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22話

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「あ・え・い・う・え・お」

「ワン、ワン、ワン、ワン、ワン、ワン」

 後宮内によろこびの声が聞こえだした。
 カチュアの発声練習にあわせて、子犬、レオが同じ音階で鳴く。
 生きる歓びが隅々に宿る、聞く者が幸せな気分になる声だった。
 その声をウィントン大公アレサンドがうっとりと聞いている。
 練習の合間に、レオがカチュアの顔を舐めるたびに、アレサンドの眉間にしわが寄るのは御愛嬌だ。

 カチュアには人間の指導者がついてリハビリが行われていた。
 舌は再生されたが、直ぐに元通りに使えるわけではない。
 失う前と同じ能力を完全に取り戻すには、相当な努力が必要だった。
 普通なら辛いリハビリなのだが、カチュアにはとても幸せな時間だった。
 マクリンナット公爵家にいた時とは全く違って、自分を傷つけるモノが誰一人いないのだ。

 なかには探るような眼のモノもいるし、敵を向けるモノもいたのだが、そんなモノはレオが逸早く見つけ出して吠え、アレサンドに即日排除される。
 アレサンドは苦々しい顔をしているが、決してレオに暴力を振るわない。
 レオもアレサンドが後宮に来ると嫌そうな顔をするが、もう全く吼えない。
 吠えないどころか、時にカチュアの膝から降りて、カチュアの隣を前脚でトントンと叩く事すらある。

 その時のアレサンドの顔つきは見もので、途轍もなく苦い薬を飲んだ時のような、まさな、苦虫を噛み潰した時のような顔だ。
 乳母マリアムはもちろん、新たにカチュアに仕えることになったアンネも、数多くいる侍女達も、吹き出しそうになるのを必死でこらえている。
 我慢できない侍女などは、慌てて別の部屋に飛び込むくらいだった。

 アレサンドも嫌々ながら、本当に嫌々ながら、レオを認めていた。
 認めざるを得なかった。
 アレサンドといえども、つがいの呪縛が現れていな時は、長年仕えてくれている家臣や有力貴族を邪険には扱えない。
 彼らが送り込んできた侍女を、密偵とは分かっていても排除できない。
 つがいの呪縛が現れている時は、問答無用で殺せるのだが。

 だがレオにはそんな忖度が一切ない。
 一度でも、ほんのわずかでも、敵意や邪念をカチュアに向けたモノは、全く容赦せずに吠えたてる。
 そうなればアレサンドも忠臣や有力貴族に遠慮せずに排除することができる。

 そんなレオだが、アレサンドとカチュアの同衾は認めてくれない。
 多少ぎこちなくアレサンドがカチュアを誘ったことがあるのだが、カチュアにはよく理解できなかったようだ。

 そしてその気まずい瞬間に、レオが吼えると覚悟したアレサンドだったが、吠えられるのではなく、前足でつま先をトントンされてしまった。
 アレサンドはあまりの恥ずかしさに真っ赤になり、多くの侍女がその場で吹き出してしまった。

 その後でレオは、カチュアとアレサンド誘ってトコトコと歩いて後宮内の教会に連れて行き、婚前交渉を駄目だししていた。
 あまりの恥ずかしさに、アレサンドはその場に穴を掘って入りたい心境だった。
 マリアムとアンネもさすがに我慢できずにその場で吹き出していた。
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