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第二章

第79話:新ロベール伯爵領

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 翌朝、しっかりと食事を取ってから城塞都市ロベールの前に行った。
 昨日のうちに当番百騎長が新ロベール伯爵と話し合ってくれていた。
 だから前ロベール伯爵の子息たちに殺される可能性について考えてくれていた。

「ナミュール侯爵閣下に心配していただいている通り、閣下たちが領地から去られた途端に殺される可能性が高いです」

 新ロベール伯爵アトスは馬鹿でも楽天家でもなかった。
 ちゃんと自分が置かれている状況を理解していた。
 問題はその上でどうする気なのかだ。

「で、義父や義兄弟たちを殺す覚悟が有るのか?」

 俺の知る伯爵たちと比べると、物凄く質素な服装のアトスに聞いてみた。
 伯爵になったばかりで、娘婿相応の服装しか用意できなかったのだろう。
 これだけ見ても、義父や義兄弟たちの考えが分かる。

「そこまではできません」

 苦渋に顔を歪ませて応える。

「では黙って殺されてやるのか?」

 アトスは更に顔を歪める。
 死にたくはないが、義理とはいえ親兄弟を殺すのが嫌なのだろう。
 
「いえ、私も黙って殺されるほどお人好しではありません。
 愛する妻の為にも、生き残る努力はします」

「手を貸してやろうか?」

「……とうぜん見返りを要求されるのですよね」

 悩むような表情の後で、探るような目つきになった。

「ああ、家族を殺すにしても幽閉するにしても、与える物に相当する対価をもらう」

「城砦都市内の屋敷に幽閉する心算だったのですが、侯爵閣下が引き取ってくださるのですか?」

「俺が引き取ると言うよりは、王家に押し付ける」

 アトスの表情が一気に暗くなる。

「王家に引き渡したら、私の伯爵就任は無効だと訴えるでしょう」

「その心配はいらない、伯爵殿と俺の間で軍事同盟を結べばいい」

「侯爵閣下は軍事同盟と言われるが、実際には臣従させる気でしょう?」

「条件は此方に有利なものにさせてもらうが、そこまでは厳しいモノにはしない。
 精々派閥の領袖と配下くらいの差にする予定だ」

「具体的な内容を教えていただけますか?」

 俺は新ロベール伯爵アトスとしっかり話し合った。
 後で問題が起きないように細部にわたって条件を詰めた。

 この時に想像以上に役に立ってくれたのがカミーユだった。
 流石、辺境伯を支える弟として徹底的に鍛えられただけの事はある。

 本当は絶世の美女に育つはずだったのに、男として育てられた可哀想な奴だが、今はとても残念な菓子パン中毒美女になっている。
 それでも物心つく前から叩き込まれた知識は、俺の足らない所を補ってくれる。

 更にカミーユに付き従っている侍従には政治能力者が多い。
 俺と対峙しなければいけないカミーユのために、辺境伯が付けた者達だ。
 まあ、それでなくても俺にはこの世界の知識や常識がない。

 侍従だけでなく、侍女でも俺よりもこの世界この国の事をよく知っている。
 実際問題、つい最近までポルトスや女子供に助言してもらっていたくらいだ。

「では、この条件に宜しいですね?」

 俺の婚約者という偏った立場ではあるが、オセール伯爵という公式な爵位を持っているカミーユが、条約の立会人となってくれた。

 これで俺と新ロベール伯爵だけで決めた条約ではなくなる。
 この後、ネウストリア辺境伯とエノー女伯爵も軍事同盟に加わるから、王家であろうと有力貴族であろうと、文句は言えなくなるはずだ。

「ああ、構わない」
「構いません」

 新ロベール伯爵アトスの表情が随分と晴れやかになった。

「では条約に従って城砦都市内に入らせていただく」

「はい、お願いします」

 アトスが決意に満ちた表情で答える。
 そのまま躊躇なく城門を管理する騎士と兵士に合図を送る。
 俺とアトスが話し合っている間、固く閉められていた城門が徐々に開かれる。

「進め」

 俺は言葉と共に手を振って合図を送った。
 アトスを城砦都市内に迎え入れるために開かれた城門に、騎士団が殺到する。

「閉めろ、直ぐに閉めろ」

 城門を預かっていた前ロベール伯爵配下の騎士が、慌てて城門を開けていた兵士に命じるが、もう後の祭りだ。

 疾風のような素早さを持つ茶魔胡狼や茶魔鬣犬の動きには及ばない。
 一頭でも城砦都市内に入られたら、誰にも敵わない。
 金片級冒険者に匹敵する騎士や兵士など、ロベール伯爵領にはいない。

