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第1章

第9話:商業ギルドマスターの失態

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 軍事大国にある商業ギルドというのは、常識がないのか?
 俺が思っている常識が、この世界の常識と違っているのか?
 謀略や駆け引きではなく、金や権力を使った商売が多いのかもしれない。

「俺を人目のない所に連れて行って殺す気か?」

「な! とんでもありません、そんな事は考えていません!」

「これだけもめた相手に、人目のない所で詫びると言って信じる訳がないだろう。
 俺は国の兵士が護衛につく立場だぞ、謀殺の危険は嫌というほど知っている。
 さっき連れて来ると言っておいて、人目のない所に来いだと、舐めているのか?!
 もういい、帰る、タリファ王国に帰って家とギルドに交渉させる!」

「お待ちください、どうか、どうかお待ちください、今度こそ連れてきます。
 今直ぐマスターを連れてきますから、私がいない間に帰らないでください!
 お願いします、お願いしますから、いなくならないでください!」

 受付責任者は死にそうな表情になって駆けて行った。
 今度こそマスターを連れて来るだろう。

 もし、これでも足を運ばないようなマスターなら、無能極まりない。
 この商業ギルドの会員にはならない方が良い。
 この商業ギルドの割符を持っているなら、今直ぐ売り払わないといけない。

「あのう、今のも交渉の技ですか?」

 また見張りの兵士が聞いてきた。

「ええ、そうですよ、相手の有利な場所で戦う騎士や兵士はいないでしょう?
 貴男も戦う時は、自分で場所を選べるなら、有利な場所を選ぶでしょう?
 向こうが呼び出した場所で交渉するなんて、馬鹿のやる事です。
 少なくとも兵士の貴男がいる場所、できれば他の商人のいる場所で交渉する。
 何より、商業ギルドのマスターが責任を感じて一階まで降りて来た。
 その事を他の商人達に広めさせるのです。
 この場で得られる金銭的な利益以上の、高い評判を手に入れられます」

 商人達に聞こえない小声で兵士に話した。

「……俺達兵士には縁のない話ですが、騎士様達には大切ですか?」

「ええ、とても大切ですよ、特に実家が商売をしている貴族なら、死活問題です」

「この話も隊長や団長に話して良いですか?」

 言葉遣いが完全に下の者になっている。

「ええ、良いですよ、僕には何の裏もありませんから」

 兵士と話している間に、受付の奥から受付責任者と太った老人がやってきた。
 普通に考えれば商業ギルドのマスターだが、この期に及んで副ギルドマスターが出てきたんじゃないよな?

「王都商業ギルドマスターのベルントと申します」

 ベルントと名乗った商業ギルドのマスターは、奥から出てきた時から、笑顔に隠された鋭い目で状況を確認していた。

 俺はもちろん見張りについている兵士。
 今後の成り行きを知ろうと受付周辺に残っている商人達をチェックしている。

「この度は言い訳のしようのない失敗をしてしまいました。
 お客様の主張、商業ギルドの規約に従った賠償は当然の事でございます」

 老練なベルントは話しながら周囲の反応をうかがっている。
 その反応によって賠償額を値切るつもりだとしか思えない。
 商業ギルドのマスターを務めるほどの者なら当然だが、腹は立つ。

「何か他に疑念や腹立たしい事はありますか?」

 賠償額を明言せずに俺に話をさせようとしやがる。

「余計な事はいい、規約通りなら幾らの賠償金を払うのか明言してくれ。
 俺は護衛される立場で、早く戻らないといけないんだ。
 賠償金を値切る気でいるのなら、王都警備隊の隊長と団長に来てもらう。
 彼らに余計な心配をかける訳にはいかない」

「待ってください! 王都警備隊の隊長と団長を呼ぶのだけは止めてください!」

 ベルントが悲鳴のような声で言った。

「だったら、今直ぐ商業ギルドの規約書を見せて賠償金を払ってくれ。
 護衛の兵士に確認してもらったうえで、二人で受け取りにサインする」

「え?! 護衛の兵士と一緒に受け取りにサインですか?」

「当たり前だろう、兵士は護衛任務中なのだぞ。
 お前達のせいで、予定以上の長時間ここにいるんだ。
 ちゃんと商業ギルドの横暴から護ってくれていた証明、遊び惚けていたんじゃないという証拠に、サインしてもらう!」

