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第1章

第24話:鮨と水炊き

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1年目の夏

「イチロウ様、いえ、村長、他にも海の物を美味しく食べる方法があるのですか」

 家事妖精の中でも特に料理にプライドを持つシェイマシーナが聞いて来た。
 大量のカニは2日で食べ終えてしまった。
 次はエビが食べたかったが、魚の方を早く食べなければいけない。

 海に住むエビでも、少しの日数なら陸の上で生かす事ができる。
 俺が幼い頃は冷蔵装置がまだ広がっていなかった。
 だからエビは木箱にオガクズを入れて運んでいた。

 エビの胸にたっぷりの水を含ませる。
 保湿性の高いオガクズをたくさん入れて、死なない程度の低温にする。

 これで死なさずに長距離輸送ができる。
 海から遠く離れた地でも生きたエビが食べられる。

 人間の国から買った魚や貝の多くは、冷凍して保存している。
 冷凍保存しなければいけないくらい大量に買い集めてくれた。
 それができるくらいメンやアサが高く売れていた。

 ただ、できれば魚や貝は冷凍せずに食べたい。
 だから傷まない内に食べられる量は、凍らないギリギリの低温保存していた。
 それができるだけの魔術を、妖精たちが使えた。

「ああ、あるぞ、普通に塩を振って焼いて食べても美味い。
 炭火で焼けば燻製のようになって更に美味くなる。
 以前食べたイノシシ魔獣のように、西京みそに漬けて食べも美味い。
 何より美味しいのは、生のまま食べる事だ」

「生ですって?!」
 
 シェイマシーナが絶叫した。

「いや、いくら村長の言う事でも信じられない」

 試食試飲のいう名の宴会に参加しようとしていたサ・リも否定的だ。

「村長、海の魚にも川の魚にも寄生虫がいます。
 しっかり焼くか煮るかしないとお腹をこわしてしまいます。
 最悪の場合は死んでしまうのですよ」

 聖女のジャンヌも否定してきた。
 そう、酒豪でもなく猛者でもなく聖女のジャンヌだ。

「ジャンヌは飲んだら死んでしまうような水も浄化できるよな?」

「はい、私の浄化の力は、聖女の中でも優れていますわ」

 ジャンヌが自信をもって答えてくれる。

「だったら寄生虫も取り除けるのではないか?」

「……そんな使い方は考えた事もありませんでした」

「美味しく食べるために、生で食べようとは思わなかったのか?」

「肉でも野菜でも生で食べる事などありませんでした。
 燃料になる材木や炭を買えない人が、生で食べて苦しむのを見ていましたから」

 そうか、この世界で生で食べるのは、美味しく食べる為ではないのか。
 お金がなくて煮る事も焼く事もできないから生で食べるのか。

「だったら浄化をして、生で食べられるようになるか試してくれ。
 試食は俺が責任をもってやる」

「ダメだ、絶対にダメだ、村長に危険な事はさせられん!」

 エンシェントドワーフのヴァルタルがもの凄く怒った。

「村長、自分が大切な身体だと言う事を忘れないでください!」

 家事妖精、いや、もう料理妖精といった方が良いな。
 料理妖精のシェイマシーナにも怒られてしまった。

「私が代わりに試食しても良いよ」

 金猿獣人族のサ・リが言ってくれるが、食べたい物のために、自分がやりたい事のために、他人に危険なマネはさせられない。

「いや、サ・リにそんな事はさせられない」

「「「「「わん、わん、わん」」」」」

 ずっと黙って側にいてくれたキンモウコウたちが、自分がやると言ってくれる。
 野生で暮らしていたキンモウコウなら腐った肉でも平気で食べるだろう。
 病原菌に対する抵抗力も群れで共有しているだろう。

 だからといって、モルモットのように試食させようとは思わない。
 そんな事をさせるくらいなら、魚を生で食べるのは諦める。
 理由が酒のためとはいえ、心から心配してくれているのを無視できない。

「分かったよ、みんなを心配させるような事はしない。
 魚を生で食べるのは諦める。
 しっかり焼くか煮るか揚げるから、心配しないでくれ」

 それがそう言うと、みんなの表情がやわらかくなった。
 心から真剣に心配してくれていたのだろう、お酒の事を。

「じゃあこれを焼いてくれ、生で食べられるくらい新鮮なスズキは、塩焼きにしてもとても美味しいんだ」

 この世界と日本では季節や旬が違うのかもしれないが、夏の魚といえば、スズキ、マゴチ、キス、ゴマサバ、アユだ。

「そうなのですね!」

 シェイマシーナが感心してくれる。
 どの神様が与えてくれたかは分からないが、翻訳のギフトはとても便利だ。
 俺の知る魚の名前とこの世界の魚をヒモづけてくれる。

 カニの時と同じように、俺の知るスズキやマゴチよりも5倍は大きいが、食べるために奪う命が少なくなると思えば、むしろありがたい話だ。

 カニと同じなら、大きいからといって大味ではないだろう。
 むしろ日本で食べていた魚よりも美味しいかもしれない。

「スズキは食べやすい大きさに切って塩焼きにするのが美味しい。
 食べる時にしょう油を使っても好いし、ユズやスダチを絞っても好い」

「はい、試してみます」

「このマゴチは、野菜と一緒に水炊きにすると美味しい」

「水炊きですか?
 スープにするのとは違うのですか?」

「そうか、これまでは塩を入れて煮て食べるだけだったのか?」

「他にどうやって、水で煮て食べるのですか?
 香辛料や香草を入れて煮るのですか?
 多少の野菜や香草は入れていました」

 水炊きが自動翻訳されないのは、この世界に水炊きが無いからだろう。

「昆布や魚の骨で出汁を取り、出汁の美味しさで煮た魚と野菜をタレで食べる。
 タレはしょう油と果汁を合わせた物、ゴマを細かくすって味付けした物だ」

「……味が想像できません」

「そうか、だったら俺が作って見せるから、マネしてみろ」

「「「「「はい」」」」」

 集まっていた料理妖精たちが元気よく返事してくれた。
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