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65話

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「ほら、ベン、これはできる?」

 カチュアがベンの目の前で水を創りだす。
 補助魔法や生活魔法の一種だが、結構難しいし、生活を劇的に変える魔法。
 水の乏しい荒地でも、この魔法が使えれば最低限の耕作が可能になる。
 商人ならば、荒地や砂漠を走破して商品を届けられる。
 冒険者や狩人なら、水を携帯しなくてよくなり、連日の狩りが可能になる。
 軍隊の行軍力、行動範囲が劇的に変わる。

「ママ、ママ、だぁああ」

 ベンが見ただけで同じ魔法を再現する。
 カチュアほどではないが、結構な大きさの水球が創り出されている。
 こんな水球をぶつけられたり、水球に包まれたりしたら、命に係わる。
 それくらい大きな水球を、一歳児のベンが創り出してしまう。
 善悪の判断ができない幼児に魔法を教える事は、とても危険な事だった。
 
「皇帝陛下、いかがいたしましょうか?」

「常時魔術師を配置するんだ」

「承りました」

 後宮総取締マリアムは、即座に皇帝アレサンドに正式な質問をした。
 内々で行えるような事ではないのだ。
 善悪の判断ができない幼児の皇子が、何の罪の意識もなく、側に仕える者達を殺してしまうかもしれないのだ。
 完全に魔法を教えるのを中止するのか、何らかの防止策を講じてでも魔法を教え続けるのか、後の皇国の行く末さえ変えかねない大問題なのだ。

 そのような重大事だが、相談できる人間は極端に限られる。
 まず虎獣人族の側近忠臣重臣には相談できない。
 ベン皇子とリドル皇子の暗殺リスクが跳ね上がる。
 最悪カチュア皇后まで狙われかねない。
 そんな事件が起こった場合の皇帝の激怒と報復を考えれば、絶対に秘密裏に相談しなければいけない事だった。

 アレサンドは皇帝として判断し決断した。
 カチュアのつがいとして全く影響を受けていないわけではないが、カチュアがまた妊娠した事で、ある程度公平な判断が下せるようになっていた。
 目的は、虎獣人族の総合力を向上させる事と、皇国の支配体制の構築だった。

 少数民族の虎獣人族が皇国を支配していくには、虎獣人族の能力向上が欠かせないとアレサンドは考えていた。
 個々の能力を絶対視しているアレサンドには、虎獣人族が純血種でなければいけないという考えはない。
 人族との混血であろうと、個体能力さえ優れていれば、混血のベン皇子とリドル皇子が皇帝に戴冠しても構わないと考えていた。

 そこに、ベン皇子かリドル皇子が皇帝を継承すれば、カチュアが喜ぶだろうという考えが浮かび、普通なら放任していたであろうこの問題を、女性魔術師団を総動員してベン皇子の暴走を防ぐことにしたのだ。
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