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第一章
第13話:サクサクと
しおりを挟む日が沈みかけ、夜を迎えようとしてい狭間の時間。
そんな薄暗い路地を、わたしたちは歩く。
「この時間帯になると、やはり冷え込んできますねぇ」
はー、と両手を重ねて息を吐き掛けるのは日和さんだ。
冷たくなっていく空気を感じながら、その肩をすくめている。
「ええ、春なのでまだ寒さが残ってますね」
ていうか、日和さんと二人きりでお出掛けだよねぇ、これぇ……!?
わたしだけ日和さんを独占して、誰かに恨まれたりしないよねぇ……!?
作戦の為とは言え、こんなことをしていいのでしょうか……?
「昼は制服だけでも問題ないですのに、難しい季節です」
「分かります」
日和さんはオーバーサイズのナイロンパーカーを制服の上から羽織っている。
定番で安定なカジュアルコーデなのに、日和さんが着ると品が加味されるのはどうしてでしょう。
とにかく、格が違う。
「そういう花野さんの恰好は寒くないのですか……?」
こんな会話をしながら、わたしは制服のまま何も羽織っていない。
アウターなしで外を出歩いている。
「大丈夫です、日和さんがいれば寒くないです」
「わたしは何もしてませんよ……?」
いえ、なぜか見てるだけで体が熱くなってくるんです。
こんな変態発言さすがに言えませんけど。
◇◇◇
歩いて10分ほどで最寄りのスーパーへと到着する。
日和さんは先を歩きながら、買い物かごに手を伸ばします。
「待ってください、日和さんっ」
「はい?」
その手を制止させて、わたしが先に買い物かごを持つ。
「今日はわたしが荷物運びですから、これは任せて下さい」
「ですが、お店の中くらいは……」
出ましたね。
他人に遠慮してしまう日和さん。
だけど今日のわたしにはそうはいきません。
「重たい物を持ってその繊細な手が傷ついたら大変です。ここはわたしに任せて下さい」
「何だか心苦しいですが」
「いえいえ、これくらいお安い御用です」
ふっふっふ……。
さっそく日和さんに頼ってもらってしまった。
これはなかなか順調なのではなかろうか……?
「わたしに遠慮する必要なんてないですからね。下僕だと思ってください」
「そんな趣味はありませんが……」
あれ、余計なことをちょっと引かれたかもしれない。
「じゃあ、執事だと思ってください」
「……そこまで頼りがいはないような」
うぐっ……。
モブとしての基本スペックの低さが仇になってしまった。
「とにかく、わたしは何でもしますから。困ったら言って下さいね?」
「はあ……」
気のない返事ですが、とりあえずここは良しとしましょう。
天ぷらに必要な食材を揃えると、全体で結構なボリュームになった。
比例して重量もなかなかで、両手じゃないと持ち運べないくらいの重さになっている。
「大丈夫ですか?」
「これくらいへっちゃらです」
「腕が震えてるような……」
完全に失念していたけど。
そもそも、わたしも非力なのだった。
もしかしたら日和さんより力が弱い可能性もあったりして……いや、それはあってはならない。
「武者震い、ですかね」
「……何かと戦っているんですか?」
すいません。
わたしも何を言ってるのかよく分からないです。
とにかく、必要な材料は揃ったのでレジへと向かう。
「お会計は済ませておきますから、花野さんは食材を詰めて頂いててもいいですか?」
「わかりました!」
日和さんから預かったエコバックを持っていく。
ナチュラルカラーの特別主張のないデザインだけど、日和さんが持つと品が……(以下略)
「あれ?」
荷物を一通りを詰め終わる。
けれど、すぐに来ると思っていた日和さんの姿がなかった。
どこにいるのかと視線を散らすと――
「え、あれ?」
なぜか日和さんはスーパーの入り口付近にいた。
それも、なぜか知らない人と。
「……知り合い、かな?」
日和さんはニコニコと笑顔を振りまいている。
振りまいているが……。
「なんか、ぎこちない?」
明らかに愛想笑いというか、見ようによっては困っているようにも見える。
それに所々、手を振るようなジェスチャーも垣間見える。
何かを断っている所作、だろうか。
「……これ、まずいんじゃない?」
