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「カチュア。
 貴女は今日からアメリアです。
 二度とカチュアと名乗ってはならぬ!」

「……」

 カチュアは返事しなかった。
 いや、返事することができなかった。
 下手に返事すれば、歯や鼻の骨が折れるほど殴られるのだ。
 その表現も正しくはない。
 返事をしなくて殴られる。
 何をどうしようと、何もしなくても、殴る蹴るの暴行を受けるのだ。

「ふん!
 返事をしないつもり?
 生意気な!
 喋らないモノに舌は不要ね。
 余計な事を喋られても困るわね。
 これは虐待ではないわ。
 国防上必要な事よ。
 ねえ、ジョエル王太子殿下」

 マクリンナット公爵夫人ネーラが、夫の公爵を差し置いて、全ての指示を出す。
 居並ぶ廷臣の中には眉をひそめる者もいるが、王太子ジョエルがマクリンナット公爵令嬢アメリアに籠絡されており、何も口に出せない状態だった。
 いや、王太子だけならまだどうにかなったが、ノエル国王までマクリンナット公爵夫人ネーラと不義密通状態にあり、意のままに操られているという噂が流れていては、我が身可愛さに諌言できなかった。

「そう、だな。
 国防上しかたない事だな。
 やれ、カチュアの舌を斬り落とせ!」

 マクリンナット公爵家の長女カチュアは、両親から激しい虐待を受けて育った。
 とは言っても、母親は血のつながった実の母親ではない。
 今の母親ネーラは後妻で、公爵ルイスを誑かし、カチュアの実母ミレーナを毒殺して、公爵夫人の座を手に入れていた。

 そんな極悪非道なネーラが後妻に入って、カチュアが殺されずにすんでいるのは、ネーラの加虐心を満たすためだけだった。
 食事を与えずに餓えで苛み、使用人以下の乞食のような服しか与えずに使用人と共に嘲笑い、躾という言い訳の元に死ぬ直前まで暴行を繰り返していた。

 王宮などに連れて行かなければいけない場合だけ、治癒魔法で体裁を整え、屋敷に戻ればまた死の直前まで暴行を加えていた。
 無限地獄のような生活は、ネーラが後妻に入ってからづっと続いていた。
 何度か自殺を図ったが、死ぬことも許されなかった。
 そんな虐待を、実の父親であるマクリンナット公爵ルイスは、酒を飲みながらニタニタと笑って見ていた。

 だがそんな生き地獄も、終わるときがやってきた。
 マクリンナット公爵家どころか、リングストン王国全体を圧迫する獣人の強国ウィントン大公国が、リングストン王国一の美女マクリンナット公爵令嬢アメリアを嫁によこせと言ってきたのだ。

 だが極悪非道なミレーナが、そのような条件を受け入れるはずがなかった。
 カチュアとは真逆に、舐めるように可愛がり、好き勝手我儘放題に育てた、ネーラそっくりの極悪非道に育った実の娘、アメリアを手放すはずがなかったのだ。
 ネーラはカチュアを身代わりに送り込むことにした。
 絶対にカチュアであることを明かせないように、いや、何もしゃべれないように、舌を切り取ってしまったのだ。
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