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第一章

第60話:併吞

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皇紀2222年・王歴226年・晩夏・トリムレストン城

 俺はトリムレストン子爵家が判断を誤るように、外征に使える全軍四万五千を率いてバーリー地方に移動した。
 外征の目的は、アザエル教団の激しい侵攻に領地の三分の二を失ったゴーマンストン子爵家を滅ぼし、その勢いでアザエル教団も殲滅して四地方を制圧するという、普通では信じられないような内容だった。
 それを成し遂げるために必要な偽情報を、プランケット地方だけでなく支配領域の全てに流したのだ。

 だがトリムレストン子爵は、自分達を家臣扱いしていたエクセター侯爵家を滅ぼし、その勢いで俺が外征している隙をついて、俺の本拠地まで制圧する気になった。
 そうなればプランケット地方のほぼ全てを制圧した大領主に成れる。
 俺がアザエル教団を滅ぼして四地方を支配下に置くには、最短でも四年は遠征に出たままになると考えて、俺が本拠地を放棄したと思い込んだのだろう。
 自分の願いが叶えられる機会を前にして、欲望に歪んでしまった自分の妄想を、正確な情報だと思い込んでしまったのだ。

 俺との戦いで、拭い難い恐怖感を深層心理に刷り込まれたジェイデンは、憶病にも命惜しさにアフリマン影衆の城に逃亡した。
 ヴェイン騎士家を盟主としたエクセター侯爵家の騎士達だったが、勢いに乗るトリムレストン子爵軍には抗しきれなかった。
 ここでもしジェイデンが命懸けでトリムレストン子爵軍に向かって行っていたら、頼りがいのある主君として父殺し当主殺しが許されたかもしれなかったのに。

 どの騎士家も、自分達を護ってくれる頼りがいのある盟主を求めているのだ。
 自分達を滅ぼそうとする敵から護ってくれる、強い盟主を求めているのだ。
 自分達を護ってくれるのなら、血筋や爵位など何でもいいのだ。
 騎士家の当主にも、絶対に護りたい大切な家族や領民がいるのだから。
 だから俺は、そんな状況を作り出して、颯爽と救いに現れた。

 ゴーマンストン子爵領に攻め込むと見せかけて、ゴーマンストン子爵家から奪い取った良港からトリムレストン子爵領に続く街道を使った。
 この街道はトリムレストン子爵領の中央を分断するように伸びている。
 平時はトリムレストン子爵家に富をもたらしてくれる重要な街道だ。
 だが俺から見れば、トリムレストン子爵家を滅ぼすのに最適の侵攻路だった。

 俺の侵攻と同時に、本拠地に残していた軍も北上する姿勢を示した。
 俺の侵攻で分断されたトリムレストン子爵家の残存兵力が、俺を追撃しないようにするための別動隊だ。
 彼らが牽制してくれたお陰で、俺の本軍は余裕を持って侵攻できた。
 トリムレストン子爵に臣従していた殆どの騎士家が、城を開いて降伏してきた。
 度重なる無理な出兵命令で、騎士達は疲弊しきっていたのだ。
 俺の領地では税が四公六民で、とても繫栄している事を直ぐ側で見ていたから。

 自分達も同じように繫栄したいとトリムレストン子爵家の騎士達は思っていた。
 俺は本軍を反転させてトリムレストン子爵の本拠地を囲んだ。
 俺がトリムレストン子爵軍とエクセター侯爵軍の戦っている現場に行き、両軍が疲弊している所を襲うと思っていた彼らは、意表を突かれて狼狽した。
 抑えの軍がいるとはいえ、背後に敵を残して侵攻するほど俺は愚かではない。
 トリムレストン子爵の本拠地守備隊は圧倒的な戦力を前にして、全く何の抵抗もせず位に降伏を申し入れてきた。

 俺は彼らが降伏を申し込んできた事を受けて、何の抵抗も受けずにトリムレストン城を囲み、圧倒的な魔力を使って睡眠魔術を放った。
 これからエレンバラ侯爵家の為に耕作してくれる民を、一人だって無駄死にさせる気はないのだ。
 だが同時に、いつ裏切るか分からない人間を野放しにもしない。
 トリムレストン子爵家の魔力持ちだけ拘束して、魔力を搾り取れればそれでいい。

「トリムレストン城を落として領主一族は捕らえた、このままエクセター侯爵領に侵攻して、戦っている両軍の兵士を捕虜にする、ひと眠りしたら追撃するぞ」

「「「「「おう」」」」」
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