危険を察知したわたしはすぐさま日和さんの元へと駆け寄った。
「ねえねえ、いいでしょ?ちょっとだけ」
「えっと、ですから――」
二人の会話は断片的にしか聞こえない。
でも、悠長に事情を把握しているような暇もない。
「はいはーい、わたしが通りますよぉ」
「うわっ、なにお前っ」
「花野、さん……?」
わたしが間に割って入り込む。
荷物も持っていることもあって、かなりの圧迫感を生んだことだろう。
「日和さん、買い物は終わりましたから帰りましょう」
「え、あ、その……」
口ごもる日和さん。
その視線は話し掛けてきた他人に対して注がれています。
「ちょっと待ってよ。今その子をこっちが誘ってたところで……」
「ダメです」
「は……?」
「わたしは今、この子と買い物デート中なんです!邪魔しないでもらえますかぁ!!」
なんか素直に言う事を聞いてくれなさそうなので、こっちも思いをぶちまける事に。
「げっ……」
「え……?」
おかげで二人ともきょとんですよ。
「じゃ、そういうわけですから。ほら行きますよ日和さん」
「え、あのっ……」
わたしは日和さんの手を引いて足早にスーパーを後にしました。
「それで、あれは何なんですか?」
人通りの少ない路地まで戻ってきたところで、歩調を緩め日和さんの話を聞くことにします。
「いえ、これから暇ならお茶でもどうかと誘われまして……」
なんてテンプレートなナンパなんだ……。
「それで、日和さんは何と?」
「いえ、お気持ちは嬉しいのですが家に帰って料理を作らなければならないと……」
うあー……。
日和さんの優しさがよくない方向に発揮されていますね。これ。
「ダメですよ日和さん。その気がないならちゃんと断らないと」
「? 断ってはいましたが」
「“お気持ちは嬉しいのですが”とか言ったらダメです。向こうは脈ありだと勘違いしますよ」
「ですが、お声を掛けるのにも勇気が必要でしょうから……」
あー……もう、日和さん。
「日和さん、気を遣う相手を間違ってはいけませんよ」
「……と、言いますよ?」
「日和さんは誰にでも優しいですけど、でも全然興味のない人にも時間を与える必要はないと思います。だって、そうなったら千夜さんや華凛さんのご飯はどうなるんですか?」
「それは……」
わたしは日和さんが料理を作れと言いたいわけじゃない。
ただ、日和さんは優先順位があるにも関わらず、突然それを曖昧にしてしまう。
その優しさゆえの歪みは、良くない結果を生んでしまうと思う。
「断りづらかったなら、わたしを呼んで下さいよ」
「ですが、それだとわたしが花野さんを利用するような形になってしまいますから……」
……なるほど。
そこも遠慮なんですね、日和さん。
でも、それは違うと思うんです。
「日和さん、わたしに出来る事なら頼ってくれていいんです」
「そういうわけには……」
わたしは月森三姉妹にしか興味がないから、他人に気を遣うリソースは極端に少ない。
だから、究極的には日和さんの悩みを理解してあげることは出来ないと思う。
「日和さんが、どうしてそんなに全員に気を配るかは正直分かりません」
でも、そんなわたしでも出来ることがあるとするなら――。
「他人にも、姉妹にも気を遣ってしまうのなら。義妹のわたしはどうですか?」
家族でも友人でも他人でもない、そんな曖昧なわたしなら。
「どうして、そこまで――」
「日和さんと仲良くなりたいからです」
「……はあ」
呆気にとられたような表情の日和さん。
「何でもいいんです。助け合って、お互いの事を知っていきたいんです」
「そんな事をして、いいのでしょうか?」
「いいんです。さすがの日和さんもああいう場面では困るでしょう?わたしでもたまには役立ちますよ?」
「……」
「それに、そんなに気を遣うのでしたら、“日和さんと仲良くなりたい”っていうわたしの気持ちも汲み取ってくださいよ」
きょとんと日和さんは目を丸くする。
「……なるほど、そうきましたか」
くすりと日和さんは奥ゆかしく笑う。
「そういう気の遣い方は考えた事もありませんでしたが……いいですね、興味が湧いてきました」
わたしの思いを初めて真正面から受け止めてくれた気がしました。
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