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第4話追放35日目の出来事1
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「アリス。
そんなに急いでは転倒してしまうよ。
もっとゆっくり歩きなさい」
「大丈夫でございます、テーベ様。
テーベ様のお陰で、日に日に体調がよくなっております。
ほらこの通り、背中が伸び、手足も震えなくなっております」
草木一本生えない、荒れ果てた聖地を領地にもらったアリスだったが、普通は健康な男が急いでも、馬車で王都から百日はかかる遠い場所だ。
それが御者と護衛が不眠不休で馬を操り、駅舎ごとに馬を変えたとはいえ、普通なら馬が潰れるような強行軍で聖地にたどりついた。
それが可能だったのは、アリスを助けたテーベと名乗る男の魔術だった。
その魔術は信じられないモノで、今迄どれほど高名な魔導士が挑んでも不可能だった、聖地の緑化に成功していた。
本来なら草木一本生えていないはずの聖地に、世界樹と見まごうばかりの巨木が生い茂り、小鳥がさえずり、虫が美しく音を奏でていた。
そして森の所々に草原が広がり、多くの香りと色彩に彩られた草花の絨毯が広がる、百花繚乱の状態だった。
アリスはその花の絨毯を精一杯の速さで歩いていた。
まだ走る事はできないものの、婚約を破棄された時とは比べものにならないくらい、身体の調子がよかった。
常時悩まされていた耳鳴りも、常に流れていた鼻水も、眠れなくなるくらい苦痛だった全ての関節の痛みも、嘘のようになくなっていた。
それを愉しまずにはおられなかった。
治してくれたテーベに心から感謝していた。
テーベは信じられない治療をしてくれた。
固形物どころか、水分さえ飲めばむせる状態だったアリスのために、毎日何度も口移しでスープと水薬を飲ませてくれたのだ。
内臓の機能が低下して、常に便臭が漂う口を、躊躇することなく口づけして、むせかえらないように優しく口移しで飲ませてくれるのだ。
カサカサになり、所々皮がむけ、血まで流れている唇に、愛おしそうに指で軟膏を塗ってくれるのだ。
いや、唇だけでなく、身体中に優しく軟膏を塗ってくれるのだ。
見た目は七十を越えた老婆のようでも、中身は十七歳の乙女だ。
羞恥で逃げ出しそうになるアリスに、優しくささやいてくれるのだ。
「今日までよく頑張ったね。
もう頑張らなくていいからね。
私の事は男だとは思わないで欲しい。
アリスの父親だと思ってくれればいい。
今迄は誰にも甘えられず、ひとり頑張ってきただろうけれど、これからは私に甘えてくれればいいのだよ」
アリスは号泣した。
誰も見ていなかったが、見ていたとしても誰憚ることなく泣いただろう。
アリスは泣いて泣いて泣き続けた。
身体に溜まった恨みと憎しみを、全て身体から追い出す勢いで泣き続けた。
そしてテーゼに恋をした。
とても父とは思えなかった。
そんなに急いでは転倒してしまうよ。
もっとゆっくり歩きなさい」
「大丈夫でございます、テーベ様。
テーベ様のお陰で、日に日に体調がよくなっております。
ほらこの通り、背中が伸び、手足も震えなくなっております」
草木一本生えない、荒れ果てた聖地を領地にもらったアリスだったが、普通は健康な男が急いでも、馬車で王都から百日はかかる遠い場所だ。
それが御者と護衛が不眠不休で馬を操り、駅舎ごとに馬を変えたとはいえ、普通なら馬が潰れるような強行軍で聖地にたどりついた。
それが可能だったのは、アリスを助けたテーベと名乗る男の魔術だった。
その魔術は信じられないモノで、今迄どれほど高名な魔導士が挑んでも不可能だった、聖地の緑化に成功していた。
本来なら草木一本生えていないはずの聖地に、世界樹と見まごうばかりの巨木が生い茂り、小鳥がさえずり、虫が美しく音を奏でていた。
そして森の所々に草原が広がり、多くの香りと色彩に彩られた草花の絨毯が広がる、百花繚乱の状態だった。
アリスはその花の絨毯を精一杯の速さで歩いていた。
まだ走る事はできないものの、婚約を破棄された時とは比べものにならないくらい、身体の調子がよかった。
常時悩まされていた耳鳴りも、常に流れていた鼻水も、眠れなくなるくらい苦痛だった全ての関節の痛みも、嘘のようになくなっていた。
それを愉しまずにはおられなかった。
治してくれたテーベに心から感謝していた。
テーベは信じられない治療をしてくれた。
固形物どころか、水分さえ飲めばむせる状態だったアリスのために、毎日何度も口移しでスープと水薬を飲ませてくれたのだ。
内臓の機能が低下して、常に便臭が漂う口を、躊躇することなく口づけして、むせかえらないように優しく口移しで飲ませてくれるのだ。
カサカサになり、所々皮がむけ、血まで流れている唇に、愛おしそうに指で軟膏を塗ってくれるのだ。
いや、唇だけでなく、身体中に優しく軟膏を塗ってくれるのだ。
見た目は七十を越えた老婆のようでも、中身は十七歳の乙女だ。
羞恥で逃げ出しそうになるアリスに、優しくささやいてくれるのだ。
「今日までよく頑張ったね。
もう頑張らなくていいからね。
私の事は男だとは思わないで欲しい。
アリスの父親だと思ってくれればいい。
今迄は誰にも甘えられず、ひとり頑張ってきただろうけれど、これからは私に甘えてくれればいいのだよ」
アリスは号泣した。
誰も見ていなかったが、見ていたとしても誰憚ることなく泣いただろう。
アリスは泣いて泣いて泣き続けた。
身体に溜まった恨みと憎しみを、全て身体から追い出す勢いで泣き続けた。
そしてテーゼに恋をした。
とても父とは思えなかった。
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