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第一章

第71話:不安と恐怖

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「公王殿下、とても残念な事ですが、お子が流れてしまいました」

「ウッワアアアアア」

 俺はあまりの心痛と衝撃に飛び起きた。
 何が起こったのか分からず、ベッドの上で血走った眼をキョロキョロさせる。
 心臓が口から飛び出しそうなほど早く激しく跳ねまわっている。
 しかも鋭い刃物で一突きされたような痛みが俺を苦しめる。
 どれほど凄惨な戦場でも恐怖を感じた事のない俺が、不安と恐怖あまり手足をガタガタと振るわせているのだから、笑ってしまうしかないのだが、とても笑えない。

 このベッドの上に心優しい女でもいれば、普段とは全く違う俺の姿に慰めてくれるのだろうが、もうマリアお嬢様以外の女と同衾する気はない。
 それにしても、何時になったら俺の心臓は普通に戻ってくれるのか。
 手足の震えは、何時収まってくれるのだろう。
 マリアお嬢様を失う事の恐怖は自覚していたが、マリアお嬢様と俺の子供を失う事にも、これほどの不安と恐怖を感じていたのだな。
 俺は自分が思っていたほど情のない人間ではないのかもしれない。

「殿下、御無事ですか、殿下、返事をしてください、公王殿下」

「心配するな、夢見が悪かっただけだ。
 直ぐに後宮に行くから、朝の支度を用意させろ、直ぐにだぞ」

「はっ、直ぐにご用意させていただきます」

 侍従が朝の用意を整えている間に、不安と恐怖に凝り固まったこの身体を、普段通りに使えるようにしなければいけない。
 今朝の悪夢は、予知夢でもフリでもないはずだ。
 もし予知夢なら、今頃後宮から急使が遣わされている。
 フリやかなり遠くの未来の予知夢なら、それこそ今から防ぐ準備をしなければいけないから、身体が十分に動かないようでは困る。

 流産の危険には色々あるが、梅毒やクラミジアなどの性的感染で発症する可能性は、マリアお嬢様に限ってありえない。
 成人T細胞白血病ウィルスは、幼少時に母親から感染する事が多いから、王妃殿下に兆候がないい以上、可能性は低い。
 マリアお嬢様は後宮に隔離状態になっているし、王都にも周辺の街や村にも流行の兆候がないから、りんご病や風疹の可能性も低いだろう。

 だとすると、防ぎようのない、子宮外妊娠や胞状奇胎、自然流産という事になる。
 どれほど健康であっても、遺伝的になにもなくても、自然淘汰という、人には抗いようのない摂理で、十五パーセントは自然流産してしまう。
 どれほどマリアお嬢様や俺が努力をしても、心から神に祈っても、七回に一回はどうしても子供を守れないのだ

 だが、自然流産以外の事ならば、俺や周りの努力で危険を減らす事ができる。
 俺の不安や恐怖から見ただけの夢であろうと、笑って済ませはしない。
 徹底的に消毒と衛生管理を行って、ウィルスの侵入を防ぐ。
 全ての国民に狂ったと言われようとかまわない。
 もう既に極度の妹好きだと言われているのは分かっている。
 その陰口に親馬鹿が加わっても大したことではない。
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