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第一章

第7話:服毒・オードリー視点

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「ありがとうございました」

「礼なんかいい、しっかり生きなさい」

 名も知らぬ人の真心が心を温かくしてくれます。
 生れてから初めてかけていただいた本当の優しさかもしれません。
 その真心に反する事は申し訳なく思います。
 ですが恨みを晴らさないではいられないのです。

 私はまず自分に与えられた屋根裏部屋に行きました。
 戻ったとは言いたくはありません。
 粗末なベットとタンスしかありません。
 そのベットも板があるだけで、パットどころか藁もシーツもありません。
 タンスも毒を乗せるためだけのモノでしょう。

「恥知らずが生きて帰ってきやがった。
 とっとと死んじまえばよかったのに」

 隣の下女が聞こえよがしに悪口を言います。
 ずっと私の心を傷つけた悪口ですが、もう気になりません。
 死を決意した私には何の意味もない言葉です。
 掃除に使う道具もなかったのでとても汚い屋根裏部屋。
 雑巾に使う端切れであろうと庶民には貴重なものです。

 今までは盗みなど誇りが許しませんでした。
 ですが死を決意して、おじさんに誇りを捨てろと言われた今なら、公爵邸のモノを盗むのも平気でやれます。
 ですが私に盗めるモノなど限られています。
 下女が使う掃除道具くらいしか盗めませんが、それが目的なので十分です。

 呪詛を成功させるために徹底的に屋根裏部屋をきれいにしました。
 その後は自分の清めです。
 井戸の冷水で手足から奇麗にしていきます。
 他に布がないので、仕方なく雑巾で手足を清めます。
 雑巾のようなドレスを脱がなくてもいい所は、井戸の側で清めてしまいます。

 屋敷からの視線を感じます。
 それはそうですよね。
 私は本職の盗賊ではないし、盗みに慣れた使用人でもありません。
 掃除道具を盗んだことも、屋根裏部屋を掃除していることも、隣りの下女から公爵家に伝わっていますよね。

 それなのに何も言ってこないのは、私が自殺すると思っているから。
 いえ、最初から自殺に追い込むために王宮に連れて行ったのでしょう。
 ですが彼らも私が呪詛しようとしている事までは知らないはずです。
 彼らが邪魔しないのなら好都合です。
 井戸の水を屋根裏部屋に持ち帰ってそこで身体中を清めます。
 流石に庭で全裸になる覚悟はありません。

 外よりは少しだけましですが、屋根裏部屋も凍り付くほど冷たく寒いです。
 そんな所で裸になって身体を井戸水で清めていると、刺すような痛みを伴う冷たさだけではなく、虐められた悔しさ哀しさが思い出されます。
 掃除をしている時や、井戸で手足をきれいにしていた時同様に、恨み重なる相手の顔を思い浮かべて、彼らに呪詛の効果がでるようにします。

 もう十分身体が清められた、憎い相手に恨みを向けることができた、そう思ったので一気に毒を飲みました。
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