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第一章

第55話:婚姻政策

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皇紀2222年・王歴226年・早春・ロスリン城

「実は姉上からハリー殿の正室を選んで欲しいと頼まれていたのです。
 最初はハリー殿がとても力を持った王国男爵と言う条件でした。
 それが王国伯爵になり、あっという間に皇国名誉侯爵となられた。
 その度に姉上の出される条件が高くなり、相手が変わっていきました。
 でも皇国名誉侯爵の間はまだよかったのです。
 選帝侯家でも公爵家でも選び放題でしたから、ですが……」

 その後の言葉を言い淀んだ叔母上の気持ちはよく分かる。
 全く権力も経済力もない皇国貴族は、権威と家柄だけしか誇るモノがない。
 だから、身分が皇国子爵に確定したエジンバラ家との婚姻は、皇国伯爵家から皇国男爵家の中から選ぶ事になる。
 皇国政府が皇帝陛下の御威光に従って、素直に俺に皇国子爵位を俺に与えたのは、成り上がっている俺に対する嫉妬心があるのだろうな。

「叔母上の言いたいことは分かりました、もう何も申されますな。
 私は別に相手がどのような立場の方でも気にしません。
 ですが相手の方が男爵令嬢や伯爵令嬢では、母上が納得されないでしょう」

 母上は俺の事をとても慈しんでくれている。
 猫可愛がりしていると言っていいくらい、溺愛してくれている。
 まだ若いうちに夫を亡くし、たった二歳の俺の成長だけを愉しみに生きてきた。
 俺も家庭内での争いを防ぐために、幼い頃から上手に甘えるようにしてきた。
 俺の結婚相手に過剰な期待をするのも、口出しするのも、しかたのない事だ。

「はい、とても御怒りになって、そのような事になるのなら、皇国子爵位を受けなくていいとまで仰られていて……」

「大丈夫ですよ、叔母上、皇帝陛下の御心を無駄にするような事はしません。
 さきほども申し上げましたが、喜んで子爵位を御受けさせていただきます」

「そうしてくれますか、ありがとうございます、ハリー殿」

「ただ、母上の御怒りもお宥めしなければいけませんので、皇国貴族令嬢との結婚話は全て断ってください」

「それでは姉上をもっと怒らせてしまうのではありませんか」

「ご心配には及びませんよ、叔母上、大丈夫です。
 このハリーが、自ら結婚相手を探しますから、お任せください。
 叔母上にお願いしたいのは、母上への説得なのです。
 母上に皇国貴族から正室を迎えるよりも、王国貴族や平民から正室を迎えた方が、家を保つ役に立つと話してもらいたいのです」

「今の話しぶりから察するに、ハリー殿は平民の娘を正室に迎える気なのですか。
 興亡の激しい王国貴族は、家を保ち血統を残すために、多くの家と婚姻を結ぶと聞いていたのですが、ハリー殿の考えは違うのですね」

「叔母上が聞かれている一般的な王国貴族の婚姻話は正しいです。
 戦力や経済力に優れた家と縁を結び、同盟を組んで敵対貴族と戦うのが王国貴族ですが、私には当てはまらないのです」

「それはどういうことなのですか」

「私はこれでも情に脆い方で、縁を結んだ家と争うのは苦手なのです。
 近隣の王国貴族を縁を結んでしまったら、その家と争う事ができなくなります。
 それでは縁を結んだ家が邪魔になっても、戦争に踏み切れなくなってしまいます。
 それよりは、とても強い魔力を持つ平民の娘を正室に迎えた方がいいのです」

「それは、とても強い魔力を持っているという噂のハリー殿が、是非とも正室に迎えたち思うほどの、強い魔力を持つ娘に心当たりがあると言う事ですか」

「はい、その通りです、叔母上。
 私に万が一の事があろうと、莫大な魔力を持つ後継者がいれば、我が家はもちろん一族一門縁者まで安泰ですぞ。
 私がここまで急激に勢力を拡大できたのは、魔力が多かったからです。
 私に何かあっても、後継者の母親に絶大な魔力があれば、何の心配もありません。
 私が叔母上を支援すれば、皇女殿下は修道院に預けられることなく、皇国貴族の家に降嫁する事ができるのではありませんか。
 ですが降嫁した後に、エジンバラ家が滅んでしまったら、どのような扱いを受けるかわかりませんぞ、叔母上。
 私の正室の家柄よりも、母親として皇女殿下の事を御考えください」

 叔母上には年頃の娘、皇国皇女殿下がおられる。
 本当なら頼まれる前に資金援助して嫁ぎ先を探すべきなのだが、やらなかった。
 こういう時のためのカードに取っておいたのだ。
 同い年の従姉妹に対して非情ではあるが、貴族としては当然の事だ。
 それに、結婚しさえすれば幸せになれる、とは限らないからな。
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