上 下
87 / 111
第三章

86話

しおりを挟む
 私は、生まれて初めて暗殺を行いました。
 私を密かに殺そうとした卑怯者とその家族ではありますが、不意を突いて抵抗できない状況で殺したのです。
 とても苦い思いをするかと思っていましたが、私の心には全くなんの感情も浮かんできませんでした。

 それを心が強くなったといっていいのか、それとも心が壊れてしまったといった方がいいのか、私にはわかりません。
 でも一つだけはっきりしていることがあります。
 暗殺は初めてですが、襲ってきた敵を殺すのは初めてではないのです。
 絆を結んでいたムク達が、私を護るために命がけで戦ってくれていた時に、幾人幾十人もの人間を殺しています。
 その時には、私を護ろうとするムク達の人間に対する怒りの感情の方が、私にはとても強く、人を殺すたびにむしろ喜びの心が沸き上がっていました。

 魔獣を狩っていた時には、ムク達は私のために同族である魔犬達を襲い殺していたこともあるのです。
 それを考えれば、私が私を殺そうとした人間に報復して殺す事は、心を乱すようなことではありません。

 ですが心配なこともあります。
 私は人の心から離れて行っているのかもしれないという事です。
 人よりも魔犬に近い心に持ちようになっているのかもしれません。
 それに加えて、もっと獰猛な魔虎とも絆を結びました。
 四人もの中級精霊と絆を結びました。
 彼らにとって人間など塵芥のような存在なのかも知れません。

 だからなのかもしれません。
 あれほど恋焦がれ毎夜夢見ていた王太子殿下のことを、全くぜんぜん夢に見ないようになりました。
 王太子殿下のことを思い出しても、胸が痛くなることがなくなりました。
 いえ、それどころか、思い出すことすらなくなってきました。

 そんなことよりも、デビルイン城に残してきた魔犬達。
 特に子魔犬達のことが気になって仕方ありません。
 むしろ子魔犬達を夢見て枕を涙で濡らすほどです。
 心から溢れ出るのは子魔犬達に対する母性です。
 王太子殿下に対する恋心など、もう私の心のどこにもありません。

「リリアン、どうしても王都に戻らなければいけないかしら?」

「今回の襲撃で顔に大きく醜い火傷を負ったと報告して、治療のために領地に戻ることも可能ではございますが、あの王太子殿下のことですから、必ず治療のために王家の侍医や魔法使いを使わしてくることでしょう。
 それらの方々を騙すのは難しいかと思われます」

「そうね、それも面倒ですね」

「御嬢様は王太子殿下にお会いしたくないのですか?」

「ええ、もうお会いしたいとは思っていません。
 なぜあれほど恋焦がれていたのか、今では全く分かりません」

「ではむしろ王都に行かれて、そのお気持ちを正直に申し上げればいいのではありませんか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮
恋愛
こちらの話は、『あなたの愛など要りません』の外伝となります。 メインキャラクターの一人、ランスロットの恋のお話です。 「女性は、花に似ていると思うんだ。水をやる様に愛情を注ぎ、大切に守り慈しむ。すると更に女性は美しく咲き誇るんだ」 そうランスロットに話したのは、ずっと側で自分と母を守ってくれていた叔父だった。 12歳という若さで、武の名門バームガウラス公爵家当主の座に着いたランスロット。 愛人宅に入り浸りの実父と訣別し、愛する母を守る道を選んだあの日から6年。 18歳になったランスロットに、ある令嬢との出会いが訪れる。 自分は、母を無視し続けた実父の様になるのではないか。 それとも、ずっと母を支え続けた叔父の様になれるのだろうか。 自分だけの花を見つける日が来る事を思いながら、それでもランスロットの心は不安に揺れた。 だが、そんな迷いや不安は一瞬で消える。 ヴィオレッタという少女の不遇を目の当たりにした時に ーーー 守りたい、助けたい、彼女にずっと笑っていてほしい。 ヴィオレッタの為に奔走するランスロットは、自分の内にあるこの感情が恋だとまだ気づかない。 ※ なろうさんでも連載しています

伯爵令嬢の家庭教師はじめました - 乙女ゲーム世界へ転生したと思ったけれどなにか違う気がする……?

大漁とろ
ファンタジー
ここは本当にあのゲームの世界なの――? 十五歳の誕生日の朝、突如前世を思い出したシャルティーナ。 どうやらこの世界は、前世の『わたし』が遊んだ乙女ゲームの中らしい。 だけど、ゲーム開始時と違う時間、違う設定、違う状況。 悪役として立ちはだかるはずの伯爵家令嬢は、年齢も、周囲の環境も違っていた。 記憶にある状況や設定と少しずつ変化している世界。何故――? 幼い令嬢を救い出し、友を助けるため、堅実に着実に己の力を発揮していくシャルティーナ。 異世界転生。悪役令嬢救出。主人公補正なんてほんの僅か。あるのは記憶と知識だけ。 それでも友達を、家族を、思い人を、大切な人々を、持てる力で懸命に守り抜いていく少女の物語。 ※ノベルアッププラス、小説家になろうでも連載中です※

星屑のレミニセンス

J
ライト文芸
写真と短編小説集

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

拗らせ王子は悪役令嬢を溺愛する。

平山美久
恋愛
処女作になります。 文章ところどころおかしいところあると思いますが完結後にゆっくり直していこうと思ってます。 最後まで楽しんでもらえたら幸いです。 *大変申し訳ございませんが サラのストーリーは 別のタイトルとして今後連載予定になりますので 拗らせ王子は一度完結になります。

裏切られ追放されたけど…精霊様がついてきました。

京月
恋愛
 精霊の力を宿したペンダント。  アンネは婚約者のジーク、商人のカマダル、友人のパナに裏切られ、ペンダントを奪われ、追放されてしまった。  1人で泣いているアンネ。 「どうして泣いているの?」  あれ?何でここに精霊様がいるの? ※5話完結です。(もう書き終わってます)    

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

処理中です...