「分かりました、私が時間稼ぎをしている事も、値引き交渉の情報を引き出そうとしているのも、分かっておられるのですね?」

「商業ギルドを利用しているのだ、それくらい分かって当然だろう。
 商業ギルドの会員なら、ギルドの講義で最低限の知識を得ている。
 それとも、ここは会員を馬鹿のままにして搾取しているのか?」

「商業ギルドも、拠点としている場所によってお国柄がでます。
 商人の常識も国によって違います。
 この国は弱肉強食、ギルドが知識を与えるのではなく、自分で手に入れるのです」

「そうか、商業ギルドと言っても全部経営者が違うから、方針も違うだろう。
 その常識の違いを言い立てて、他国の商人を騙す商業ギルドがあると言う事だな。
 もういい、もう余計な話は良いから、早く賠償金を用意してくれ。
 俺の知っている賠償金三倍の規約も、タリファ王国だけだと言うのか?」

「いえ、そんな事は申しません、確かに三倍で間違いありません。
 今直ぐ用意させていただきますので、もうしばらくだけお待ちください。
 お待ちいただく間に話をさせていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」

「構いませんよ、時間稼ぎでなければね」

「もうそのような事はしません、ただ、額が額なので、少しだけお待ちください」

「そうかい、大した額ではないけどね」

「ほう、もっと多くの財産をタリファ王国に持っておられる?」

「さあな、好きに想像してくれ、まだか?」

「おい、何をしている、急げ、これ以上無礼を重ねるな!
 もうしばらくかかるようですので、申し訳ないのですがお待ちください。
 それで、元々はどういう理由でこの国に来られたのです?」

「商売を広げようとしただけさ」

「それは、この国で商売されると言う事ですか?」

「そうだが、何か問題があるのか?」

「はい、ございます、商業ギルドの会員でない者は、この国で商売ができません」

「別に構わないよ、信用できないギルドに加わって商売するほど危険な事はない。
 商売を広げると言っても、この国でなければいけない訳じゃない。
 ソトグランデ王国かトレグアディアロ王国で商売をすれば良いだけだ。
 西の良い商品がそろえれば、この国の商人が買いに来る。
 この国ほどではないが、マニルバ王国とエステボナ王国も栄えている。
 西の強力な武器を運べば高値で買ってくれる」

「……そうですか……今回は縁がなかったのでしょう」

「マスター、お金の用意ができました」

 受付責任者が別の幹部であろう職員とお金を運んできた。
 恐らくだが、財務か金庫を預かる幹部なのだろう。

「額をお確かめください」

 さすがにここで割符の金額を言うような非常識な真似はしないな。
 俺に対する配慮ではなく、聞き耳を立てている会員が受ける印象を、これ以上悪くしたくないのだろう。

「確かに間違いなく三倍の賠償金です。
 では、規約通り元の割符を渡します、確かめてください」

 割符額面の三倍を賠償してもらったら、元の割符を渡す規約だ。

「確かに、間違いなくタリファ王国王都商業ギルドが発行した割符だ。
 まあ、今回のような不幸な出来事がなかったとしても、商業ギルドの親方株を持つ者の賛同がなければ、商業ギルドの会員になる事はできません。
 結局はタリファ王国に戻るか、中途半端な弱小国で商売していたでしょう」

 だけど、嫌みを言う事だけは我慢できないようだ。
 予想外に莫大な利益を手に入れられたから、嫌みくらい聞き流しても良いのだが。

「では、冒険者ギルドの方について来て下さい。
 冒険者ギルドの割符も持っているので、引き出すついでに会員登録します。
 冒険者ギルドの会員なら、狩った素材を自由に売買できますから」

 俺は見張りの兵士に話しかけるように、商業ギルドのマスターに聞かせた。
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