上 下
5 / 8
第一章

第三者視点

しおりを挟む
 トライオン伯爵は歓喜に震えていた。
 これでようやく長年の苦労が報われると思っていた。
 自分だけではないのだ。
 代々のトライオン伯爵家当主の悲願が達成されるのだ。
 喜ばない方がおかしいのだ。

 トライオン伯爵家は辺境伯になりたかった。
 領地が貧しい土地しかないトライオン伯爵家は、常に苦しい財政だった。
 だから積極的に戦争に志願し、戦場であくどく稼いだ。
 敵貴族や士族を人質にして身代金をとった。
 敵国に攻め込んだ時は、民を攫って奴隷とした。

 それもこれも、コックス辺境伯家が大魔境を開放してくれなかったからだ。
 大魔境が危険な事など分かっている。
 命懸けの戦いだと言う事は分かってた。
 だが継ぐべき土地のない士族家と卒族家の部屋住みや、領民の次男三男は、故郷を離れて生きていくこと自体が命懸けなのだ。

 傭兵となって命を賭けるか。
 盗賊になってでもその日の糧を得るか。
 他領や他国に行って仕事を探すか。
 良心を守って野垂れ死ぬか。
 どれも命を賭けるのだ。

 だったら士族卒族の誇りを保って死ねる魔獣との戦いは、部屋住みにとってはむしろ花道なのだ。
 領民子弟には、卒族や士族に成りあがる希望なのだ。
 その花道と希望を、コックス辺境伯家は独占してしまっていた。
 王家もコックス辺境伯家に遠慮して、何度嘆願しても大魔境を開放してくれなかった。

 だから我が道を行くことにした。
 王家への忠誠心や騎士道など棄てる事にした。
 家臣領民こそ護るべき大切な者だと心に決めた。
 ギーターボック王国に内通する事にした。
 情報を流す事で、少しでも利益を得て、家臣領民を飢えから救うのだ。

 ギーターボック王国に内通する条件は、恒常的な財政支援に加え、モンクリフ王国を滅ぼした時は、大魔境守護の辺境伯の地位だった。
 だが完全に国を裏切ったわけではない。
 モンクリフ王家が、コックス辺境伯家が独占している大魔境を開放さえしてくれたらいいのだ。

 そうしてくれたら、なにも国を売る必要などないのだ。
 コックス辺境伯家が自ら大魔境を開放さえしてくれたらもっといいのだ。
 だがそんな事にはならなかった。
 ギーターボック王国が度々攻め込んで来て、モンクリフ王国が苦境に立たされたのにもかかわらず、コックス辺境伯家は大魔境を開放するどころか、軍資金の支援さえ断ったのだ。

 せめて新たに発見したミスリル・オリハルコン・ヒヒイロカネの鉱山開発を、王家や他の貴族家と共同開発にしてくれれば、トライオン伯爵も決断が鈍ったかもしれないが、そうはならなかった。
 コックス辺境伯家は、三鉱山を独占したのだ。

 そんな時に、トライオン伯爵は朗報を聞いた。
 娘が王太子と深い仲になったと言うのだ。
 自分の娘ながら、哀しいくらいの醜女が、王太子を籠絡したと言うのだ。
 トライオン伯爵は正直信じいられなかったが、それでも、千載一遇の好機かもしれないと、全てを賭ける事にした。
しおりを挟む

処理中です...