上 下
78 / 78
第一章

第78話:誕生と溺愛

しおりを挟む
「今から逆子が治る術を使うから、体から力を抜いて楽にして」

「はい、体の力を抜いて楽にしますわ、エドアルド」

 とても、本当にとても残念な事だが、子宮の中を広げる体勢をする事では、逆子を正常な位置に戻す事はできなかった。
 しかたがないので、お灸による刺激で正常な位置に戻すことにした。
 できる事ならやりたくない方法だが、仕方がなかった。
 丁度いい刺激が分からず、強い刺激によって流産をしてはいけないから、前世なら産婦人科の先生に相談しながらやる施術だ。
 いや、前世の俺だったら自分ではやらずに信用のできる灸師を紹介していた。

 だが、医療の発達していないこの世界では、鍼灸の技や柔道整復の技に頼らなければいけない部分も多いし、そもそも俺以外に前世の資格持ちなどいない。
 だからこそ、幼い頃からこの世界でも使える器具を作らせてきた。
 今回使う線香や艾も以前から作らせていたモノの一つだ。
 艾は、よもぎの葉の裏に生えている白い柔毛部分だけを集めて作る。

 厳選された素材で作った艾は、火をつけても熱くなり過ぎないのだが、作るのに手間と時間がかかる。
 葉の部分だけでも止血効果があるから、十分な利益は得られる。
 自分の生死にも関わるから、まだ自らが戦う時代の貴族や騎士も家臣領民を集めて、大量のよもぎの葉を集め品質のいい艾を作ってくれた。
 そうでなければ戦乱の激しいこの世界で、生産量を増やすとともに品質を向上させる事など、とても不可能だった。

「最初はできるだけ弱い刺激で試していくから、心配いらないよ」

 嘘は言っていないが、時間が限られている。
 鍼灸の刺激で逆子を正常な位置に戻せる一番いい期間は、胎児と子宮のすき間が一番広い、妊娠二十八週から三十二週だ。
 三十四週を過ぎてしまうと正常な位置に戻せる確率が急激に下がってしまう。
 体勢管理で元に戻そうとしていた期間があるから、時間的にギリギリなのだ。
 至陰と三陰交の経穴に直接強い灸を据えたい気持ちを抑えて、まずは線香を近づけて熱を感じる程度からはじめる。

 線香を朝晩の二度至陰と三陰交に近づけて、その度に聴診器を使って胎児の状況を確認したが、元に位置には戻ってくれなかった。
 できるだけ自信満々に振舞おうとしていたのだが、俺の不安などマリアには筒抜けで、徐々にマリアの表情にも不安が混じり始めた。
 焦ったわけではないのだが、もう線香を近づけるだけでは我慢できなくなり、糸状灸を左右四つの経穴に五つずつ据えた。
 これで駄目なら、少し大きめに艾を作って熱を感じたら直ぐに取り除くしかない。

「やったぞ、子供が正常な位置に戻っているぞ」

「はい、はい、はい、エドアルド。
 子供が正常な所で動くのが分かります」

「「「「「おめでとうございます、マリア殿下、エドアルド殿下」」」」」

 情けない話だが、正常な位置にいる胎児の動きが聴診器から聞終えてきた時、マリアのベッドの横で座り込んでしまった。
 マリアも涙を流して喜んでくれた。
 一日中交代でマリアの世話をしてくれている侍女達も口々に祝ってくれた。
 もう二度とこのような思いはしたくないから、人体実験で悪いが、国中の逆子を俺の手で施術して、経験を積まなければいけない。

 ★★★★★★

「オンギャア、オンギャア、オンギャア、オンギャア」

「元気な男の子です、マリア殿下、エドアルド殿下」

 汗だくになっているマリアが天使のような笑みを浮かべて子供を抱いている。
 神も天使も信じてはいないが、比喩に使うくらいはいいだろう。
 この子が安心して暮らせるように、少しでも危険だと思われる国や貴族は滅ぼす。
 国内の叛乱分子は軍団を派遣して徹底的に滅ぼした。
 国外の敵も、同じように軍団を派遣して滅ぼしてやる。
 本来なら俺が直接討伐に向かうべきなのだろうが、俺にはもっと優先しなければいけない事があるからな。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

歌川ピロシキ

ふむふむ。
お義兄様は高名な方なのですね。
なんとなく高位貴族らしからぬ雰囲気ですが、寄子衆から軍人としての実力で選ばれた継嗣子なのでしょうか。
とても展開が早いので先が楽しみです(`・ω・´)b

克全
2021.11.16 克全

感想ありがとうございます。

よほど人気が出ない限りは1万字以内の短編にする心算です。

解除
おゆう
2021.11.16 おゆう

お義兄様、カッコイイです😳。

克全
2021.11.16 克全

感想ありがとうございます。

解除

あなたにおすすめの小説

平民と恋に落ちたからと婚約破棄を言い渡されました。

なつめ猫
恋愛
聖女としての天啓を受けた公爵家令嬢のクララは、生まれた日に王家に嫁ぐことが決まってしまう。 そして物心がつく5歳になると同時に、両親から引き離され王都で一人、妃教育を受ける事を強要され10年以上の歳月が経過した。 そして美しく成長したクララは16才の誕生日と同時に貴族院を卒業するラインハルト王太子殿下に嫁ぐはずであったが、平民の娘に恋をした婚約者のラインハルト王太子で殿下から一方的に婚約破棄を言い渡されてしまう。 クララは動揺しつつも、婚約者であるラインハルト王太子殿下に、国王陛下が決めた事を覆すのは貴族として間違っていると諭そうとするが、ラインハルト王太子殿下の逆鱗に触れたことで貴族院から追放されてしまうのであった。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

モカセドラの空の下で〜VRMMO生活記〜

五九七郎
SF
ネトゲ黎明期から長年MMORPGを遊んできたおっさんが、VRMMORPGを遊ぶお話。 ネットの友人たちとゲーム内で合流し、VR世界を楽しむ日々。 NPCのAIも進化し、人とあまり変わらなくなった世界でのプレイは、どこへ行き着くのか。 ※軽い性表現があるため、R-15指定をしています ※最初の1〜3話は説明多くてクドいです 書き溜めが無くなりましたので、11/25以降は不定期更新になります。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453 の続きです。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

【R18】ビッチになった私と、ヤンデレになった幼馴染〜村を出たら、騎士になっていた幼馴染がヤンデレ化してしまいました〜

水野恵無
恋愛
『いつか迎えに来るから待ってて』 そう言ってくれた幼馴染は、結局迎えには来なかった。 男に振り回されて生きるなんてもうごめんだ。 男とは割り切って一晩ベッドを共にして気持ち良くなるだけ、それだけでいい。 今夜もそう思って男の誘いに乗った。 初めて見る顔の良い騎士の男。名前も知らないけど、構わないはずだった。 男が中にさえ出さなければ。 「遊び方なんて知っているはずがないだろう。俺は本気だからな」 口元は笑っているのに目が笑っていない男に、ヤバいと思った。 でも、もしかして。 私がずっと待っていた幼馴染なの? 幼馴染を待ち続けたけれど報われなくてビッチ化した女の子と、ずっと探していたのにビッチ化していた女の子を見て病んだ男。 イビツでメリバっぽいですがハッピーエンドです。 ※ムーンライトノベルズ様でも掲載しています 表紙はkasakoさん(@kasakasako)に描いていただきました。

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。