自然が豊かで、木や草花に囲まれています。近くの村から専属の庭師も雇っていますしね。
 人の手によって整えられていると言っても、自然豊かな庭です。その自然に紛れたところどころに、今日は兵士さんの姿がありました。
 離宮警備の兵士さん以外にも、私とクシャル王子の散歩には、王子の騎士さん二人もつかず離れずでついてきます。彼らはそれがお仕事でしょうし。
 私の前をとことこ歩き、存在を確認するように何度もふり返るクシャル王子。子どもには興味深いのか、草花や虫たちを確認するように下を向いて歩いています。

「おねえさま、これはなんという虫でしょうか」

 なにか見つけたの? 王子が目をキラキラさせて私に問いかける。答えられるものならいいけれど。
 私は義弟のそばにより、

「どれですか?」

 彼が指さす場所を見ていると……いやっ、キッモ。なんだか油にまみれたような、変にキラキラし気持ち悪い毛虫がウネっていました。

「ご、ごめんなさいね。わたくし虫には詳しくございませんの。女はあまり、虫に詳しくないのですわ」

 本当は虫に詳しい女もいます、召使のトトリは虫に詳しいですね。でも私、虫苦手なんですよ……。

「そうなのですか?」

 クシャル王子はなにも気にしていない様子で、別の場所に歩いていきます。
 はぁ……王子といっても男の子なんだな。こんなキモい虫に興味を持つなんて。
 あとで虫に詳しい召使のトトリに聞いてみたところ、あのキモい毛虫は「シルガリア蝶」というこの国固有の蝶で、宝石のようにキレイな羽を持ち標本が高価で取引されているそうです。
 毛虫がいた場所を教えると、すぐにトトリが回収に向かいました。育てて標本にして売るのだとか。
 トトリは結構お金にガメツイです。でもお酒は好きで、よく買っているみたいです。安い銘柄のものですけど。

 義弟と庭の散歩を続けていると、

「おねえさま」

 彼が急に立ち止まって私を見上げました。

「どうなさいました? 王子」

「おねえさまは、肌が白くておきれいだと思います」

 どうしたの? 急に。
 確かにこの国の人は肌が浅黒く、私のように白い肌の人間は珍しいです。
 だけどこの国の人たちは男も女も美形が多くて、クシャル王子もすごくかわいいお顔をしているし、将来は絶対に美青年になると思います。
 少なくとも私よりは、クシャル王子の方が「おきれい」ですよ?

「ありがとうございます。クシャル王子は、白い肌の女がお好みなのですか?」

 王子は恥ずかしそうな顔をして、

「い、いえ……いいまちがえました。きれいなのは肌ではなく、おねえさまです」

 なんでしょう? 王族の嗜みでしょうか? 女性を気遣うようにしつけられているとか?
 でも嬉しいな、かわいい義弟ができて。
 私、4人姉妹の末っ子だから、男の兄弟っていないんです。

「くすくすっ。わたくし、キレイですか?」

「はい、すごく……いえ、とてもおきれいです。おねえさま」

 見とれるような、キラキラした目を私に向けるクシャル王子。
 本当は白い肌の女が好みなのでしょう。まだ幼いから、自分でも理解していないかもしれないけど。

 この国では、そういう白い肌を好む男性は少なくないらしいです。肌が白いだけで、どうとでもない容姿の女がもてるという話も聞きました。
 そう思うとこの国は、私には合っているのかもしれません。
 だって私、別段美人じゃないですけど、肌は白いんです。

 でもクシャル王子、女の好みの話をするのは恥ずかしいのかな? かわいいっ。
 私よりも、クシャル王子のほうがずっと美形だ。一般的には確実にそうでしょう。
 そのあともクシャル王子は私にいろいろとおしゃべりをしてくれて、「おねえさま、おねえさま」とかわいい笑顔を私にくださいました。


 それから約1ヶ月間。クシャル王子一行は、私の離宮に滞在しました。
 離宮にいる間中、クシャル王子は起きている時間のほとんどを私と過ごしたがり、

「おねえさま。おさんぽに行きましょう」

 そういって手を伸ばして微笑む義弟を無下にできるほど、私は忙しくなく、

「おねえさま、このお花はなんというのですか? 白くてかれんで、まるでおねえさまのようです」

 という義弟を「かわいいなー、こいつ」と思わないほど、私はやさぐれてなく、
 ある程度親しくなって、姉弟なのだから食事を共にしても良いくらいになると、

「おねえさまとごいっしょに食べると、ごはんはこんなにもおいしいのですね」

 口元にソースをつけながら私に笑顔を向ける義弟の口元をハンカチで拭ってあげないほど、私の腕は短くありませんでした。

 要するにですね。
 義弟のクシャル王子なんですけど、かわいいんです。
 私も暇を持て余してましたから、誰かの相手をするのは楽しかったです。
 毎日毎日。「おねえさま、おねえさま」といいながらまとわりついてくる義弟と暮らすのは、ちょっと鬱陶しいと思わなくもなかったですけど。

 そうして約1ヶ月間。わたくはクシャル王子と楽しく生活いたしましたが、その間、陛下からの連絡はなにもございませんでした。
 執事さんはどこかと連絡を取り合っているようでしたが、私には関係のないことでしょう。
 別れ際。

「おせわになりました、おねえさま」

 泣きそうな顔で別れをつげた義弟に、私も泣きそうになりました。
 で、それからはなにもなく、3年の年月が流れました。
 23歳になった私は、未だ、旦那さまに会ったことがありません。
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