 とはいえ、最初から騎士や兵士を殺す気などない。
 前伯爵と五人の子息さえ確保してしまえば、誰も抵抗しないと分かっている。

 彼らを王都に連れて行けば、アトスの配下として普通に仕えると分かっている者を殺すなど、人材の無駄殺しになってしまう。

 一度一つの城門を確保してしまえば後は簡単だ。
 よほど忠誠心を持った者か馬鹿以外は魔獣騎士団に逆らったりしない。
 問題は城塞都市の中央部にある城をどうやって攻略するかだが。

「城塞都市の城門を破られない限り、城の城門が壊れていても大丈夫だろう?」

「そうかもしれませんが、できるだけ早く修理させます」

 俺が魔術一発で城の城門を破壊した。
 時間をかけてしまったら、アトスの妻と子供が人質に取られてしまう。

 自己愛だけが全ての人間は、娘であろうと孫であろうと平気で殺す。
 まして姉妹や甥姪など塵芥のように簡単に殺す。

 そんな事になったらアトスに恨まれるだけじゃない。
 地獄の十王に悪事をしたと判断されてしまう。
 次に死ぬ時には一審で天国行きを勝ち取ると決めているのだ。

 俺達は真っ先にアトスの妻と子供を探した。
 アトスに用意させた家族の持ち物をサクラや魔獣達に嗅がせれば、その居場所は直ぐに見つけられた。

「おお、もう大丈夫だ、もう二度とこのような所に入れさせない」

 前ロベール伯爵と五人の子息たちは糞だった。
 実の娘や姉妹なのに、アトスの妻と子供を地下牢に閉じ込めていたのだ。
 俺との交渉が無事に済んだら、アトス共々殺す気でいたのだ。

「ロベール伯爵、今から条約をやり直そうか?
 この腐れ外道共を見せしめに縛り首にしてやろうか?」

 これにはアトスだけでなく妻も反対した。
 自分と子供を殺そうとした親兄弟を想っての事ではなく、アトスのためにだ。

「ナミュール侯爵閣下、ここでこいつらを殺しまったら、実際に手を下してくださったのが閣下であっても、アトスに親殺し兄弟殺しの汚名がついてしまします」

 確かにその通りだ。
 この世界の基準は分からないが、前世でも義理であろうと親殺しは大罪の時代が長く、義兄弟まで殺すとアトスが爵位目当てて非道を行ったと言われるだろう。

「そうだな、分かった、こいつらは条約通り王家に突き出す。
 その上で、王家がアトスに文句をつけてきたら、条約通り援軍を送る」

「はい、アトスの事をくれぐれもよろしくお願いいたします」

 アトスの妻は、実の父や兄弟よりもアトスと子供を選んだ。
 ロベール伯爵領よりもアトスを選んだ。
 先に殺そうとしたのは親兄弟の方なのだから、当然の選択だ。

 俺は丸一日城に入ってアトスと今後の事を話しあった。
 とは言っても既に条約で決めてしまった事の再確認だ。
 何も聞いていない妻に報告するのに、同席しただけとも言える。

「出発」

 俺の言葉と合図に従って魔獣騎士団が次の領地に向かう。
 二百人千頭の駐留部隊がロベール伯爵領に残る。
 彼らが何かあった時にロベール伯爵領を守る。

 俺は他人の城塞都市や城を強化してやるほどお人好しではない。
 とはいえ、多少でも関係を持った善人を見捨てる気にはなれない。
 だからこちらの利益にもなる騎士団駐留を条約に入れた。

 武力で言い成りにさせる気なのではない。
 魔獣騎士団がダンジョンで狩りをしたらどう変化するのか確かめたかった。

 よくよく考えたのだが、トゥールダンジョンがあれほど変化した可能性の一つに、サクラと俺が思いっきり狩りをした事がある。

 そんな事を言ったら、ネウストリア、エノー、ヴァロワ、ホラント、ナミュールなどのダンジョンでもサクラと狩りはしていた。

 ただ、他のダンジョンはトゥールに比べれば遥かに広く深かった。
 ダンジョンのレベルは中で使われる魔力量によって成長するのかもしれない。
 それを確かめる為と、ロベール伯爵領を豊かにさせるために残したのだ。
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