上 下
68 / 78
第一章

第68話:懐妊

しおりを挟む
「エドアルド公王殿下、マリア王太女殿下に懐妊の兆しがございます。
 今宵からは血の継承をお止めいただきます」

 よかった、本当によかった、これでようやく苦行から解放される。
 血の継承にとても大きな快感がある事は認める。
 だが、それ以上に、マリアお嬢様に命の危険を与える事が怖かったのだ。
 前世では、まがりなりにも医療分野の端くれにいた俺だ。
 日本では、戦後結構な長さの間まで、周産期の母子死亡率は極端に高かった事を知っているのだ。

 今生の世界は、前世の中世前期くらいだと思われる。
 俺がアウレリウス・ジェノバ公爵家で力を得てからは、少なくとも公爵家では、周産期の母子に対する常識を劇的に変え、衛生知識と医療知識を徹底させた。
 周産期に母子が感染症にならないように、できる限りの努力をした。
 だが、それが徹底できているのはアウレリウス・ジェノバ公爵家の旧領だけだ。
 新たに手に入れた領地では、まだ衛生知識も医療知識も徹底できていない。

 俺が孤児院や軍で育ててきた子飼いの家臣が、新たな領地で衛生知識や医療知識を広めてくれているが、まだ十分ではないのだ。
 目の届き難い小さな農村では、未だに周産期の母子死亡率は極端に高い。
 特に問題なのは、貴族や騎士の領地に自治権がある事だ。
 公王である俺でも、自治権のある貴族や騎士に庶民の生活改善は命じられなし。
 まして陪臣騎士でしかない俺の子飼い連中に強制力などない。

「もうやってくれているとは思うが、流産や感染症には気を付けてくれ。
 だが、直轄領に送り出している者達を呼び戻す事は禁止する。
 マリア王太女殿下に危険があると判断したら、俺に教えるのだ。
 俺の持っている力の全てを使って守ってみせる、いいな」

「承りました、エドアルド公王殿下。
 各直轄領の衛生と医療を担っている者を呼び戻しはいたしません」

「だが、各直轄領の衛生医療担当者に流行っている病気の情報を届けさせるのだ。
 伝書鳩と早馬を使って、一刻一秒でも早く病気の情報を届けさせろ。
 但し、伝書鳩と伝令に接触する者には、徹底した消毒をしろ。
 報告の手紙も同じように消毒してから後宮に持ち込むのだぞ。
 疫病を後宮に持ち込む事は絶対に許さない、いいな」

「承りました、エドアルド公王殿下。
 殿下からお教えいただいた消毒は以前から取り入れておりましたが、これまで以上に徹底させていただきます」

 神経質になり過ぎているのかもしれないが、この世界にはまだ天然痘がある。
 胎児を奇形にする風疹も普通に流行している。
 胎児を殺してしまうパルボウィルスB19によるリンゴ病もある。
 どれほど気を付けても、気をつけすぎると言う事はない。
 まあ、天然痘は幼い頃から牛馬の世話をしていた王家が感染する事はないだろう。

 だが、この心臓を鷲掴みにするような不安と恐怖はなんなのだ。
 前世と今生を併せて初めて授かりそうな子供を想うあまり、不安と恐怖を感じているだけで、絶対にフラグでも予感でもないからな。
 くそ、クソ、糞、今直ぐ俺にできる事はないのか。
 俺に西洋医学の知識と技術があればよかったのだが、あるのは東洋医学の知識と技術だけだからな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

平民と恋に落ちたからと婚約破棄を言い渡されました。

なつめ猫
恋愛
聖女としての天啓を受けた公爵家令嬢のクララは、生まれた日に王家に嫁ぐことが決まってしまう。 そして物心がつく5歳になると同時に、両親から引き離され王都で一人、妃教育を受ける事を強要され10年以上の歳月が経過した。 そして美しく成長したクララは16才の誕生日と同時に貴族院を卒業するラインハルト王太子殿下に嫁ぐはずであったが、平民の娘に恋をした婚約者のラインハルト王太子で殿下から一方的に婚約破棄を言い渡されてしまう。 クララは動揺しつつも、婚約者であるラインハルト王太子殿下に、国王陛下が決めた事を覆すのは貴族として間違っていると諭そうとするが、ラインハルト王太子殿下の逆鱗に触れたことで貴族院から追放されてしまうのであった。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

モカセドラの空の下で〜VRMMO生活記〜

五九七郎
SF
ネトゲ黎明期から長年MMORPGを遊んできたおっさんが、VRMMORPGを遊ぶお話。 ネットの友人たちとゲーム内で合流し、VR世界を楽しむ日々。 NPCのAIも進化し、人とあまり変わらなくなった世界でのプレイは、どこへ行き着くのか。 ※軽い性表現があるため、R-15指定をしています ※最初の1〜3話は説明多くてクドいです 書き溜めが無くなりましたので、11/25以降は不定期更新になります。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453 の続きです。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

【R18】ビッチになった私と、ヤンデレになった幼馴染〜村を出たら、騎士になっていた幼馴染がヤンデレ化してしまいました〜

水野恵無
恋愛
『いつか迎えに来るから待ってて』 そう言ってくれた幼馴染は、結局迎えには来なかった。 男に振り回されて生きるなんてもうごめんだ。 男とは割り切って一晩ベッドを共にして気持ち良くなるだけ、それだけでいい。 今夜もそう思って男の誘いに乗った。 初めて見る顔の良い騎士の男。名前も知らないけど、構わないはずだった。 男が中にさえ出さなければ。 「遊び方なんて知っているはずがないだろう。俺は本気だからな」 口元は笑っているのに目が笑っていない男に、ヤバいと思った。 でも、もしかして。 私がずっと待っていた幼馴染なの? 幼馴染を待ち続けたけれど報われなくてビッチ化した女の子と、ずっと探していたのにビッチ化していた女の子を見て病んだ男。 イビツでメリバっぽいですがハッピーエンドです。 ※ムーンライトノベルズ様でも掲載しています 表紙はkasakoさん(@kasakasako)に描いていただきました。

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

処理中です...